27.今と、過去
それから数日後。
ノエル様は、お約束通り、私の家を訪ねてくれた。
しかも……とっても大きな花束を抱えて。
「エリアナ、どうか僕と結婚してほしい」
額に汗を滲ませる、緊張した表情のノエル様がとても愛おしく感じた。そこが、お邸のエントランスで、使用人やら家族が顔を覗かせていようが関係なく。
「はい、宜しくお願いします」
そう伝えて花束を受け取れば、溢れんばかりの拍手で「お嬢様お幸せにー」とか「おめでとう」と沢山の祝福を浴びた。
階段上で見守ってくれていたのか、覗いていたのか、お父様が降りてきた。
「君なら、娘を幸せにしてくれると信じてる」
「はい。この命に替えても、必ず」
「帰りに私の書斎に寄りなさい。君に、少し話がある」
「承知しました」と挨拶するノエル様が、余計に汗をかき始めた。
「エリアナ、ノエル様を応接間にお通しして」
「はい」
お母様から背中を押され、ハンカチで額を拭うノエル様を応接間へと案内した。
後ろから鼻を啜る音が……着いてくる。
「ソフィったら、大丈夫?」
「だ、大丈夫では……グスン、ございません。お嬢様がついに結婚を――」
「ちょ、ちょっと。まだそこまで……」
「いえ――」
もう後少しで応接間という廊下で、ノエル様が笑った。
「僕は、結婚を前提としたお話をしています。だから、その涙もあながち間違いじゃないかと」
「ゔ、ゔ……お嬢様が……結婚……グスン」
口元を押さえて、思わずクスッと笑ってしまった。
願ってはいたけど、ノエル様から結婚と聞くと……妙にくすぐったくて。
「ソフィ、顔を洗ってからお茶をお願いね」
「じょうぢ、じまじた……」
パタパタ駆け足で廊下を進むソフィを見ていたら、ノエル様が「あの……」と手を繋いでくれる。
「そろそろ、貴女と二人きりで話がしたいのですが」
「も、勿論です。どうぞ……」
「緊張してますか?」
「するに決まってるじゃないですか」
「僕もです」
応接間のソファに隣同士で並ぶと、この間の貿易管理本部を思い出す。
あの時は、とにかく必死で、ノエル様が自分から離れていっちゃうんじゃないかって怖かったから大胆になれたけど。今日は、また違う。
「あんな大きな花束、初めて貰いました」
「どんな花束を贈ったら喜んでもらえるだろうかと、必死に考えました」
「どんな花束だって、ノエル様からなら嬉しいに決まってます」
「それは……嬉しいですね」
暖色のオレンジや黄色の鮮やかな花束は、今ごろ花瓶の準備をしてくれてるはず。
「エリアナ……のために、自分は何がしてあげられるか、毎日考えるんです。それが、日課です」
「私、ノエル様から貰ってばかりだわ」
「そうですか? ブレスレットと花束しか――」
「そんなことはありません。気持ちも時間も、私にとってかけがえのないものを沢山貰ってます。ノエル様を失いたくないって思った時……強く感じました」
「……っ、そんな可愛いこと、言わないで下さい」
そう言われると、余計に照れて顔が熱くなった。
徐々にノエル様の手が近づき、頬に触れた。
「もう……触れて良いですか?」
「もう……触れてますよ?」
「……確かに。怖かったり、嫌だったり……しないですか?」
「大丈夫です。むしろ……嬉しいです。温かくて、優しい」
ノエル様の手に、自分の手を重ねる。
誰かの体温を感じたのは……とても久々だ。
別にアレクシス殿下を思い出したわけでも、懐かしくなったわけでもない。
ただ……ノエル様の体温が重なったことが、素直に嬉しい。
「エリアナ」
「はい」
「もう、君を離してあげられないかもしれない。いや、離したくない。悲しい思いはさせないし、苦しい思いもさせない。だから、僕と結婚してほしい」
いつの間にか、両方の手で包まれた私の顔は、真っ直ぐノエル様と向き合っていて。とても愛おしそうに見つめてくれる。
誰かをまた、こんなに好きになれる日が来るなんて、思わなかった。
悩んで、辛くて、苦しくて……でも、だからこそノエル様に出会えたとも思える。ノエル様がいなかったら、きっと私が恋するのは、何年も何十年も先だったかもしれない。私は……幸せ者だ。
「はい。私も、ノエル様と……一緒にいたいです。大好きだから」
「ありがとう――」
ゆっくり、そして優しくキスをした。
***
この喜びを、声を大にして世界中に言いふらしたい。
恋焦がれたエリアナと思いが通じ、唇を重ね、また笑い合う。満ち足りるとは、こういう時に使う言葉だったのか。
しばらく、仕事の話も含めてお邪魔していたが、公爵から『話がある』と言われていたのを思い出した。
「また、すぐ来るから。仕事で分からない事があれば訪ねて」
「分からない事がなくても……訪ねて良いですか?」
いちいちドキッとしてしまう。
「いつでも、おいで」
もう一度、僕を見上げるエリアナにキスをした。
手を振って部屋を出たのに、もう会いたい……。
が、そうも言ってられないので、扉の外で待機してくれていたエリアナの侍女に書斎を案内してもらうことに。
「こちらが旦那様のお部屋です」
「ありがとう」
仕事の話なら全く問題ない。
……が、エリアナのこととなると話は別だ。何を聞かれるか、何を言われるか全く想像できない僕は、大きく深呼吸した。
「旦那様、ランドアーク卿がお見えになりました」
「――入ってくれ」
見た目は穏やかだが、実力は確かだ。
貿易拡大が現実になったのも、その地位が決して揺らがず在り続けるのも、現公爵の実力だと誰もが知る。
「呼び立ててすまないね。君に、二つ聞きたい事があって」
「はい、何なりと」
「うん……」
一拍、いや二拍くらい間が空いただろうか……。
公爵が大きく息を吐いて、僕を見た。
「アレクシス殿下とのことは、どこまで知っている」
それは……予想だにしない展開だった――




