可愛いと思うのは一人だけ
隣で聞いていたことがバレた俺たち三人は、麻琴たち三人の席に移動した。
俺と朝陽の向かいには麻琴を真ん中にして三人が座っている。
目を細め、口を少しへの字にした麻琴が、俺たち三人の顔を一人ずつ見て、
「ゆづに似た声聞こえるな~と思ったら隣から名前聞こえて、もしかしてと思ったけど……。
三人で一緒に来たの? てか、いつから?」
「いや、一緒には来てないんだけど……。その…待ち合わせの場所知ってたから行ってみたら柊斗くんがいて、それで一緒に…怒ってる?」
「(最初からじゃん……)怒りはしないけど、恥ずかしいというか…。自分の鈍さに呆れるというか…いや、私はいいけど、マリちゃんはレオンくん連れて来てないのに、私だけこんな……」
「別にいいよ。レオンがいたらあなた逃げそうだし、話にならなさそうだから、最初から連れて来るつもりなかったし。この人たちも柊斗も邪魔はしなかったし」
「ありがと」
顔も声も怒ってはいないみたいだけど、隠れてこんなことされて、いい気分の人はいないと思う。
「……ごめん。心配で気になって」
「ん~……まあ、逆の立場だったら私も同じことしてたかもしれないから…(割とガチで)」
控えめに笑いながらアイスティーを飲む麻琴を真っ直ぐ見る。
(結月は、あんな風に言っていたけど、巻き込んでいたのは俺の方。だから…)
「あと、俺が巻き込んでるのに、麻琴が色々言われたときに何もできな―」
「い~…」
飲んでいたグラスをテーブルに置きながら首を振り、この前と同じように、また謝る一歩手前で言葉を遮られた。
「聞いてたから知ってると思うけど、言われてただけだから大丈夫! 嫌がらせとかなかったし。
それに、めっちゃ文句言ってたから。いや、柊斗と湊さんにじゃなくて、言ってきた人たちにね!怖いから心の中でだけど。
それに、もし庇ったりなんかしたら…じゃなくて、まあ、私が役に立たないって分かったらみんなすぐに諦めたし、全然問題なし!
それに、謝るなら柊斗じゃなくて言ってきた人たちにお願いしたい。そっちはいつでも受け入れる」
結月と笑い合いながら話をする横顔が眩しくて、言葉もそうだけど、いつも重くなった心を軽くしてくれる。
その優しさに甘えすぎて「ごめん」より「ありがとう」が増えていく。
―今まで救ってくれた分…いや、その倍以上、これからは俺が……
「ありえない……。 柊斗が謝るのも、笑ってるのも…信じられない……」
私と柊斗の顔を交互に見ると、大きい目をさらに大きくして、首を横に大きく振っているマリちゃんは、まるで幽霊でも見ているかのような表情。
(そんなに驚く?)
「え~麻琴の前じゃ、こんなんだよ? 麻琴のことで落ち込んで、喜んで、振り回されっぱなし! 俺にはろくに返事しないのに、麻琴には笑顔付きで返事するし」
柊斗の肩に腕を回した朝陽くんが爆笑しながら話すと、柊斗はその腕をやんわり下ろした。
「大袈裟な……」
朝陽くんのオーバーな言い方に呆れながら言うと、ゆづがゆっくりと首を横に振った。
「いや~ それが大袈裟でもないんだな~。ぶっちゃけ、麻琴と他の人に対する態度全然違うからね。あと、麻琴がいる時といない時でも態度変わる。
例えば、中学の時なんか他の人には投げてたけど、麻琴にだけ手渡しでテニスボール渡してたし。でも、麻琴がいない時は、拾わないし、拾っても他の人に渡して投げさせてたからね。
てか、普通に見てたら柊斗くんが麻琴好きなのとかバレバレだったから! まあ、二人接点なかったから気付いてる人いなかったけど」
「そうそう!そんなこともあったな!サッカーボールは柊斗がダッシュで取りに行ってたし。ずっと見てきてる俺が言ってるんだから。 てか、俺への扱いも麻琴がいる、いないで変わるからね? まあ、もう慣れたからいいけど」
(事実だけど、普通に恥ずい。ってか、そんなに細かく言わなくてもいいだろ。なんか今日は、ずっと突っかかってくるな)
二人は、ここぞとばかりに麻琴に色々と吹き込んで、それを聞いて麻琴がどう思っているのか気になってしかたない。
もし、友だちに対してそんな扱いするんだ。とか、裏表あって信用出来ないって言われたらどうしよう……。こんなの聞かされて、いい印象とかないだろ。
「へぇ~全然知らなかった。まあ、私も人によって態度違うけどね。
それに…合ってるか分かんないけど、なんか特別扱いされてるみたいで、ちょっと嬉しいかも。
あ~でも、返事はしてあげてね。適当に「あぁ~」とか「うん」だけでも」
「…わかった」
俺の返事に笑って頷く。結月は麻琴を見て笑い、朝陽はため息を吐いた。
「あ~あ。そんな人と思わなかったとか、朝陽くんにそんなことしてるの?とか言われて、柊斗が慌てるの見たのに、特別扱いと捉えたか…間違ってはいないけど。 まあ、これからは、適当でいいから返事してね~」
「………あぁ…」
(いつもだったら黙るのに、ちゃんと返事してるし…素直だね~)
私が知らなかった柊斗の新しい一面を二人から聞いていると、ずっと黙っていたマリちゃんが静かに口を開いた。
「―…ねえ柊斗。 私のこと可愛いって思ったことある?」
笑顔を向ける訳でもなく、ただただ真っ直ぐに柊斗を見つめている。
「ない」
柊斗が表情も変えず、考えたり、一呼吸置いたりもなく即答すると、マリちゃんは不服そうな顔をした。
「少しは考えてくれてもいいじゃん……。じゃあ、この人のことは?可愛いと思う?」
「はい?」
いきなり指をさされてそんなことを言われたから、色んな意味でドキッとする。
(急に何言い出してんの!?)
周りから言われたり、それっぽい顔をしてくれるから、そう思ってくれてるんだろうなとは思ってるけど…
勘違いだったら?周りに担がれていただけだったら?言われたことがあれば、自信を持てるけど―
期待と不安が交互に出てきて落ち着かない。
視線を柊斗にそっと移動させる。切れ長の目は私を優しく見つめて、目が合うと、ふわっと甘い笑顔に。
「ずっと可愛いって思ってる」
笑顔と同じくらい優しく甘い声で言われた瞬間、声にならない叫び声を上げた。
ゆづの「きゃっ」という短い叫びと、朝陽くんの「フゥ~」と冷やかすような声が聞こえる。
そして、マリちゃんの「はあー」と盛大にため息も。
(柊斗が私に甘すぎて心臓に悪い……)
テーブルの上に両肘を乗せて頬杖をついたマリは、少し細めた目で俺と麻琴を交互に見た。
「私のこと可愛いって言わないから、てっきり柊斗にはそういう感覚がないのかと思ってたけど……その感覚が一般とは違うってことね」
(なにサラッと失礼なこと言ってんだ? めっちゃ可愛いし、好きな人は可愛いに決まってんだろ)
今まで何回か言ったけど、「よかったね」と言ってくる結月に「初めて言われた」って言ってるから、今までのは聞こえていなかったんだな。
(これからは、もっとたくさん伝えよう)
「これで分かった。納得。安心して、もう聞かないから。
それに―……私の好きな柊斗じゃなくなってるから冷めちゃった!」
そう言いながらゆっくりと体を起こし、壁に頭を預けて天井を見るマリちゃんは、一呼吸置くと、今度は私の顔を真っ直ぐ見つめてきた。
こんな状況で可愛い顔を向けられて緊張しないわけがない。今日一度も落ち着いていない心臓を、そろそろリラックスさせてあげたいんだけど…。
ドキドキ、何を言われるのか構えていると、形のいい唇が小さく開いた。
「……ま、麻琴、さん…に一つ聞きたいんだけど……」
マリちゃんから初めて名前を言われて、縮こまっていた姿勢を思わずピシッと正す。
「はい!なんでしょう」
「…柊斗のことかっこいいと思う?」
少し悪戯に笑う顔は、やっぱり可愛い。
(なんでそんな分かりきったこと…そんなの―)
答えようとしたとき、チラッと柊斗に視線が行って、心臓がドクンと跳ねた。
「―っ…それは、もちろん。か、かっこいいと思ってます…よ……」
ゆづと朝陽くんの「ふぅ~」と冷やかす声が聞こえると、マリちゃんの顔がスッと無表情になった。
「だよね。誰が見てもそうだし。
てかさ、いちいち照れないでよ! 普通に、かっこいい、イケメンくらい言えるでしょ。学校でみんな言ってるんだから、そのテンションで言えばいいじゃん。そもそも、私と話してるときは普通に言ってたよね?」
「それはそうなんだけど、本人を前にすると…。いや、自分でも思ってるんだよ?いちいち照れたらウザいかもって… でも、これがなかなか…」
「よかったな。かっこいいって言われて」
向かいで騒いでいる三人を見ながら、コソッと柊斗に言うと、口元を手で隠して「あぁ…」と返事をした。
その目は麻琴しか見ていない。
(この二人、やっぱ似てんな~。照れ過ぎじゃね?……まあ、面白いからいいけど)
◇
お店を出て五人で歩いて帰っていると、ピロンと通知音が鳴って「ちょっとごめんね」と言ってスマホを取り出す。
(天音ちゃんからだ。 なんだろ……―っ!)
「どうした?」
バッ。震える手で、ゆづに天音ちゃんから送られて来た画像を見せる。
「ヤバいよ!見てこれ!めっちゃかっこよくない!? イケメンすぎじゃない!? マジでかっこいい~。ヤバい、今までで見た中で一番好きかも。まあ、どれ見てもイケメンだけ…ど…ぉ……」
ふと我に返りスマホから顔を上げると、ゆづは呆れ顔でため息をつき、マリちゃんと朝陽くんは目を丸くして口をぽかんと開けていた。
柊斗の顔は気まずくて見られず、再びスマホに顔を向ける。
「―…あっ…え~っと……、天音ちゃんにお礼だけ送りまーす…」
(……やっちゃった…ぁ……)
返信を終えてスマホをしまうと、すぐにマリちゃんが詰め寄ってきた。
「柊斗にはあんなに、恥ずかしそうに照れながらかっこいいって言ってたのに、他の男には流れるようにかっこいいって言うわけ!?しかも柊斗の前で!」
「いや…他の男っていっても、キャラクターだし……」
「あのね~…」
呆れた顔のマリちゃんに愛想笑いで返していたら、体がグッと引っ張られて、マリちゃんとの距離が少し離れた。
「もういいだろ」
「やっぱり信じられない…」
(どうなってんの?)
私のすぐ上の方から柊斗の声が聞こえる。左腕は柊斗に掴まれ、右肩には手が置かれて、頭が肩の方に触れていている。
パニックになっている中で視線を感じた方を向くと、ゆづと朝陽くんがにーっこりと笑っているのが見えた。
「ぁの……」
下を向いて、絞り出すように声を出すと、上から「あっ…」と声がして、それと同時にパッと手が離れる。
残念な気もするけど、さすがに……。
顔を上げられずそのままいると、今度は両腕をガッシリ固められた。
「うんうん。イヤではないけど冷静になったら恥ずかしくなっちゃったね」
「私がやって欲しいこと全部見せつけてイヤな感じ~」
ゆづとマリちゃんに両サイドから腕を掴まれ、ニヨニヨした声で突かれる。
恥ずかしすぎて逃げようと腕を動かそうとしても、両腕で掴まれているから敵わず……。
(いっそのこと、このまま連行されといた方が顔上げないで済むからいいかも……)
ぴったりとくっついて歩いて行く三人を後ろから見ながら、二人で一緒にため息をつく。
「今ならお前の気持ちわかるわ~。 友だちと分かってても、あれは嫉妬するな~」
「くっついていってるのは、お前の彼女の方だけど?」
「まあ、そうなんだけどさ……。いっそ、俺たちもくっついて歩くか?」
「……」
「冗談に決まってるだろ~。 そんな冷たい目で見ないで?それに、返事はどうした?麻琴にチクるぞ」
「―……うざ」




