あっつい…
柊斗が掃除を終えて麻琴のクラスに向かうと、ちょうど教室から出てきたサッカー部の男子二人がニヤニヤしながら少し興奮気味で話しかけてきた。
「藍葉~ 彼女と従姉妹の話聞いたぞ~ “これからも一緒にいたいと思う人を信じる”って、さすが学校イチのイケメンの彼女は違うな!
にしても、白木ってもっと大人しいと思ってたけど、意外と言うときは言うんだな。普通あんなこと言われたら落ち込みそうだけど全然だし。度胸があるというか、なんていうか… うんうん。俺は二人お似合いだと思ってるよ!」
「俺その時いたんだけど、従姉妹の方はケンカ腰っていうか…言い方きつくて空気もピリついたけど、白木は…何ていうか、そのピリついた空気を抜いた?っていうか、みんな拍子抜けしてさ。ちょっと天然入ってる? まあ、堂々とではなかったけど、自分の考えちゃんと言って意外とすげぇなと思った。みんなもかっこいいって褒めてたぞ。本人は恥ずかしそうにしてたけど。
そういえば、白木が教室出てった後に男の従兄弟の方が気に入ってるみたいだったけど大丈夫か?」
「……」
(やっぱり……。 まずいな。麻琴の良さが伝わるのは嬉しいけど、そうなると麻琴のこと好きになる奴が増えて― ……無理。気が狂う。まさかこいつらも……)
表情には出ていないが、不安と焦りで心が全く穏やかではない柊斗は、とりあえず目の前にいる二人を軽く睨んだ。
「柊斗~ 部活休みになったから麻琴迎えに来たのか?」
話を聞いて固まっていた柊斗の後ろから、朝陽が肩にぽんと手を置いてニコッと笑いながら声をかけてきて、その隣には結月がニコッと笑って立っていた。
「昼休みに麻琴が、放課後湊さんと出かけるって言ってたけど柊斗くんも一緒に行けそうだね。 あれ?でも、さっき麻琴が廊下歩いてた気がするけど…」
結月が首を傾げながら言うと、話を聞いていたサッカー部の一人が何かを思い出したように「あっ!」と声を出す。
「そういえば、白木さっき教室出てったわ。 わりぃ」
(それを早く言えよ…)
苛ついた柊斗は、ヘラヘラしている顔に背を向けると、麻琴を追いかけるため長い足を大きく広げてスタスタと階段の方へ歩いて行った。
朝陽と結月は、あっという間に遠ざかってく柊斗の背中を見守るような目で見ていた。
「さっきのマジ? 麻琴が湊さんと二人で出かけるって」
「二人でなんて言ってないよ。 湊さんもいるけど、誘ったのは玲華さんで颯汰さんも一緒。 四人で出かけるって言ってたし」
「なぁ~んだ。 てっきり二人で行くのかと思った! たぶん、柊斗も俺と同じで勘違いしてるな。―…って、わざとだろ」
「そんなことないよ~」
「揶揄うのもほどほどにな。あいつ麻琴のことになると変に考えすぎるから」
柊斗が階段を駆け下りて生徒玄関に着くと、麻琴が少し微笑みながらローファーに履き替えていた。
(間に合ってよかった。 …って、何か嬉しそう……もしかして、湊に会うから?)
「麻琴!」
外に出ようとする後ろ姿に向かって名前を呼ぶと、その肩がピクッと上がった。
休み時間の度に昼休みのことを言われて落ち着かない午後を過ごし、逃げるように教室を出た麻琴は、上履きを入れるとため息を吐く。
(攻撃的じゃないだけまだいいけど……恥ずかしすぎる…… でも、言いこと言えたからいっか~…と思ったけど、柊斗には誰かが絶対言ってるよね… 前に、気が強い人苦手みたいなこと言ってたけど大丈夫かな……言い返さないで流せばよかったかも。 変な伝わり方してたらどうしよ……
そうだ!今から玲華さんたちに会うし相談してみよ―)
「麻琴」
ローファーに足を入れて一歩踏み出そうとした瞬間、名前を呼ぶ声にドクンと全身が跳ね上がる。
振り向いた麻琴は驚いたような表情だったが、すぐに、いつもの心が解けていく笑顔を見せてくれて柊斗は少しホッとした。
「柊斗。今から部活? あ、写真ありがとね。椿さんもありがとうって、すごい喜んでた」
「ああ…うん。 あのさ…部活休みになったんだけど……」
(待てよ。一緒に帰らない?って言ったら湊と約束してるからって断られるよな。それなら、湊と会うって聞いたんだけど一緒に行っていい?って言った方がいいか。でも、それで断られたら? 面倒事持ってきたのに頼りにならない俺はもう嫌に…… いや、たぶんまだ…まだ大丈夫だとは思うけど……断られたら後つけるか)
若干ネガティブモードになっている柊斗が言いかけたまま止まっていると、麻琴が目を大きくしてパァーっと明るい笑顔を見せた。
「ホント!? それなら、今から玲華さんたちと出かける約束してるんだけど一緒に行かない? 玲華さんが食べたいスイーツが今日までらしくて誘われたんだけど」
「―…? 玲華?湊じゃなくて?」
「ん? 湊さんもいるよ。あと、お兄ちゃんも」
(…またやられた……)
柊斗は、麻琴と湊が二人じゃなくて安心したのと、また結月に揶揄われたと知って少し体の力が抜けた。
「どう?行けそう?」
「うん。行く」
「玲華さんが迎えに来てくれることになってて、門の前で約束してるんだけど…」
「じゃあ、俺も一緒に待つ」
柊斗が靴を履き替え麻琴の隣に立つと、二人で一緒に生徒玄関を出た。
「よかったぁ~。柊斗も行けて。お兄ちゃんと湊さんも一緒だから柊斗もって思ったけど、部活あると思ってたから… それに、連絡来たのお昼だったし……それでちょっと、その~言いに行けなかったというか…… でもホントよかった!」
(かわいい… 部活休みになってよかった)
「あ、でも自転車だよね。どうしよ…」
「場所聞いて自転車で行くよ」
「うん。ありがと! たぶん、そんな遠くはないって言ってた気が―…あ、玲華さんから電話… もしもし~」
嬉しそうに笑いながら玲華からの電話に出ると、そんな麻琴に負けないくらい嬉しそうな玲華の声がスマホから聞こえてきた。
〈もしも~し。 あと十分くらいで着くと思うんだけど、大丈夫そうかな?〉
「はい!ありがとうございます。 あと、柊斗が部活休みになったので一緒に行けることになりました!今二人で門の前で待ってます」
〈ホント? よかった~ これで麻琴ちゃんが柊斗のこと気にしなくて済むね。ちょっと柊斗に替われる?〉
「はーい。 はい、玲華さんが柊斗にって」
「ありがと。 もしもし」
〈柊斗? 部活休みになったんだって?よかったね~〉
麻琴からスマホを受け取り電話に出ると、玲華の声から、顔が見えなくてもニヤけていることが分かった。
〈麻琴ちゃん、颯汰も湊も行くのに柊斗だけ行けないのは気が引けるから、三人で行ってきてって最初断ったんだよ! 麻琴ちゃんに断られたの初めてだったな~
まあ、私が食べたいのが今日までってのと、柊斗にはお土産買ってあげるからって言ったら悩んではいたけど行ってくれることになったし。でもその時も、今度は五人で行きましょうねって。 麻琴ちゃんは、ちゃんと柊斗のこと考えてくれてるよ。 じゃあ、あとでね~〉
電話での玲華の言葉に、温かくて柔らかいもので優しく包まれた柊斗の心は、麻琴への愛おしさでいっぱいに。
(こんなの聞かされたら、もっと好きになる……)
自然と上がってくる口角を必死で抑えながら、玲華から聞いた話を麻琴にすると「やっぱ、みんな一緒にがいいから」と恥ずかしそうにはにかんだ。
(可愛すぎる! こんな可愛い顔見たら誰だって落ちるって… それに、麻琴のいいとこ広まってるし。それなのに俺は……ちゃんと伝えないと、そのうち捨てられる。そんなの無理)
恥ずかしがって俯いている麻琴の上から、柊斗がふぅーっと息を吐く音が聞こえた。
「―…その…昼のこと聞いたんだけど…二人が麻琴のところに行って、その時にマリが変なこと言ったって…で、その時―」
(やっぱり誰かが話してたか! さっき、ため息ついてたよね…なんて聞かされたんだろ……って、もう自分から言っちゃった方がいいかも。大袈裟に言われてたり、変な伝わり方してたら困るし…)
「あ!あのさ…」
麻琴が話を遮るように慌てて顔を上げると、いつもより少しだけ眉が下がった柊斗と目が合って、またすぐに目線を落とした。
「その~…ちょっと言い返しはしたけど喧嘩はしてないし、それに、すぐ教室に戻って食べたから、そんなに話もしてないし。私の方は言いたいこと言ったから、マリちゃんに嫌な思いさせちゃったかもしれないけど…」
自分のローファーと柊斗のスニーカーを見ながら、普段通りの声で話すが、何となく言葉が喉に詰まる感覚がした。
「うん。 別にあの二人には何言ってもいいよ。あいつらが悪いし」
「……じゃあ、よかった…ってのも何か変だけど……
あっ。あと、柊斗と付き合ったら周りに色々言われるのなんて初めから分かってたから。柊斗が隣にいてもいいよって言ってくれたら、お言葉に甘えてそうするし。
でも―……柊斗が周りから言われて、やっぱり私よりもい―」
「ない。」
柊斗は焦りから、いつもより強めに声が出た。隣に立っていた麻琴の肩がビクッと動き、パッと上げた顔は言いかけた口のまま固まっている。
(しまった。つい… 驚かせちゃったか… でも、麻琴以外とかありえないし。 でも怖がらせるのはよくないな)
「あっ…だから、周りが色々言ってきたとしても俺は麻琴がいい。やっと隣にいれるようになったのに…なので、これからもよろしくおねがいします。
それと、信じるって言ってくれて嬉しかった。ありがとう」
いつも恥ずかしくて目を見て話せないが、伝わってほしいという思いで、顔を見上げる麻琴の目を見ていると、麻琴が突然ギュッと目を閉じてクルッと後ろを向いてしまった。
「え………?」
麻琴は、柊斗に背を向けて、膝から崩れ落ちそうになるのを必死で耐えた。
「くっ……」
ふわっと優しい柊斗の笑顔に胸がキュンとなると、顔までカァーッと熱くなった。
(―っ! ヤバっ!今の顔、写真と同じ……心臓が…… 生は破壊力ヤバいって… しかも、サラッとあんな……どこまでイケメンなんですか!? 嬉しすぎてしんどいってあるんだ―
でも、あと少ししたら玲華さんたち来るよね… ふぅ~落ち着け~ そうだ。一旦、別のものを見よう。このままだとさっきの顔しか出てこないし、新しい景色を―)
「大丈夫? 目に何か入った?」
そっと目を開けると、視界には心配そうな顔で覗き込んでくる柊斗の顔が映った。呼吸が止まり、大きく跳ねた心臓がそのまま飛び出していくのではないかというほどの衝撃。
落ち着くどころか騒がしくなってしまった心臓の音を紛らわせるように、首を力いっぱい横に振り、グッと手足に力を入れると、絞り出すように声を出した。
「―…っ!だ、大丈夫! 逆に心臓に悪いというか……
その……ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします……」
(ちっか!かった……息も心臓も止まったよ! 自分の顔の良さを分かってなさすぎる! てか、声めっちゃ震えたし…聞こえたかな)
麻琴がドクドクとうるさい心臓を落ち着けるように、深く丁寧に深呼吸して全身に酸素を行き渡らせていると一台の車が二人の前に止まり、中から玲華が助手席に座っている颯汰を押して運転席から身を乗り出し、声をかけてきた。
「麻琴ちゃん、柊斗お待たせ~。 ……って!麻琴ちゃん顔真っ赤だけど大丈夫!? 日射病!? 熱中症!? そんなに待たせちゃってた!? ごめんね!どうしよ… 柊斗!あんた、一緒にいて気付かなかったわけ?…って、柊斗もちょっと顔赤いね?」
「……」
「だ、大丈夫です! ……これは、その…そういうのではなくて…とにかく大丈夫なので……」
二人はチラッとお互いの顔を見ると、熱を冷ますように麻琴は両手で顔を扇ぎ、柊斗はシャツの胸元をつまんで風を送り込んだ。




