29.贈り物 最終話
ゴーン――
ゴーン――
『汝は、健やかなる時も、
病める時も、富める時も、
貧しき時も、過去も、未来も、
その全てを分かち合い――
共に歩むことを誓いますか?』
目の前にいる、いつもとは違うノエル様の目を見つめた。迷ってるわけじゃない。悩んでもいない。
ただ、過去も未来も、全てを分かち合う……その言葉に重みを感じたから。
ノエル様は、静かに、そして小さく頷いた。
「誓います」
互いの指輪を慈しみ、柔らかなベールがそっと持ち上げられた。
ほんの少しだけ近付く距離に、胸の奥が高鳴る。
逃げないと決めた。
この人と、生きていくと決めた。
――誓いのキスは、驚くほど優しくて、温かい。
まるで、これまでの全てを包み込むような幸せなキスをして、溢れるような拍手と祝福が会場を包み込んだ。
正面に向いて、最初に見えたのは、泣きながら笑うお母様の姿。その隣で、お父様が小さく頷いている。
ソフィは……もう隠す気もないのか、泣き腫らした目をそのままにハンカチを拭っていた。
そして――
王族席にいる、アレクとマグノリア妃殿下の姿。視線を合わせても、もう胸の痛みはない。
一瞬……ほんの一瞬、アレクの視線が私たちの手元に移った気がした。それは何だか……少し申し訳なさそうな複雑な表情だったけど、私はノエル様へと視線を戻した。
"大丈夫?"
小さな声で問いかけられたけど、私は本当に……自分が思っていた以上にノエル様に救われてた。
「えぇ。とっても幸せよ」
涙目で微笑んで、どこまで説得力があるか、ちゃんとノエル様に伝わってるか不安だったけど……ノエル様も微笑み返してくれた。その笑顔だけで心が満たされる。
――先日、ヴィルローズ公爵家を継ぐ者として、お父様の口からノエル様の名前を聞いていた。
それまでは、てっきり弟のライアンが継ぐとばかり思っていたから。だけど、理由を聞いてとても嬉しかった。貿易拡大の最前線にいて、ちゃんと信頼も得て、家族の形が新しく変わっていく中に私たちがいられる。
それが何より嬉しかった。
結婚式の後、正式にそれが公表され、二重の祝福となったのは間違いない。
疲れた身体をソフィに癒してもらい、好きな香りに包まれて鏡を前にする。いつもならこれでお終いなのに、今日は違う――
「……緊張する……」
「ノエル様の方がもっと緊張してると思いますよ」
「どうして?」
「それは……ね。お嬢様を愛してるからです」
何か言いたげなソフィが、口を押さえて何か言葉を飲み込んだ。お嬢様なら大丈夫です、そう言って送り出されてしまったけど。
二人の寝室を前に、呼吸を整えた。吸って……吐いて……吸って――
「ノエル様、入りますね……」
「どうぞ」
バスローブに身を包んだノエル様が、お酒を嗜みながら何かを眺めている。
「おいで、エリアナ」
「何を見ているのですか?」
手元を覗き込むと、可愛らしいリボンの付いた小箱を「開けてみて」と手渡してくれた。
「――ノエル様、これ……」
中には、美しいブレスレット――
「以前贈った物は、欠けてしまったから……きちんと、妻になってくれた貴女のために贈りたいと探してたんです」
「とっても綺麗……ありがとうございます。ノエル様」
「これから先、エリアナが喜んでくれるなら沢山贈り物をしたい。宝石もドレスも花束も」
「私もノエル様に沢山贈り物をします。呆れず受け取って下さいね」
「勿論です。では……ブレスレットの御礼を下さい」
「でも私、今は何も――」
「エリアナ……貴女が欲しい、です」
立ち上がったノエル様が、私をお姫様抱っこで抱え、そっとベッドに沈んだ。覚悟してたけど、やっぱり緊張して身体が強張ってしまう。
純潔は捧げられない。それはお互い承知の上……。だけど、やっぱり愛する旦那様に捧げたかった後悔が、重くのしかかってしまった。
「……ノエル様、私――」
「しー……エリアナ、分かります」
「……」
「ならば、エリアナ。僕の全てを貴女に捧げます。生涯、貴女だけに」
その言葉に、胸がぎゅっと締め付けられた。
そっと触れた唇は、誓いの時よりも熱い――
「愛してるよ、エリアナ」
「私も……愛しています」
抱き寄せられて、逃げ場なんてどこにもない。
絡み合う指も、重なり合う吐息も。
全部全部が愛おしくて、愛で溢れてる。
触れるたびに、心までほどけていくようで――
ただ、この人に委ねたいと、そう思った。
何度も何度も確かめ合いながら――夜は更けて行く。
***
隣で眠るエリアナに、キスをした。
その寝顔があまりに可愛くて……堪らないんだ。
一つになれたことが嬉しくて、高揚のあまり眠気に襲われない。明日は、寝坊を覚悟した方が良さそうだ。
過去の痛みと戦ってきたエリアナと、ここまで一つになれる日をどれほど待ち望んだか……。
「……最高、なんて言葉じゃ表せないな」
この国が大事にしてきた"夫婦の契り"と"生涯を共にする相手を思い、愛し、添い遂げる"ことの大切さを、身を持って学んだ気がする。
もちろんこれから先、長い人生の中で、辛く苦しい時も必ずやってくるだろう。だけど、そうなった時、手を取り合える相手がいるからこそ乗り越えられるんだろう……とも思う。
一人じゃ耐えられないことも、二人なら耐えられる。
一人じゃ越えられない壁も、二人なら越えられる。
今度こそ、絶対にエリアナを守ってみせる。
「ね、エリアナ」
穏やかな寝息だけが、静かに胸に落ちてくる。
テーブルの上で、ブレスレットが輝く――
そこに刻んだ言葉に、彼女が気付くのは、まだ先でいい。それで構わない。
この想いは、伝わっている。
――そう思えたから。
ーENDー




