今年こそ…
「受験か…」「私達も二年後は、ああなるんだね」
年が明け、三年生の試験が近づくとピリピリと緊張感が漂っていた。
「それは、そうと…」
いつも通り四人で昼休みを過ごしているが、冬休み前と変わったことが一つ。
「二人が付き合うなんて…意外って訳じゃないけど、いつの間に?」
「待って!ってことは、記念日がイブってことだよね? いいなぁ~素敵」
ももちゃんと天音ちゃんに直接言いたいからと、冬休みが終わって会うまで黙っていた。
「私もそうなったらいいなって思ってたから、ゆづから朝陽くんと付き合うことになったって聞いて、驚いたけど嬉しかった」
「ありがと。そう言われると照れるね」
嬉しそうにはにかむゆづを、ももちゃんと天音ちゃんは質問攻め。
俺は、朝陽からその日のうちに聞いたが、四人の話が聞こえてきて、改めて感心した。
「…すげぇな」
十年こじらせている俺とは違う。
まあ、なんとなくこうなるんじゃないかと思ってはいた。
「いや~ある意味、お前のおかげでもあるけどな」
言っている意味が理解できず黙っていると、朝陽がフッと吹き出した。
「結月のこと、今まで全然そんな風に思ったことなかったけど、委員会一緒になって、話すようになって、そしたら気が合うなって。ちょくちょく話しはしてたけど、お前らのことでガッツリ話すようになってからは特に。
そっから、好きだなって思ったんだよ。で、気付いたら言ってた。お前がこじらせてなかったら、こんなことになってなかったかも」
複雑。でも、今まで見たことない、恥ずかしそうに嬉しそうに笑う朝陽の顔を見て、いいなと思った。
「まっ、次はお前が頑張る番だろ?」
そう言って、朝陽が体を捻らせて麻琴たちの座っている席を見ると、結月が朝陽に気付いて手を振り、それに朝陽が嬉しそうに応えていた。羨ましい…。
「…ん」
(マジで今年こそ…)
◇
三年生が受験で忙しい中、教室…というか世間はバレンタインの話でもちきり。
もちろん、私たちも例外ではない。
バレンタイン当日は土曜日なので、前日の金曜日にみんなで交換しようということになった。
「ねぇ、麻琴ちゃん、もしよかったら木曜日うちで一緒に作らない?」
「え!いいの? ありがと! ぜひ、お願いします!」
友だちと一緒にバレンタインのお菓子を作るという憧れのシチュエーション。天音ちゃんから誘われて、私はテンションが上がった。
バレンタイン前日の放課後、材料を買って天音ちゃんの家へ。
「おじゃまします」「どうぞ~」
買ってきた材料を取り出して並べる。
私はクッキーを、天音ちゃんはチーズケーキを。バレンタインの思い出や、誰に渡すかなど話しながら二人で作っていく。すごい。漫画やドラマみたいなことをしている自分がいる。
「あっ、チョコ入れるの?」
「うん。バレンタインだからね。それに、プレーンだと甘さ控えめだから、少し甘さ足すためにもちょうどいいかなと思って」
「なるほど~」
―天音Side
私がチーズケーキを冷やしている間、麻琴ちゃんはクッキーを袋に詰め始めた。ちなみに私は、麻琴ちゃんからもらったクッキーを食べながらその様子を見ている。
「麻琴ちゃんのクッキー美味しい! チョコめっちゃいい感じだよ」
「よかった~。ありがと」
生地の厚さでサクッとしていたり、しっとりしていたりどっちの食感も楽しめる。
プレーンの方はたしかに甘さ控えめ、そこにチョコチップが加わると、ちょうどいい甘さになる。それに、味が優しい。何て言っていいか分からないけど、とにかく優しさを感じる。
(これは、藍葉くんがたくさん食べたのも分かる)
私がクッキーを食べ終わると、麻琴ちゃんの前にはラッピング済みの袋が並べられていた。
あれ?八つの袋のうち、一つだけ他と中身が違う。七つは、花の形をしたプレーンの小さいクッキーと少し大きめのチョコチップ入りがバランスよく入っている。でもこの袋にはプレーンの小さいクッキーだけ。それもたくさん入っていた。
(もしかしてこれって!)
「天音ちゃん、今日は本当にありがとう。楽しかった!」
「こちらこそ。クッキーありがと。私は明日渡すね。じゃあ、また明日。気をつけてね~」
「うん。本当にありがと。お邪魔しました」
ドアを閉めるギリギリまで手を振って、丁寧に静かに閉めた麻琴ちゃん。
「あ~ 明日どうやって渡すのか楽しみだな~」
◇
学校では朝からみんながソワソワしていて、まさにバレンタインといった感じだった。
「ハッピーバレンタイン!いつもありがと」
お昼休み、私と天音ちゃんが四組の教室へ行って、約束通り四人で交換し合った。
「結月ちゃんは、矢野くんにあげたの?」
天音ちゃんが聞くと、ゆづは困ったような、でも嬉しそうな顔をして朝陽くんを指さした。
「さっき催促されたから、あげたよ」
(そういえば、教室飛び出して行ったなぁ)
朝陽くんを見ると、ゆづからもらったお菓子を自慢げに柊斗に見せていた。
「にしても、見てよあれ!すごくない? 本当にあるんだね!」
ももちゃんの指さす方を見ると、ロッカーの上に可愛い袋が20個ほど並べられていた。
「藍葉くんコーナー。男子なんて感激して写真撮ってたよ」
「直接渡しても『返せないから』って断られるから、それでも渡したい人はあっちに置いてってるの」
「確かに、あんだけあったらお返し大変だよね」
(なるほど…あ、また一人置いてった)
今年もこのイベントが来た。俺は毎年このイベントに心臓を痛めている。
麻琴から貰ったことはない。いや、小学校低学年で玲華と一緒に家で作ったのは貰ったが、麻琴の意志でというか…とりあえず、そういう意味では貰ったことがない。
でも今年は、少しだけ…ほんの少しだけ期待している。関わることも多かったから、多分、今までよりは可能性がある…はず。それに、高校では持ってきても大丈夫だし。
昼休み、結月を急かして貰ったお菓子を朝陽が俺に自慢している時、麻琴が教室に入ってきて心臓が一気に飛び跳ねる。友だちと交換し合っているのを見て、ドッドッドと鼓動が速くなる。
朝陽はまだ話しているが、全く耳に入ってこない。とりあえず平然を装って弁当を食べるが、味がしない。何を食べたのか分からないまま弁当箱が空になった。
弁当箱をしまっていると、ラインの通知音が鳴った。イヤな予感はしたが気になり開く。
「どうした?」
何も言わず画面を見せると、朝陽は顔を歪ませた。
〈麻琴ちゃんから預かったって、颯汰からもらったよ。俺の分もお礼言っといてね〉
麻琴から貰った袋の写真と一緒に湊からメッセージが送られて来た。
俺はまだ貰っていないのに…。湊からのこのラインは俺に確実なダメージを与えた。
(湊にはあげたんだ……。正直、今年は関わることも多かったし、距離もそれなりに縮んだんじゃないかって思ったから、もらえるかもと期待してたけど…)
スマホをグッと握り、湊からのメッセージを、イヤだけどもう一度見る。
高鳴っていた心臓は、いつの間にか重くなっていた。
昼休みが終わる時間が近づくと、みんな徐々に教室に戻って行った。
(渡すなら教室にいる今だと思うんだけど…もしかして放課後? いや、そもそももらえないかも…
湊にはあげるけど俺にはない? 麻琴がそんなことするとは思えないけど…)
放課後渡してくれるかも。とまだ貰える可能性を信じているポジティブな自分と、お前にはないよ。とネガティブな自分が出てくる。
正直、ネガティブな俺の方がデカい。体が重くなり、机に突っ伏す。
「じゃあ柊斗、俺そろそろ戻るわ…。まだ放課後もあるんだから腐るなよ」
ガタッと椅子を引く音がして、ゆっくり頭を上げると、麻琴の声が聞こえた。
「あっ!そうだ」
何かを思い出したように急に立ち上がった麻琴は、教室の後ろの方へ向かって歩き出した。手には、湊の写真で見たのと同じ袋。
俺だけでなく、朝陽も、麻琴と一緒にいた三人も麻琴の動向を目で追う。
(((やっと、柊斗くん・藍葉くんに渡しに!?)))
(もしかして柊斗に…)
(…俺に?)
重く沈んでいた心臓がまた一気に高速で高鳴る。ただ引っかかるのは、麻琴が一切俺を見ないということ。
これでよし!と、クッキーの袋をそっと置く。本人もいるのでドキドキしたが、なんとか渡せて満足。
用事も終わったし、教室に戻ろうと振り返ると、
「「「何で!?」」」
と三人が私を見て、目と口を大きく開けていた。びっくりして少し肩が上がってしまう。
「……なんでって、柊斗のはここに置くんじゃないの?」
ロッカーの上を指さすと、四人は唖然としていた。
あ~…直接渡さないの?ってことか。いやいや、受け取り拒否されたら普通にキツイから。
どうやって渡そうかなって思ってたけど、このコーナーあってよかった。それに、お返しとか求めてないし。これはお礼。いつも優しくしてくれるから。そう、これはお礼……。
「ま、無いよりはな…。っと、俺も教室戻るわ」
朝陽が教室を出た後、ふらっと立ち上がりロッカーに向い、麻琴が置いていったクッキーの袋をそっと手に取る。
(何で直接渡さないで、ここに置いたんだよ…)
自分用にあったことは嬉しいけど、直接は貰えず少し複雑な気持ちでクッキーをじっと見つめる。
(……あれ?湊のはチョコが入ってたような… それに…)
クッキーは全部シンプルなもので、花の形をした小さなクッキーがたくさん入っていた。
(もしかして、俺が美味しいって言ったから、たくさん入れてくれた?)
―結月Side
らしいといえば、らしいけど……。
麻琴と天音ちゃんが教室を出て、ももと一緒にため息を吐く。直接貰えなくて、柊斗くんも少なからずショックを受けてるんじゃないか。そう思っていたけど…
クッキーを手に取り、優しく見つめながら僅かに微笑む柊斗くんの横顔を見ると、その心配は無さそうだ。
「ねえ、あれ…」
「うん。あの顔、麻琴に見せたいね」
私たちとは中身が違う袋を持ったまま、柊斗くんは席に戻っていった。
◇
まだみんなのソワソワが抜けきらない放課後。外の掃除に行っている天音ちゃんを待っていると、柊斗が教室に入ってきた。その手にはお菓子がたくさん入っている紙袋。
その柊斗がどんどん私に近づいて来ている…気がする。
「…クッキーありがと」
気のせいじゃなかった。座ったまま柊斗の顔をグッと見上げる。
「あ、どういたしまして…。 その…中身は誕生日の時と同じですけど…」
わざわざお礼を言いに来てくれて嬉しいなと思うけど、なんだか照れくさい。見上げていた姿勢を戻すと、コートのポケットから、私のあげたクッキーの袋が見えた。
トクントクンと鼓動を感じる。胸のあたりが、なんだかくすぐったい。それに、顔もポカポカする。
どうして紙袋じゃなくて、そこに私のが入っているのか気になっていると、
「あと、湊も…お礼言ってた」
「あぁ…二人ともたくさん貰うの分かってたけど、お世話になってるから。
それと、みんなのにはチョコ入れたけど、柊斗はシンプルな方がいいかなと思って、それだけにしました。気に入ってくれてたから多めに入れちゃったんだけど……」
(たくさん貰うだろうなって分かってたのに、初めてあげるし、誕生日の時たくさん食べてくれたから、ちょっと浮かれてた…)
「うん。ありがと。全部食べる」
安心感を与えてくれるような、心地よく優しい低い声。
「いや、無理し―…ううん。ありがと。今から部活だよね?頑張ってね」
ゆっくり顔を上げて柊斗を見上げる。
「うん。 …本当にありがと。麻琴からもらえて嬉しかった」
そう言うと、柊斗はクルッと体の向きを変え、スタスタと早歩きで教室を出て行った。
(…何、今の? あんなにたくさん貰っていたのに、私から貰えて喜んでたように見えたんだけど…
それに…一瞬だったけど、あんな嬉しそうに笑っ―)
「麻琴ちゃん、お待たせ~ って…大丈夫?」
机の上に乗せたカバンを抱きしめ、顔を埋めていた私を見て、天音ちゃんは少し驚いたような声を上げた。
「……大、丈夫…」
絶対ヤバい顔してるから、顔は上げないで絞り出した声で答える。目はギュッと閉じたまま開けられないし、口も力を入れていないと端の方が上に上がろうとする。全身に力を入れているので呼吸が浅くなる。
柊斗の笑った顔を見た瞬間、胸がきゅんと熱くなって、それにつられて体温も高くなるし、心音も異常なくらい耳に響いて、力を入れないと、なんか色々とヤバい気がした。
(―っ緊張した……。
ちゃんと俺のことを考えて入れてくれたんだ。やばっ、めっちゃ嬉しい!)
麻琴との会話を思い出して幸せの余韻に浸りながら部活に向かう。この状態でニヤけるのは絶対に押さえられないからマフラーで口元を隠す。
割れないように入れておいたコートのポケットから麻琴のクッキーをチラッと覗く。
(夢じゃない。ちゃんとある)
リアルだと実感すると、また幸せが広がっていく。
―朝陽Side
「麻琴にお礼言ってきたの?」
「ん」
(めっちゃ嬉しそうじゃん。顔に幸せって書いてる人、初めて見たかも。これは本当に今年こそ…)




