26.「……最高だ」
少し……冷たかった、かもしれない。
恋の駆け引きなんて出来ない僕が、貰ったアドバイスを間に受けてしまうなんて……やっぱり間違いだったんだ。
グッと堪えて、簡素なやり取りをしてみたけど、エリアナ嬢の切なそうな表情に胸を締め付けられた。
「アンドアーク卿の好きな人って、ヴィルローズ家のエリアナ様だったんですね」
「ど、どうしてそれを……」
「見てれば分かります。それに、あれは――」
「え?」
「いーえ、何でもありませんっ。やっぱり、私もお名前で呼びたいです。今日こそ許可してくれません?」
「……すいません。エリアナ嬢だけと、決めていますから」
――とか偉そうに言ったけど、彼女の心を射止められる保証なんてどこにもない。一年待つと伝えたのに、急に業務連絡みたいなやり取りをして……むしろ傷付けたかもしれない。
どうする……今から行って謝罪する?
あれは全部演技だったと伝える?
いや、それこそ彼女を振り回しているようで気が引けた。
――数日後。
いつものように貿易管理本部の上官室で仕事をしていると、突然ノックが響いた。
「どうぞ」と椅子に座ったまま声だけ張ると、入ってきたのは、エリアナ嬢だ。
「……珍しいですね。貴女の方から来られるなんて」
素直に「来てくれたんですね」と言えば良いのに、振り回している自覚のせいか、港で会った時の態度そのままになってしまう。
「少しだけ、お時間……頂いてもよろしいですか?」
「……えぇ」
緊張した様子のエリアナ嬢が、ドアの前から動かないので、僕が先に対応用のソファに腰を下ろした。
すると、いつもなら対面に座る彼女が、なぜか僕の隣に座るじゃないか。
「ここ、少し見て頂きたくて……」
埋められた距離感に、自分も緊張し始めてしまう。
資料を指差しながら、ふいに触れる腕……。
「エリアナ嬢……」
「……はい」
「近い……です」
「……すいません」
だけど、その距離が離れることはない。
資料に向けていた指を離した、エリアナ嬢が。
「最近……来て、下さらないから」
ぽつりと零れた言葉に、僕は目を見開いた。
「忙しいのかと、思ってました」
「……忙しいのは、事実です」
はっきり言って、この先に続く会話に期待なんて出来るわけがない。
頻繁に訪れていたのに、その頻度を減らし。好意を持って接していたのに、急に業務連絡みたいな呆気ない態度。嫌われたって仕方ない……。
「寂しかったんです……」
僕は、驚いた。
そんな自分の都合良く解釈してしまいそうな言葉を、聞けると思っていなかったから。
「それは、どういう――」
「嫌でした。私以外の女性と……楽しそうにされてる姿を見るのが」
必死な目でこちらを見るエリアナ嬢が、とても愛おしく見えた。
「それは、嫉妬……と捉えて良いんですか?」
「……っ、そう……かもしれません。こんな気持ちになるの、ノエル様だけなんです。すいません……」
僕にとって無意味な謝罪をしたエリアナ嬢が、急に立ち上がった。
この後の行動なら、予想がつく。きっと貴女は「今のは無かったことにしてください」と出ていってしまうんでしょう――ほら。
だから、出て行こうとする彼女の手をしっかり掴んで離さない。
「都合良く考えてしまうんです。もう――」
そんな潤んだ瞳で、見ないでほしい。僕だって男だ。しかも、好きな相手を前にして理性をこれでもかと保ってるなんて、貴女は知らないでしょう?
「我慢したくない。無駄な駆け引きもしたくない」
「ノエル様、私……私……」
「……いくらでも待ちます。続けて下さい」
掴んだ手を、少しだけこちらに引き寄せた。
触れないと約束したけど、この勢いを止めたら……絶対後悔するから。
「ノエル様が……好きです」
無欲だった自分の中に、鮮やかな色が広がった気がした。
たった一言、それだけで堪えていたものが、堪えきれなくなる――
「エリアナ……もう一度言って下さい」
「……ノエル様が……好きです」
夢じゃない。
「どれだけ……その言葉を聞きたかったか。一年待つと決めたのは自分なのに、貴女を前にするとどうしても欲しくて……我慢してきたんです」
「それならどうして、素っ気なくされたのですか? 私……てっきり嫌われてしまったのかと――」
「違います。押してダメなら……引いてみただけです」
「え……?」
「いえ。貴女の気が引きたくて、慣れないことをしてみました。急に態度を変えたことを詫びなければと……思っていたんです」
少し安心したように微笑んだ彼女を見て、僕も笑えた気がする。
「一年……待たないと、ダメ……ですか?」
見上げるエリアナ嬢があまりに可愛くて、思わず脳内でストップをかけた。
“仕事中……仕事中……仕事中。今は仕事中――“
「エリアナ嬢……」
「名前で、呼んでください」
「……エリアナ。これ以上は、僕が耐えられません。今日は、これだけ――」
そっとエリアナの額にキスをした。
「仕事が片付いたら、必ず訪ねます」
「……分かりました。あの……絶対、ですからね」
「はい、必ず」
広げた資料を元に戻し、ニコッと微笑んだエリアナが扉を出た。
……なんだ、あの可愛い生き物は。
今すぐにでも――いかんいかん。
彼女とは、真剣に将来を見据えてお付き合いしたい。
彼女のご両親にも承諾を得て……自分の両親にも……にしても――
「……最高だ」




