12.散る覚悟
「アレクシス殿下、少々宜しいでしょうか?」
「……なんだ」
態度は悪化する一途を辿った。
殿下を止めて、自分がエリアナ嬢を追ったあの日から、明らかに機嫌が悪い。
「無礼を承知で申し上げます。暫く、エリアナ嬢とは会わないで下さい」
「……何故?」
「毎週金曜、殿下が休息場に出入りしているのを知っています。それが一人ではないことも」
「…………」
「妃殿下も懐妊され、精神的に不安定な時期でもあります。それに、結局殿下は隣に立てま――」
「やめろっ。お前に何が分かる」
「彼女は、泣いていました。誰に頼ることも出来ず、一人で泣いていたのです。その隣には、立てません」
「模索してるんだ。邪魔しないでくれ」
何を言っても通じない様子に、僕一人がずっと頭を巡らせてきた言葉を告げた。
「彼女のエスコートは、僕がします」
「だっ……だから邪魔をするなと――」
「失礼ですが、ドレスを贈られましたね。卒業パーティ用だと言って、邸に届けさせたのは殿下ですよね?」
「……っ、どうして」
「王城で開かれるパーティには、両陛下も殿下も、それに妃殿下だって出席するんです。彼女が当日何を着たとしても、エスコートは出来ません。ならば、その隣は、僕が務めましょう」
分かり切っていたことを、今更ズバズバ言われて苦虫を噛み潰したような顔になっている。だけど、そうでも言わないと、激情の殿下が何をするか……正直分からない。
「出てってくれ」
「……かしこまりました」
その日の内に、ヴィルローズ公爵の部署を訪れ、時間を割いてもらった。
卒業パーティのエスコートを申し出ると「娘が承諾するなら」と返事を貰い、邸を訪れる許可を得るに至る。
「ところで、ドレスを娘に贈ったのは君かい?」
これは、想定外の質問だ。
まさか殿下とも言えず、首を縦に振ってしまった。
「そうか。あまりに嬉しそうな顔をするから、これは親の出る幕じゃないなとドレスは諦めたんだ。ありがとう」
「いえ……」
「そうとは知らず、縁談を組もうとしてしまった。娘には悪いことをしたな……」
「そう、でしたか……」
ダンテのことだと察し、部屋を出た僕は、今日が金曜日であることを思い出した。
念のため、邸ではなく広場に向かった方が良いだろうか……。もしかしたらあのベンチにいるかもしれない。今日は、妃殿下の体調もあまり良くないから、殿下は動けない。
行けるのが僕だけなら、仕事は帰ってからすれば良い。遅くなったって、誰に何を言われるわけでもない。それよりも、また雨に濡れるエリアナ嬢を見るくらいなら、すぐ行った方がマシだ。なんて思って窓の外を見たけど、雲ひとつない澄んだ空だった。
広場に来てみたけど、彼女の姿はない。
例の建物まで来たけど、周辺には見当たらない。中に入るか悩んでいると、彼女の侍女が入って……またすぐ出てきた。
「あのっ――」
「……何か、ご用でしょうか」
「エリアナ嬢は、どちらに? あ、僕は友人のノエル・ランドアークと言います。えっと、今度の卒業パーティーについて伝言があって……」
さすがに怪しかっただろうか。
「ノエル様のお名前は、聞いたことがあります。失礼ですが、貴方はお嬢様の敵ですか? 味方ですか?」
す、すごい直球な質問だ。
「み、味方です」
「そうですか。先日は、雨の中お嬢様を助けて頂き、ありがとうございました。貴方が味方なら、お嬢様はきっと大丈夫でしょう。今は、お部屋で休まれています」
「ヴィルローズ公爵の許は、得ています。今から伺いますので、取り次ぎをお願いしたいのですが」
「かしこまりました。ご案内します」
……にしても、良い侍女だ。こういう温かい人が側にいるなら、少しは安心出来る。ただ――
『あまりに嬉しそうな顔をするから』
殿下から贈られたドレスが、そんなに嬉しかったのか……それもそうか。好きな人からの贈り物だ。あれだけ泣いても、まだ想えるというのは、案外羨ましいのかもしれない。
婚約者もいない僕は、好いた相手をそんなに想ったこともないし、逆に想われたこともない。一途に、真っ直ぐ自分だけを想われると言うのは、どういう気持ちなんだろう。
「お嬢様、ノエル様がお見えになっています」
「……どうぞ」
応接室ではなく、わざわざ私室に通された。
普通……親しい間柄でなければ、私室には入れない。小声で、隣にいる侍女に「なぜ、直接お部屋に?」と聞いたけど、笑ってスルーされてしまった。
「扉は閉めれませんので、開けておきます。私はここにいますので、くれぐれも内容にはご注意を」
「分かりました」
真っ白な扉の向こうに、自分の部屋とは雰囲気の違う、上品さが漂っている。鮮やかな花瓶も、レースが揺れるカーテンも、とても美しいと思った。
「ノエル様、ご機嫌よう。今日は、どのようなご用件で?」
突然の訪問にも関わらず慌てる様子もなく、儚い色合いのワンピースを凛と着こなす姿は、公爵令嬢そのものだ。
そして……トルソーに掛けられた、ロイヤルブルーのドレス――
「ご機嫌よう、エリアナ嬢。今日は、ご提案に参りました」
「提案?」
「来週に控える卒業パーティですが……僕にエスコートさせて下さい」
「え……と、ノエル様がエスコートですか?」
「はい。すでにヴィルローズ公爵には承諾を得ています。その日は、僕が貴女をお支えしましょう」
「……せっかくですが、私は……」
「一人の入場などあり得ません。彼も……隣には立てません」
ドレスを見つめながら、一つ溜息を吐いたエリアナ嬢が、何とも儚げに微笑んだ。
「ノエル様には敵いませんね。私、貴方から言われた言葉をずっと考えていました。このまま好きでいても散るだけなら、ここらで区切りを付けないといけないと、そう思っていました」
「……卒業パーティで最後に?」
「はい。このドレスを着て、儚く散ろうと思います」
「エスコートの承諾は――」
「……一人では、きっと揺らいでしまいます。ノエル様の力を、貸して頂けますか?」
初めて見る表情に、不覚にもドキッとしてしまった。
誰かを一途に愛せるエリアナ嬢の瞳を、とても……綺麗だと思った。
「喜んで。それでは、パーティ当日こちらにお迎えに上がります」
ドアの向こうで、侍女が安堵するように微笑んだと知ったのは、まだ先のこと――




