優しい眼差し
「さっき一緒にいたのが、同じクラスで仲良くなった人?」
「そ。 蒼木椿さんで、大人っぽいからさん付けなんだけど―…ぁ!………」
麻琴は目を大きくして何かに気付いたのかと思うと、眉間にシワを寄せ、チラチラと何か言いたそうな視線を柊斗に向ける。
「…忘れ物?」
「いや~…ではないんだけど…… 一個お願いしたいことがあって…あとで、自転車の写真撮ってもいいですか?」
「……写真? いいけど…」
不思議に思いながらも麻琴からのお願いということで、深く考えず承諾する。
「ありがと!」
満足そうな顔で頷いている横顔は、ずっと見ていたくなるし、見ていると口元も自然と緩んでしまう。
いつもは見過ぎないようにと気をつけているが、この時は無意識に、じっと見つめてしまっていた。
「そうだ。 今日のお昼さぁ…」
真顔に戻った麻琴の横顔に、柊斗が思わず身構えていると、スッと顔を見上げて話始めた。
「ああやって囲まれながら食べるの落ち着かなかったでしょ。 まさか二人が来るとは思わなかったし、みんなも二人のこと気になって集まって来て、あの中逃げるのは難しいよね。 しかも、朝陽くんはレオンくんに席譲っちゃったってこっち来たし。
それで考えたんだけど、一旦ベランダとか外階段に隠れて二人が行ったら教室に入るってのはどう?」
「…ん?」
「ほら、今日は知り合いいなくて柊斗のところに来ちゃったと思うけど、柊斗嫌そうだったし……
―…てか、私も嫌だったけど……」
(ちょっと待って…今、麻琴も嫌だったって…)
「あ、でも明日も来るとは限らないか… 今日で仲良くなった人もいるかもだし、あの二人なら一緒に食べたいって人多そうだし……ん?それなら今日も誘われてそうだけど…意外と人見知り?
って、そもそも柊斗が逃げるみたいなのも変だよね……~」
柊斗に話す隙を与えない麻琴は、途中から考え込むような顔で独り言のようにブツブツ呟きながら、目を見開いたり、口を曲げたり、首を傾げて眉をひそめたり、口を尖らせたり…
少しずつ表情が変わっていく麻琴を見ていると、スッと力が抜けるような感覚がして、気持ちが楽になった。
(文句とか愚痴言われても仕方ないと思ってたのに、俺のこと考えてくれて…
それに、さっきのは嫉妬…ってことだよな。嫌な思いさせたのは申し訳ないけど、でもやっぱ……)
「―…ありがとう。いろいろ考えてくれて。
それと、嫌な思いさせて本当にご―」
「大丈夫。まあ、さすがに続いたらあれだけど……」
謝ろうとしていた柊斗を止めるように、笑顔を見せる麻琴。
「そうだ、さっき自転車の写真撮らせてって言ったけど、その時ちょっと協力してもらっていい? それで、今日のことはチャラ?ってことで!」
「…うん。わかった」
(よしっ! 謝ってきたらお願い聞いてもらいなって朝陽くん言ってたけど…柊斗悪くないのによかったのかな…
でも、さっきの言い方だと自転車だけしか撮れなさそうだったけど、これなら柊斗込みでお願いできるし、使わせていただこう。椿さん、自転車の写真欲しがってたからよかった〜)
なんでそんなに自転車の写真を撮りたいのか分からないが、喜んでくれているから何でもいいやと、麻琴の笑顔を見ると柊斗は考えることをやめた。
―
翌朝教室に入ると、早速椿からお礼を言われる。
「写真、本当にありがとね! でも、よかったの?私に送る許可とか…」
「うん。美術部ってこと説明して、送っていいか聞いたらいいよって。私の友だちだし! あ、漫画のことは言ってないから」
「別に麻琴の彼氏になら言ってもいいよ。言いふらしたりしなさそうだし。ってか興味もないと思うけど…
それにその方が……。 そうだ、本人にもお礼言いたいんだけど、迷惑かな? 大丈夫そうなら、一緒に行ってもらいたいんだけど…」
「ん? そんなことないと思うけど」
「ありがと。それじゃあ、昼休み一緒でもいいかな?早いほうがいいし」
「うん。いいよ」
麻琴が返事をすると、椿は嬉しそうに笑い席に戻っていった。
昼休み、お弁当を食べ始める前にと二人で柊斗のところへ行った。
「昨日は写真ありがとうございました」
椿から言われてコクンと頷く柊斗。
「実は私漫画家になりたくて。それで、麻琴に写真撮るの付き合ってもらってたんだけど、できれば二人にお願いがあって」
そう言って椿がスマホ片手に、二人にニコッと微笑みかけると外階段に誘い話を続けた。
「二人の手を撮らせてほしいの。手を重ねたりとか、シンプルに手を繋いでいるところとか色々。30センチ差だと手の大きさどのくらい違うのか興味あって… 図々しいんだけど、こんなこと二人にしかお願いできないし、三分でいいので、協力してもらえません?」
「いいよ」
柊斗の返事の早さに少しびっくりする二人。
(麻琴の友だちに協力して好感度上がって、一緒にいられる。写真は苦手だけど手だけなら別にいいし。
でもそうか。それで昨日、自転車の写真撮るとき真剣だったのか…恥ずかったけど…まあ……)
(意外にも即答!? 私の友だちからのお願いだから?…優しすぎない? にしても、椿さんお礼だけと思ったらぶっ込んできたんですけど……
もしかして、さっき笑ってたのって……でも、柊斗はいいって言ったし、ここで私が無理って言うのは……)
柊斗と椿の顔をチラッと見ると、二人とも顔に「断らないよね?」と書いてあるような気がして、頷くしかなかった。
「―…はい。 あ、でも三分だけね! その前に柊斗が嫌だなって思ったらやめるってことで!」
「ありがと。 それじゃあ、早速……」
椿のリクエストで手の繋ぎ方も何パターンかやったり、手のひらを合わせて比べて見たり、その状態から指を絡めてみたり、指切りやハートを作るなど、今までやったことのないことを、ぎこちないながらも応えていく二人。
改めて感じる自分の手の大きさの違いと肌や骨の感触。
伝わってくる手の熱や力の込め方。
気づけば三分はとっくに過ぎていて、撮り終えたあとはお互いの顔を少ししか見れなかった。
―
写真を撮り終えて結月たちのところへ行くと、いつもより一緒に食べているメンバーが多い。
「……なんで?」
「柊斗がいないから麻琴さんと一緒に食べようかなと思って!」
人懐っこい、子犬のような笑顔を見た周りは可愛いと声を上げるが、その笑顔が向けられた麻琴の顔は眉間にしわが寄り、口元は引きつっていた。
麻琴が固まっていると、レオンの隣に座っていたマリが鋭い視線を向ける。
「私は柊斗いないなら戻ろうと思ったのに、レオンが……
もしかして、さっきまで柊斗といた?」
(なんで分かった!?)
「―……いや…」
マリの言葉に体がピクッと反応し、このまま見られてはバレてしまうと思い、ゆっくり顔を逸らす。
(絶対一緒にいたわ)(これ一緒にいたでしょ)(一緒にいたんだ)
薄ら赤い顔と、表情から察した三人は、これ以上マリが麻琴に聞かないように、とりあえず麻琴に座るよう促し、マリに別の話題を振ったりした。
柊斗が教室に戻ると、朝陽がサッカー部のメンバーと先に弁当を食べていた。
「おっ!さっき双子来てたぜ~ お前はいないって言ったら、意外とあっさり。周りのやつが誘っても断って。つか、あの二人いつも一緒なんだな。
それで? 麻琴の用事なんだった?もう一人いたみたいだけど」
「…色々あって礼を言われただけ」
席に座ると、さっきまで重ねられていた小さい手の感覚が残っている右手を見てギュッと握る。
「よかったな」
(なんかもう、俺じゃなくても分かると思う)
柊斗のわずかに緩んだ目元と口元は、何も言わなくても感情が伝わってきた。
ー
「一回話してみたいと思ってたんだよね~ あの柊斗の彼女がどんな人なのかなって。 初めて会ったときも昨日も少ししか顔見れなかったけど……」
珍しいものを見るようなレオンの視線に耐えきれず、右隣に座っている結月の方へ少し体を向けて弁当を開けると、頬杖をついたマリが麻琴の顔をじっと見る。
「やっぱ地味じゃん。私の方が確実に可愛い。それに、昨日だって私の方がお似合いってみんなも言ってくれたし。
あなたと柊斗が歩いてても、せいぜい妹にしか見えないでしょ。
てか、そういうの興味ないと思ってたのに帰国したら彼女が出来てたって…しかもこんな……」
その瞬間、お弁当を食べようと箸を伸ばしていた麻琴の手がピタッと止まり、結月たちも、三人の様子が気になり聞き耳を立てていた周りの動きも止まり、教室の時が止まったかのようになった。
「うわ~ 意外と言うね…」「でもまあ…」「お前も昨日言ってたよな」「いくら従姉妹とはいえ、あれだけ可愛かったら不安だよね…」「可愛いけどきつくない?」
これだけの注目を浴びてヒソヒソと話されると、本人たちは聞こえないように話しているつもりでも言われている当事者の耳にはしっかりと入ってくる。
「麻琴、あんなの気にし……」
結月が顔を覗き込みながら声をかけ、天音と桃花も心配そうに様子を見ていると、俯いていた麻琴の顔が上がりマリを見た。
「そうなんだよね。でも、お兄ちゃんがあんだけイケメンなのに、妹がこの顔だったら不平等だよね~親のいいとこ全部もってかれてるし」
「「…………」」
麻琴がそう言うと、言われたマリも、心配していた結月たちも、聞き耳を立てながらヒソヒソ話をしていた周りも、みんな目を丸くして、ぽかんとし、さっきの少し張り詰めた空気から、逆に力が抜けたような何とも言えない空気に変わった。
「……話ズレてると思う」
結月にちょこんと突かれたことで、みんなの表情に気付いた麻琴は結月の方を向いて俯きながら話を続けた。
「あ…。 えっと…たしかに、誰が見てもマリちゃんの方が可愛いし、並んでても絵になるなと思うけど、今後関わる可能性が低い人の言うことより、私は、これからも一緒にいたいなと思う人を信じることにしてるというか…
それに、見た目がお似合いだからって、性格がまったく合わない人と付き合う人って少ないと思うし、見た目は不釣り合いだけど雰囲気がいいよねって人たちもいると思うから、私はそうなれたらいいかな~……
私が柊斗と釣り合うくらい可愛かったり、どこか人より優れていたら、こういう風に言われることもなかったかもしれないけど……まあ、今まで見てきたから言われることなんて想定内だし、本人から言われちゃったらそれは仕方ないけど、それまでは……」
みんなから見られて気まずくなった麻琴は、開いたばかりの弁当箱を閉じると席を立った。
「三人ともごめん、今日は自分のクラスで食べるね。ホントごめん。……また明日お願いします」
「ー…うん。また明日一緒に食べよう」
お礼を言って俯いたまま、麻琴が教室を出ると、静かだった教室にレオンの笑い声と手を叩く音が響いた。
「いや~ マリ負けたね~ 思ってたより面白い人じゃん。 ああ~また話せなかったな~ でも、さっきのでもっと話してみたくなっちゃった」
「―…全然面白くない」
麻琴が出て行った扉をじっと見ながら、マリは箸をギュッと握った。
(あぁ…… 柊斗がいないからって、まさかこっちに来るとは…)
「椿さん、一緒に食べていい?」
教室に戻った麻琴が、窓側の席で一人静かに座っている椿に声をかけると、顔を上げた椿は不思議そうな顔をした。
「あれ? いつもの人たちと食べるんじゃ…」
「―…まあ色々あって…」
「―…いいよ。 ちょうど見せたいのあったし」
「見せたいのって?」
椿が見せたスマホの画面には、重ねた手を照れながら見ている麻琴と、そんな麻琴の顔を優しい眼差しで見つめながら、小さく口元に笑みを浮かべる柊斗が映し出されていた。
「手だけの約束だったのにごめんね。 でも、この顔見たらつい…
顔に可愛いって書いてる。表情変わらないクールな人だと思ってたけど、麻琴の前だとこんな顔してるんだね」
写真の中の柊斗の優しい笑顔に、少し自信が持てた。
「……この写真、送ってもらっていいですか?」




