第五話
「勘弁してくれ、こっちは急いでんだよ!」
細長い胴体。
ぬめった皮膚。
車くらいなら丸呑みにできそうな、裂けた口。
雨の中、こちらを睨んでいたのは――巨大なウツボだった。
太さだけでも、トラックほどある。
巨体が道路に叩きつけられるたび、地面が揺れた。
巨大ウツボは、道路上のものをなぎ倒しながら、こっちへ向かってくる。
「えええ、なにあれええ。めっちゃこっち来てるし、めっちゃでかいし、めっちゃきもいし。あれが終読者なんじゃねえの」
上空に飛び、討伐対象を見る。
筋肉をこねて作ったような動き方と、障害物をものともしない皮膚。
「勝てるわけないな」
とりあえず逃げながら、海の方へ誘導する。
海まで誘導したはいいものの、海上の空で、頭を悩ませる。
無視したいけど、島までついてきてしまう勢いだ。
かといって、海の中じゃさっきの風も意味がないし、陸上だと、街の被害が大きすぎる。
魚ぶん投げおびき寄せ作戦。
そんなことを考えていた、そのとき。
海面が爆発したように跳ね上がった。
「え」
大口を開けたウツボが、真下から飛び出してくる。
咄嗟に身をひねる。
牙は避けた。
だが、振り抜かれた尻尾が直撃した。
空気操作によって、衝撃は吸収したが、抑えきれず鉄格子の窓から一軒家に入った。
「いてて。ん?あんまり痛くない」
衝撃の割に、思ったほど痛くない。
「……ここ、どこだ?」
顔を上げると、毛布にくるまった男の子が二人――
「人いるじゃーん」
……また人助けイベントか。
「お前ら、大丈夫か?父ちゃんと母ちゃんは?」
「お、お父さんが帰ってこないんだ。僕たちは、出れなくて、みんな逃げてるのに」
なーに言ってんだ。父さんなんて、置いて逃げればいいのに。
そうしていると、地ならしがこちらに近づいてきた。
(流石に、放置プレイはできねーな。ったく)
「おいガキども、お父さんはいいから、さっさと逃げろよ」
窓から飛び降り、仕方なく撃退を試みる。
街中だが、突風をぶつけるしかない。
能力者との闘いと同じように念じる。
しかし、風はまたそよ風になっていた。
先ほどの感覚が無くなっていた。
「おいおい、ここで、まさかのMP切れか」
巨大ウツボの尻尾が、脇腹に直撃した。
「っ――!」
横に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
さっきまで立っていた場所は、大きく抉れていた。
防御が遅れたらヤバかった。
巨大ウツボは尚も、追ってくる。
飛んで逃げるしかない。
「くそ、飛ぶのは、まだ余裕なのに。やり方が違うのか」
逃げていると、海岸に出る。
「あれ、倒せばいけんじゃね?」
防波堤の先に立つ灯台を見る。
ウツボを灯台の脇まで引きつける。
「ほら、こっちこいやーーー!」
巨体が灯台の横へ滑り込む。
脇腹を押さえながら、灯台の前を横切る。
巨大ウツボが、そのままこちらへ突っ込んでくる。
「そこ!」
俺とウツボと灯台が、一直線に並んだ。
両手を前にかざす。
「思い出せ。肌に触れる空気を跳ね返すような、あの感触を」
プールの中で、水をかめかめ破で押し出すようなイメージ。
しかし、うまくいかない。
巨大ウツボが迫る。
(くそ、なんなんだよ、この怪物。絶対あの十二位階神書ってやつのせいだろ)
その瞬間だった。
肌にまとわりつく空気の感覚が、わずかに変わった。
「……ん?」
さっきと同じだ。
あの男を吹き飛ばしたときと。
「もしかして……」
頭の中で、十二位階神書を読む。
両手を突き出した。
「吹っ飛べ!」
空気が弾けた。
「うおっ!?」
さっきまでのそよ風が嘘みたいに、巨大ウツボの巨体が横へ押される。
「……マジか」
もう一度、神書を頭の中で読む。
風が強くなる。
読むのをやめる。
弱くなる。
「おいおい……そういうこと?」
神書を頭の中で読みながら、灯台へ向けて風を叩きつける。
「潰れやがれ!」
灯台が、ゆっくりと傾いた。
「よし、そのまま――」
巨大ウツボが暴れ、尻尾を振り回す。
その一撃が、傾いた灯台に直撃した。
次の瞬間。
灯台が巨体の上へ倒れ込んだ。
その瞬間――灯台が爆発した。
「は?」
炎が視界を埋める。
爆風に弾かれ、体が宙を舞った。
地面に転がりながら、必死に息を整える。
「ふぅーーーーー……ビビったーー!なんで爆発?意味不すぎる」
爆発跡へ戻る。
巨大ウツボの姿はない。
黒焦げになった堤防だけが残っていた。
なんとなく思い当たることはある。
でも、今はそんなこと考えてる場合じゃない。
こんな奴がいる。
島がどうなってるか分からない。
「ごちゃごちゃ考えるのはやめだ」
島へ向かって飛び立った。




