心が軽くなる
マリとレオンが来て囲まれながら食べることになってしまった柊斗は、昼休みが終わるとようやく解放された。
(最悪。 朝陽は麻琴たちと食べてたし…俺だって本当は麻琴と一緒に食べたいけど、友だちとの時間も大事だと思って我慢してるってのに、あいつ…
てか、この状況…いくら従姉妹とはいえ、嫌だよな。逆の立場だったら気狂いそう。学校では関わるなって言ったのに全然聞いてねぇし…普通ここまで来るか? …いや、今までのこと考えたらそのくらい予想出来ただろ。麻琴と同じ教室だからって浮かれてた…
にしても……はぁーめっちゃイライラする…周りにも、自分にも……)
ほとんどがマリとレオンへの質問が多かったので聞き流していたが、麻琴のことには耳が反応した。
「こんな可愛いいとこから好かれるとか、羨ましいな。 ぶっちゃけ彼女よりもお似合いじゃね?」
「お前、それはひどいだろ~ あっちにいるんだぞ」
「私が白木さんだったら、こんな可愛い子が彼氏の従姉妹とか不安かも」
「たしかに。 でもなんか、普通にしてない?」
「もしかして別れた?」「いや、さっき聞いたけど別れてないってよ」
人の事なので面白がって言っているのは分かっているが、言われてる方は不快でしかない。麻琴には絶対に向けない視線を周りに向けると、冷たい空気を感じた何人かはその場から静かに離れていった。
どんな顔をしているのか、普通にしてるってどういうことなのか、気になって麻琴がいる場所を見ても、その姿は見えなかった。
柊斗は何とも言えない気持ちのまま午後を過ごし、放課後、掃除が終わるとすぐに麻琴のクラスに向かった。
(いない… まだ掃除終わってないのか…?)
「藍葉、白木に会いに来たのか?」
「白木だったら、蒼木と一緒に帰るの見たけど… なんか二人でどっか行くって言ってたような……」
「……」
柊斗が教室に来ていたとは知らない麻琴は、椿と一緒に美術室にいた。
「付き合ってくれてありがとね。 写真撮って描けばいいんだけど、やっぱ実際に見た方が理想に近づくっていうか…」
「ううん。私で役に立てるなら何でも言って!」
「ホントありがと。 あの…これ描き終わったらテニスコート一緒に行ってもらえないかな… ちょっと撮りたい写真あるんだけど、一人じゃできなくて…」
「いいよ~ 椿さんの将来の為にやってほしいことあったらどんどん言って! 今から楽しみにしてるから」
椿と仲良くなったきっかけは、柊斗と一緒に帰る約束をして校舎を歩いている時だった。
誰もいない階段を色んな角度から写真を撮っている椿を見かけ、初めは写真が趣味なのかなと思っていたが、それから何度か見かけるようになると、どうしてそんなところを?と思うところまで撮り始めて気になった。
(今まで話したことないけど、いきなり話しかけて大丈夫かな… でも前から話してみたいと思ってたし、ここは勇気を出して話しかけてみよう。 まあ、嫌な顔されたら謝ればいいし。 よし)
椿に声をかける決心をして、スマホを見ていた彼女にそっと近づいた。
「―…蒼木さん、急に話しかけてごめんね。その…何の写真撮ってたのかな~と思って…」
自分から声をかけるのはいつも勇気がいるし、不安もつきまとう。返事が来るまでドキドキして、その時の顔、声のトーンによっては話しかけたことを後悔したりすることも…。
麻琴の顔をじっと見た椿は、一瞬だけ目線を下に向けるとニコッと微笑んだ。
「…ああ。階段の写真を…… 私美術部で、参考のために」
(よかったぁ… やっぱ、いい人だ! 今日はこのくらいにして、明日教室で話せそうだったら、また話しかけてみようかな…)
「なるほど! 教えてくれてありがと。 邪魔しちゃってごめんね… じゃあ、また明日―」
階段を降りようとすると、椿が麻琴の腕を掴んだ。
「―…白木さん、ちょっと話したいんだけど時間ある?」
「え?……うん」
~
「あの時、麻琴から声をかけてくれなかったら私の制作ここまで進んでなかったかも。 話してると色んなアイディア浮かんでくるし」
「いや~あの時は緊張したよ~ でも、椿さんから話したいって言われて嬉しかった~
誰にも言ってないけど、漫画家になりたいんだよね。って聞いたときは、私なんかに話しちゃっていいのって思ったけど」
「ふふ。 自分でも分かんないんだけど、なんかポロッと言っちゃってた。 直感的にこの人は言って大丈夫って思たし、実際、馬鹿にしたり、揶揄ったりしないし、むしろ協力してくれてるし」
「友だちのために何かしたいってのは普通じゃん。一緒にいれて役に立てるって、最高だよ。 それに、捨てなければ夢は逃げないってHaruも歌ってるし」
「Haru好きだね~ 私の姉ちゃんも好きだから、いつか会わせるね」
「ぜひ、お願いします」
話ながらも描く手は止まらない。だからこそ、デッサンのモデルといってもリラックしてできる。
「…それにしても、話題の双子はすごいね。まさに少女漫画みたいなライバル。藍葉くんは、王道主人公みたいだけど、麻琴はちょっと違うよね」
スケッチブックから上げた顔は、同い年なのに、どこか大人びた雰囲気をまとっている優しい笑顔。
「ん? まあ、隣にイケメンが住んでるっていう以外は普通の人ですから」
「そこからして勿体ないよね。普通、家の隣に同じ年のイケメン住んでたら、仲のいい幼なじみってのが定番だけど、全然違うし。それに、一回も同じクラスになったことないってのもすごいよね。 あと、体育祭で大玉が転がってくるっていう、いいシーンがあったのに、それも… ああいう時は、怖くて目をつぶったら幼なじみが助けてくれてドキッてなるパターンじゃん。まあ、支えてくれてはいたけど。 バレンタインもさぁ… でも、付き合った時の周りの反応は意外すぎて面白かった。 少女漫画にしたら、きゅんシーン少ないね」
「ん~…改めて言われて考えたら、なかなかだね…… こいつが少女漫画のヒロインだと、いいシーン潰しにかかるかも。
明るくて天真爛漫で太陽みたいなヒロインだったら、ちゃんと幼なじみになって、おっとりした天然だったら助けるシーンも、可愛いなって思うところもたくさんあるはずだし。誰にでも優しかったり、何かに一生懸命で輝いて見えるとかそんな子だったらね……柊斗みたいな主人公に好かれるのも分かるんだけど…」
「でも私は、そういう王道じゃないヒロインも面白いなって思うよ。 だから麻琴には悪いけど、ライバルが現れてどうするのか楽しみ。絶対に負けなさそうだし!」
さっきまで柔らかく微笑んでいたのに、そう言う椿は小悪魔のような顔に。
(楽しみって…… そんなこと言われるヒロインいないよ。 でも……)
「うん。ありがと! 私がどうしたか、将来の為にメモっといてね!」
大丈夫と思いながらも、どこかで引っかかっていた何かがストンと落ちたような、ふわっと消えて軽くなったような不思議な感覚がした。
―
「柊斗おつかれ~ 帰ろうぜ~」
「―…ああ…」
今の気持ちを表す言葉が見つからない。が、確実に良くはない。
「あの双子、部活までは来なくて良かったな。 男の方はテニス入るらしいし、女子の方はマネージャーに誘われてるんだろ?うちはマネージャー足りてるから入れないけど… みんながあの二人の話するから、自然と情報入ってくるわ」
「…」
「興味なしか」
長い付き合いで、柊斗が何を考えているか大体分かるようになった朝陽でも、今の柊斗にかける言葉は見つからなかった。
「はぁ~ まさか二人がいるとは思わなかったぁ… 何か、気遣わせちゃってごめんね」
(今の声…)
「ううん。さすがにね… もし、あの二人が麻琴に話しかけたりとかしたら、私もどうしていいかわかんないし」
声が聞こえてまず耳が、名前を聞き頭を上げて顔が見えると目が。そして…
「あ! 二人とも部活おつかれ~」
笑顔が見えると心臓が。魔法がかかったみたいに満たされていく。
「ん? なんかいいことあった?」
「―……まあ… 麻琴は、何してたの?」
(さっきまで複雑そうな顔してたのに、一瞬でこれか…)
(こういう天然なところはヒロインっぽいんだけどね)
呆れるような微笑ましいような。麻琴と柊斗にしか出せない二人だけの雰囲気を感じ取った朝陽と椿は、口元に少し笑みを浮かべて音のないため息を吐く。
「椿さんと校舎巡り…みたいな? そうだ。さっきテニスコート通った時あの二人見たんだけど、テニス部入るのかな?みんな必死に入部勧めてたけど」
「マジ? 男の方だけと思ったら、妹の方もか~ …ってことは、早く出た方がよくね? ここにいたら、会いそうだし…」
「私あっちの門から帰るから。 この時間まで付き合ってくれてありがと。 また明日」
「うん。また明日ね」
椿と別れ、麻琴は二人と一緒に駐輪場に向かった。
「じゃ、お先に~ 二人で仲良く帰れよ~」
颯爽と自転車を漕いでいる朝陽の後ろ姿を並んで見ている二人の間に心地良い風が吹いた。
「帰ろうか…」
「うん。 その…ちょっと早足で行きますか…」




