5話 孤軍奮闘の完璧主義者
ホームルームや部活動紹介、終礼を終え、放課後になった。昨日と同じで昼過ぎに学校は終わり、今日はみんな、入部する部活を探し始める。
俺にとっては超悲報なことに、この高校はなんと部活動強制加入。俺は家に帰ってひたすらゲームに専念する学生生活を送ろうと思っていたのに。こんなことを前情報で知っていれば、俺はこの高校を受験していなかっただろう。
「翔来君は部活決めた?」
いや、それはないかもしれない。だってこの高校には八月一日さんがいるから。
「まだだけど、だいたい入ろうと思うところに目星は付けたよ」
なるべく楽そうで、活動頻度も少なそうな文化部を。
「八月一日さんは?」
「私は吹奏楽部!」
この学校は吹奏楽部に力を入れているようで活動も盛んらしい。体育館で行った部活動紹介では、最後の大トリで盛大なパフォーマンスを披露していた。
活動も多いし、男の俺にはハードルが高いな。吹奏楽部は絶対にナシだ。
「八月一日さーん、部活いこー!」
廊下で他の吹奏楽部員であろう女子たちが待っていた。八月一日さんは席を立った。
「そろそろ部活始まるから、私もう行くね」
鞄を片手に、小さく手を振る八月一日さん。八月一日さんの意識から俺の存在は外れて、部活仲間のもとへ歩いて行った。
「ふぅ…………」
俺は小さくため息を漏らした。やっと安心したからだ。
八月一日さんと喋れるのは嬉しいけど、やっぱりプレッシャーが大きい。俺みたいな存在が気安く話していい存在ではないような気がして。いつか彼女と話すことにも慣れればいいんだけど…………。
部活探しに旅立つべく、俺も席を立った。鞄に簡単な荷物をまとめて教室を出る。
いくつか気になる部活はある。今日はどの部活も部活動見学を開催しているから、今日のうちに見たいところはすべて見学してしまいたい。
まず一つ目の部活の場所へと、廊下を歩いていると、
「翔来」
後ろから声をかけられた。振り返ると、人類敬愛派の輪者であり、いつも鼻をほじっている俺のクラスメイト。伊達間傭平――通称ダテマヨが俺を呼び止めた。
「どこに行くんだ?」
「部活探し」
俺は淡泊に答えた。八月一日さんと違い、こいつ相手には気を使わなくていいから楽だ。俺があろうことか糞を漏らしながら話してもこいつより人間ランクが下回ることはない。こいつは常に鼻をほじりながら人と話しているからだ。
「俺はこれから生徒会の集まりがあるんだ」
「もう活動が始まるのか? 生徒会役員候補だから、これからその候補者の中から実際に役員になる人を選挙かなんかで決めるんだと思ってたんだけど」
「候補者が少なかったから選挙はなしになったんだ。定員割れだ」
だろうな。生徒会候補がすぐ決まるクラスの方が稀なんだ。いや、定員割れということはそもそも候補者を出していないクラスが多いってことか。
「ていうか、なんで生徒会に立候補したんだ? お前は」
生徒たちの上に立つ人間が鼻くそをほじっているなんて許し難い事態じゃないか。
「それはな、完璧な学生を目指しているからだ」
出た。また完璧だ。完璧なんて漠然とした表現の到達点は、ものの捉え方や違う視点、判断基準の取捨選択でいくらでも着地点を設けられる。ある人が完璧だと謳っても、他の人の価値基準ではそれはまったくもって完璧ではないかもしれない。
例えば戦時下の軍隊のある指揮官が、「敵兵士を一人残らず皆殺しにした。完璧だ」と豪語しても、他者を攻撃することを絶対悪とする聖人君子はそれを完璧とは認めない。逆に、戦時下で、「人に危害を加えるなんてできない」と葛藤して誰も殺めず死んでいった自分の信念を完璧に貫いた兵士がいたとして、その兵士を見て指揮官は呆れ果てるだろう。
つまり、ダテマヨがいくら自身を完璧だと信じ込んでも、俺にはダテマヨを完璧だと思えない部分が必ずあるんだ。それは一つや二つじゃない。だから俺は、ダテマヨの言う完璧の破綻を突いてやろうと思った。
「正直、生徒会なんてやっても完璧からは程遠いだろ。あんな人類敬愛派? とかいうヤクザ紛いの殺人組織のスカウトなんてやってるお前は。完璧なはずのお前が、なんであんなヤバい組織のところにいるんだよ?」
ダテマヨは鼻の穴に入れていた指を下ろした。普段から笑顔にならないダテマヨだが、そこには一切の朗らかな空気はなくなっていた。
マズかったか。自我が強い自信家みたいな奴だし、そうじゃなくても変な奴だし、あまり刺激しない方がよかったか。それに、あんな組織に加入しているのは本人の意思じゃない別の都合があるのかもしれない。詮索するべきじゃないのか……?
俺は焦りで志向がフル回転してしまっていたが、対するダテマヨは穏やかに。ゆっくりと語りだす。
「たしかに、敬愛派のやり方は過激だし、最近はその過激さも増してきているけど、それでも、敬愛派のみんなはこの人間社会を守るために戦っているのは事実なんだ」
思っていたより穏やかに返答してきて、俺も冷静さを取り戻した。もう少し、踏み込んでみたいと思った。
「自分らが犯罪行為に手を染めてまで、こんな人間社会を守る意味なんてあるのか?」
俺はダテマヨに人を愛する心があると見抜かれたが…………人間なんてクソだ。これもまた、俺の本音だ。
俺はダテマヨの返答に耳を傾けた。
「SNSやフィクションなんかではやたらと人間の悪いところばかり取り上げるし、人間を悪者扱いすることが多いから、みんなどうしても人間を嫌いになってしまいやすい。けど、俺は人間にはいいところも優しいところもたくさんあると思うし、言うほど悪い存在じゃないと思うんだ。人の悪いところばかりを見て人を嫌いになってしまうのだって、本来その人の善性が拒絶反応を起こしているという、その人が優しくていい人であることの証拠だとも捉えられるしな。元から性格の悪い奴は、嫌な奴を見ても不快に思わなそうだろ? そいつらは同類なんだから」
俺はネットやフィクションではなく、現実の人間関係で人の醜さを突きつけられて人間嫌いに傾くことがある。しかしそれ以上に、ネットやフィクションで人の醜さを見聞きする機会の方が圧倒的に多い気がするし、そういう影響が現実での人嫌いを加速させている側面もあるように思えた。
「とにかく、だから俺はこの人間社会を守りたいと思ってる。俺たちが戦っている相手の人類殺戮派は、輪者の特性を利用して人間社会を積極的に破壊しようとしている連中なんだ。しかも警察も手を出しづらい状態にあるし、放っておいていい存在じゃないんだ」
輪者の特性。ダテマヨの、敬愛派に適した輪者を見抜く能力のことか。それ以外にも何らかの特性を持った輪者がいるようだ。
「当然俺たちのやり方は大半の人が完璧だと言い褒めるようなものじゃないのはわかってる。俺だってそこは見て見ぬフリをしているわけじゃない。でも、かと言って「人を傷つけないやり方で」、「非暴力的なやり方で」なんて言ってたら甘いんだ。殺戮派はそんなぬるいやり方でやり合える存在じゃない。殺戮派だからな。向こうは当然殺す気で来る。だから、こっちも手段は選んでいられない。そのやり方は決して完璧なんて言えるものじゃなかったとしても、最終的には人類殺戮派を一掃して、人類の平和な未来を絶対に守りたい。この社会を守ることがすべてだ。それが俺が目指す究極の完璧であって、人類敬愛派が戦う理由であって、俺が人類敬愛派に所属している理由だ」
俺は、なんと返せばいいのかわからなかった。ずっと鼻くそばっかほじっている奴に、ここまで濃い返答が帰ってくるとは、想定外だった。
「あ、じゃあそろそろ生徒会集会始まるから。じゃあな」
今までの会話なんてまるで無かったんじゃないかと思えるくらい素っ気なく、ダテマヨは別れの挨拶だけ告げて去ってしまった。俺は独り、取り残される。
思えば最初から、ダテマヨの完璧の捉え方はまったく破綻などしてなかったんだ。むしろ俺の、完璧に対する認識が不十分だった。
最初からわかっていたことだった。完璧の基準なんて、個人の考え方ひとつで無限の違いが生まれる概念だと。にもかかわらず、俺は自分の思う完璧をさも全人類共通認識の完璧であるかのようにダテマヨに押し付けた。そんな完璧はこの世に存在しないと自分でもわかっていたのに。
一方ダテマヨは、完璧の基準は人によって変わることも理解していたし、自分のやっていることが多くの人から見たら完璧とは思われないことも理解していた。それでもダテマヨは、完璧の基準は個人それぞれだとわかっていたから、自分の考える完璧の形を貫こうとしていた。自分の完璧を信じ、誰よりも完璧というものに向き合い、誰よりも完璧というものにストイックに。
誰とも交じり合わない自分だけの完璧の形を、たった独りで、孤軍奮闘で追いかけ続けていた。俺なんか足元にも及ばないくらいに。
人類敬愛派の輪者――伊達間傭平は、俺が知る限り誰よりも完璧を極めた男だった。




