11.希望の仕立て屋
「エリアナ!!」
「――殿下っ」
僕は、殿下を咄嗟に止めた。
「離せ!」
「ここは、王城です」
「…………っ」
「今、追うのは王太子ですか? それとも――男ですか?」
少し動揺を見せる妃殿下には聞こえない声で、問いかけた。腕の力を緩めたのを確認して、自分がエリアナ嬢の後を全力で追いかけたが……雨が酷くなってくる。侍女と馬車に付いてくるように吐き捨て、必死に手を伸ばした。
「――待って!」
なんとか止めたエリアナ嬢の目には、雨とも涙ともとれる雫が溢れている。……あの場で気付いたことは、明らかだ。
子どものように泣きじゃくるエリアナ嬢に、何と声を掛けて良いか分からず、ただ側にいることしか出来ない……。
「それでも……彼を想うのですか?」
「……どうしたら忘れられるって言うのですか」
「彼は、王太子だ。側妃の制度もないこの国で、君が隣に立てる未来は残念ながら……ないよ」
「言ったんです。一緒になる未来を一緒に考えようって」
……なんて無責任な。
ただ一人と添い遂げる事に重きを置いたこの国で、エリアナ嬢を手に入れるという行為が、どういう結末を生むかくらい考えられるだろうに。
手を挙げて、馬車に合図を送った。
「エリアナ嬢……今日は、帰りましょう」
自分のジャケットをエリアナ嬢に掛け、隣に着いた馬車へと手を取った。
侍女の気も動転しているようだったから、詳細は省いて少しだけ口添えをした。余計なお世話だっただろうが、雨の中で号泣した彼女のために自分が出来ることをしたかった。
一礼して去っていく馬車を見つめながら、拳を握りしめた。
曖昧で、出口の見えない迷路に放り込んだ殿下に、無性に怒りがこみ上げた。一人の女性の人生を、欲望のままに奪っていく姿に、同じ男として失望した。それに、待望のお子を授かった喜びを折るような行為……妃殿下が知ったら、どうなってしまうのだろう。
降り止むことのない雨が、まるで彼女の心のようで、酷く心が痛んだ――
***
今日、廊下でぶつかった女性……どこかで見たことがあるような――気のせいかしら。
アレクシス様と私の寝室で、僅かな会話の糸口をいつも探るの。それが、女性だろうと……私自身のことだろうと――
「アレクシス様、お医者様がね――」
「ごめん。少し、仕事が残っているんだ」
そう言い残して、部屋を出て行ってしまわれた。
子供が出来たと伝えたときは、喜んでくれたのに……やっぱり最近特に、素っ気ない。今、思えば喜んでくれてたのは私の思い込みだったかもしれない。目の奥から笑ってくれたアレクシス様を最後に見たのは、いつだったかも思い出せない。
毎週特定の日は、帰りも遅い。
執務室をノックしても、側近の方が対応されるだけで会うことも出来ない……。私は、あまり大切にされてない、かもしれない。
いつだったか、身籠る前に『義務的な行為のようだな』なんて言われた時は、一人で泣いたっけ。
――悪阻が落ち着いたある日。
王城に出入りしている仕立て屋が、アレクシス様を尋ねていると侍女が教えてくれたわ。
「マグノリア様のために仕立てるに決まっていますわ。ドレスの打合せと聞いた者がいますから」
なんて言うから、思わず笑みが溢れたの。
中には入れないと分かっていても、執務室の方まで歩いてきてしまったわ。少しでも、確信が欲しくて……。
「――――方ですか?」
「――よく笑って、それで――――なんだけど。今は、少し距離があって――」
給仕の出入りで、途切れ途切れに聞こえた打合せの声。
『今は、少し距離があって――』
アレクシス様も、同じ気持ちだったんだと胸を押さえたわ。
でも、お腹ももうすぐ目立ってしまうし、ドレスの形によっては着れない種類も出てきてしまう。
そう思って、帰りがけの仕立て屋に声を掛けて、製法図を見せてもらった。
“マーメイドドレスなら、お腹も大丈夫ね。でも……ロイヤルブルーって、私のイメージじゃ……ない“
それでも、今まで持ってない色を選んでくれてるかもしれない。お腹が目立ち始めても窮屈にならないデザインだもの。
楽しみに待ってて、いいんだよね――アレクシス様。




