可愛いと思うのは
朝、バス停で待っていた結月は麻琴が来ると、ワクワクした様子で昨日のことを聞いてきた。
「それで、昨日はどうだった? 柊斗くんも一緒にカフェ行けたんでしょ?」
「うん。楽しかったよ。玲華さんが食べたがってたスイーツも美味しかったし、久しぶりに色々話せたし、五人で行けてよかった!」
「ねえ、五人で集まったらどんな話するの?」
「えーっと、昨日はマリちゃんとレオンくんの話になって―」
―
カフェは学校から車で五分くらいのところにあり、麻琴は迎えに来てくれた玲華の車で、柊斗は自転車で向かうことに。
自転車に跨がった柊斗に、車の後部座席から顔を出した麻琴が「気をつけてね」と言って控えめに手を振ると、同じように小さく手を上げ、微笑む柊斗。
「じゃあ柊斗、あとでね~」
「……」
麻琴の隣に座っている湊がひょこっと顔を出し、ニコニコして手を振ると、柊斗は手をサッと下ろしてハンドルを握り、険しい顔で真っ直ぐ前を向き自転車を漕ぎだした。
その様子を見ていた玲華が笑って出発が遅れたのと、柊斗がパワー全開で自転車を漕いだおかげで、ほぼ同時にカフェに着いた。
それぞれ注文した飲み物とスイーツがテーブルに並べられると、話題はマリとレオンのことに。
玲華は心配そうに麻琴に二人のことを聞いたが、麻琴が昼休みの話をすると、安心したようににっこりと微笑み、颯汰と湊は柊斗を見てニヤニヤ。
「いいね~麻琴ちゃん! マリには遠慮しないでいいからね。性格は…あれだけど、陰湿ではないから。でも、何かされたら言ってね…って、その役割は柊斗か!しっかりしなよ~」
玲華から言われた柊斗は、黙って小さく頷き、隣に座っていた麻琴は照れくさそうに「あはは」と笑う。
「あの子は自分をお姫様だと思ってるところあるんだよね~ 実際、あの子たちのお父さん二人に甘いし。親戚で集まった時も、みんなから可愛いって言われて…私たちも求められた通り可愛いって言ったんだけどね」
「そりゃあ、実際可愛いですからね。 学校でも、美男美女が来たってみんな喜んでましたよ」
「うん。まあ… でも柊斗だけは、マリに可愛いって言ったことなくて、それで自分のことを可愛いって言ってくれない柊斗にムキになって、それからずっと付きまとって… だからあれは、柊斗のこと好きとかじゃなくて、ただ執着してるだけだと思うんだよね~」
チラッと柊斗の顔を見て玲華が言うと、柊斗はふと目線を落としアイスコーヒーのグラスを手に取った。
(あれだけみんなから可愛いって言われてるのに、満足しないもんなんだ… もう私の一生分は余裕で言われてそうなのに……)
「へぇ~そうなんですね…… もしかして、照れちゃって言えないとか?」
「「「ぷっ!」」」
麻琴が柊斗の顔を見て言うと、玲華と颯汰と湊が思いっきり吹き出し肩を震わせる。
「……そうじゃない。そう思わないから言わないだけ」
柊斗はストローを口に入れる寸前で止まると、心底不思議そうに自分の顔を見てくる麻琴にチラッと視線を向けて返事をした。
そしてコーヒーは一口も飲まないままグラスをテーブルに戻すと、グッと力が入った唇を頬杖をついて隠し、眉をひそめて難しそうな顔に。
(麻琴のことしか可愛い思ったことないし。まあでも、照れて言えないってのは…この感じだと、可愛いって思ってること伝わってなさそうだな……)
(やっぱ、ずっと玲華さんの顔見てるから、可愛いと思うレベルが高いのかな……)
「柊斗の可愛いのレベル高いね……」
ボソッと麻琴が呟くと、俯いて肩を震わせていた湊が顔を上げニコッと笑う。
「麻琴ちゃん、柊斗は可愛いって思うレベルが高いんじゃなくて、可愛いって思うのが麻琴ちゃんしかいないんだと思うよ」
「え? いや~…」
麻琴は少しポカンとしていたが、図星を突かれた柊斗は、頬杖をついていた指がピクッと反応し、恥ずかしさを誤魔化すようにアイスコーヒーをグーッとと勢いよく飲み出した。
(そういえば椿さんが写真見たとき「顔に可愛いって書いてある」って……正直、そう見えなくもなかった…自分で言うのもなんだけど… それに、今も否定しないし…ってことは、本当に……
やばっ! 調子乗んなって思われるかもしれないけど、今だけはちょっと調子乗ります)
口角がぐーっと上がっていくのを抑えられない麻琴は、四人に見えないように両手で口元を隠す。が、嬉しそうに細めた目は隠しきれていなかった。
照れながらも嬉しそうに笑っている麻琴を玲華と颯汰がニヤけ顔で突いていると、湊がゆるっとした笑顔を柊斗に向ける。
「マリもだけど、レオンにも気をつけた方がいいと思うよ~ 俺に似てるとこあるしさ。
もしかしたら、今日で麻琴ちゃんのこと気に入っちゃったんじゃない?」
表情と声は穏やかだが、忠告しているような口調。柊斗はその言葉をしっかりと受け止めるように、持っていたグラスをグッと握り頷くと、隣に座っている麻琴を見つめた。
颯汰から揶揄われて耐えられなくなった麻琴は、耳を塞いでアイスティーを飲みながら颯汰を睨みつけている。柊斗がその肩を指でトントンと叩くと、麻琴は耳からゆっくり手を離して「ん?」と顔を向ける。
「帰り、颯汰さんに自転車乗ってもらおう。俺が車乗る」
ニコッと、どこか悪戯な感じもする柊斗の笑顔につられて、麻琴も同じように笑って頷いた。
―
「…って柊斗が言ったら、玲華さんも「それいいね」って言ってくれて。お兄ちゃんは文句言ってたけど」
「じゃあ、帰りは一緒だったんだ! 楽しかったみたいでよかった、よかった」
話を聞けて満足した結月がニコッと笑いながら言うと、麻琴も同じように笑って頷いた。
「それにしても、可愛いって言われなかったからって…もうそれ“おもしれぇ女”枠じゃん! この場合、面白い男? あっ!”何なのあいつ!?”みたいな感じか」
「たしかに! でもそういうのって、みんなと同じようなこと言ったり、反応したら勝手にガッカリすることあるじゃん? ムズいよねぇ…… っ!ということは、柊斗がマリちゃんに可愛いって言えば……って思ったけど……」
「「言わないよね~…」」
麻琴と結月は声が揃うと、お互いの顔を見て笑い合った。
「てか、麻琴は柊斗くんが他の子にそういうこと言ってもいいの?」
「ん~… 見えないところだったら? あ~でも、欲を言えば私に一回言ってくれてからだと嬉しいなぁ…なんて。
まあ、言わされる方は嫌だよね。特に柊斗みたいなタイプは冗談でも言わなさそうだし」
昨日あまり話せなかった分、口を休めることなく喋り続ける二人がバスを降りて歩いていると、前から気まずそうな顔をしたマリと、にっこりと笑って手を振りながらレオンが歩いてきた。
「おはようございます」
ちょうど門の前で顔を合わせると、レオンはアイドル並の笑顔を向けて挨拶してきたが、マリは黙ったまま。
そんな二人に、結月は「おはよ」と笑顔だったが、麻琴は少し戸惑ったように「…おはよう」と返事をする。
「お昼一緒に食べません? 昨日話せなかったし」
足を止めることなくスタスタと校舎に向かって歩く麻琴の隣に立つと、さっきの笑顔とはまた違う、子犬のような可愛らしい笑顔を向けるレオン。
隣にレオンが来て驚いた麻琴は、結月に腕が触れるくらいまで近づき、愛想笑いを浮かべると、マリとレオンの顔をチラッと見る。
「私たちとより、同じクラスの人とか部活の人とか誘ってくれる人たくさんいるでしょ? その人たちと食べた方が楽しいと思うよ。私たちとは昨日話したし。 …ということで、その人たちと親睦を深めてください」
「あはは~ やっぱ断られたか~。 じゃあ、また今度!」
(いや、今度とかありませんけど?)
レオンは笑いながら手を振ると、自分の靴箱に向かって歩いてった。マリはその後ろを付いていきながら振り返って麻琴の顔を見る。
その二人の姿を立ち止まって見ていた麻琴の肩に結月がぽんと手を置く。
「……意外にもあっさりだったね。 ってか、あの顔で頼まれてよく断れるね~ 私たち、昨日あの顔でオッケーしちゃったよ」
「あはは… そういえば、朝陽くんも断れなかったよね。二人はああいう顔に弱いのか~」
「ああ~だったね! あの時はしっかりしてよと思ったけど、昨日朝陽の言ってた意味分かった」
靴を履き替える時でさえも、二人は楽しそうに笑って話し続けていた。
―
「今日はあの二人も来ないな。そういえば結月が言ってたけど、お前の従兄弟が昼休み一緒に食べようって、朝会ったとき麻琴のこと誘ったって…」
「は?」
柊斗の箸を持つ手がピタッと止まり、目の前に座っていた朝陽を、その端正な顔は保ったまま睨みつける。
「…いや、俺を睨んでも…… にしても相変わらず顔いいな…。
まあ安心しろ、すぐに断ったってさ。あの顔で言われても断れるってさすがだよな~ 結月なんて、自分だったら断れなかったとか言って。 ま、俺も断れなかったから強く言えないけど…」
麻琴が断ったと聞いて安心したが、レオンが麻琴に興味を持っているということを実感して焦りと苛立ちがふつふつと湧き上がってきた。
(湊の言った通りだ……)
「よく、あのアイドルスマイル断れたね~ 私たちなんて昨日、誰も断れなかったよ~」
「もしかしてレオンくん、麻琴ちゃんのこと気になってるんじゃない?」
朝の話を結月がすると、天音と桃花が目を輝かせて麻琴を見るが、言われた本人はため息を吐きながら気の抜けた顔をしていた。
「だろうね~… 昨日、可愛い妹に言い返したし、その可愛い妹の邪魔をする人だと思われてるだろうから…」
そういう意味じゃないけど。と思った三人が言葉を飲み込んで、生温かい目と穏やかな微笑みを麻琴に向けた。
「でも、このこと藍葉くんが知ったら嫉妬しちゃうんじゃない?」
「絶対するよ! 私、朝陽に話したから多分聞いてると思う」
「話したの? ―…まあ、言うつもりだったからいいけど」
「……前から思ってたけど、麻琴ちゃんってこういう事ちゃんと藍葉くんに話すよね。 やきもち妬かせたいとか、わざと内緒にして駆け引きみたいなことしないの?」
天音がそう言うと、ゴクンとご飯を飲み込んだ麻琴は首を振って、真剣な顔で答えた。
「しないよ。だって、そんなことしたら―」




