28.自慢の息子
予想していなかった問いに、一瞬躊躇った。
「アレクシス殿下とのことは、どこまで知っている」
ただ、相手は公爵で、エリアナのお父上だ。
生半可な覚悟で答えていい質問じゃない。
「全て……知っています」
「そうか……。それでも、娘を?」
「彼女は――」
誠意を見せたい。
「彼女が殿下と知り合ったのは偶然でした。――ただ、本気で恋をした女の子です。彼女の純真さや、気高さ、人を想う優しさは失われていません。僕は……彼女の真っ直ぐ前を見据える瞳が好きです。どんな困難も乗り越える力がある……そんな彼女を愛しています」
ここからが……公爵の求めるところだ。
「ですが……過去は、消えません」
少し表情が強張ったのを、僕は見逃さない。
「彼女が背負ったものを……全て理解しています。その過去で彼女の価値が決まるとも思っていません。僕が……彼女を選んだんです」
「詳細は……私と陛下しか知らない。公にはしないそうだ。エリアナと妃殿下が直接話をしたと聞いた時は、正直……驚いたよ」
「僕も同席してたんです」
「聞いてる。君がエリアナを救ったことも、王室を救ったことも」
「救ったのは、妃殿下です。僕も救われた人の一人です」
笑いながら床を見た公爵が、短く息を吐いて顔を上げ「ありがとう」と一言口にした。
そして、引き出しから封筒を取り出して、僕に手渡した。
「これは……?」
「君を婿養子にするための書類だ」
書類を取り出して、驚いた。
「ヴィルローズ家には、長男がいます。立派な後継がいるのに……なぜ公爵位を譲る名前の欄に、僕の名前が――」
「君なら、エリアナと共にこの領地を守ってくれると信じている。それに、私の親族で子供に恵まれなかったところがあってね。息子を養子にする話が出てるんだ。これは……まだ、エリアナには伝えていない。まずは、君の意思を尊重したい」
本当に驚いた。
僕は、しがない侯爵家の次男だ。跡取りの兄さんがいて、自分は勉強で認められれば職位という地位を得られると努力して今に至る。
「随分前から、『次男は自慢の息子だ』と自慢されていてね。今回の件を知った時、エリアナはもう社交界に戻れないんじゃないかと思ったんだ。そこへ君が現れた。君なら、安心して娘も領民も預けられる」
エリアナだけじゃない。
この領地も、民も、全てを背負えるか問われているんだ。
「……過分なお言葉です」
ゆっくりと、息を吐いた。
「エリアナを選んだのは僕です。彼女を守ることも、この領地を守ることも……その責任から逃げるつもりはありません」
少しだけ頭を下げて、公爵に問いた。
「ですが……一つだけ、確認させてください」
「何でも言ってくれ」
「これは……“エリアナのため”ですか。それとも、“ヴィルローズ家のため”ですか?」
「……どちらもと言ったら、欲張りだろうか」
僕は、静かに手元の書類を見つめた。
「いえ。同じ立場なら、僕も同じ答えだったと思います。謹んで……お受け致します」
差し出された手を固く結び、頭を下げた。
僕は……エリアナから、どれほどの幸せを貰うんだろう。
***
「マグノリア様、ヴィルローズ公爵よりこちらをお預かりしております」
「……ありがとう。もう、下がっていいわ」
「はい」
産後の身体を労って、アレクシス様が用意してくれたお茶を口にしながら封筒を開けた。
そこに書かれた『滞りなく』の文字。
「良かった……。彼らにも路があって――」
あれから、アレクシス様は以前のように……とはいかないけど、私のそばにいてくれる時間が増えた。生まれたばかりの我が子にも愛情を注いでくれるし、他愛もない話も出来るようになった。
たまに……本当たまに、遠くを見つめるように窓のそばに立つ。その視線の先に、誰がいるのかも分かっている。
でも、そういう時は決まって隣に立つと決めているの。辛くなる時もあるけど、私がそばにいると決めたから。
以前から、ランドアーク家の内情は耳にしていた。
優秀な次男であるノエルが、家を継ぐ以外に活躍できる場がないか、ランドアーク卿が随分頭を悩ましていたのも知っている。全てが上手くいった時には、ささやかながら助言しようと決めていた。それが……王家を救ってくれた彼への恩返しだと思ったから。
「ノエルなら、やり遂げるわ」
いずれ、社交シーズンには二人で出てくるでしょう。
その時は……もう誰も傷付かない形で、彼らと笑い合えますように。




