第四話
「俺、東京に行きたい」
高校二年の冬。
進路の相談をするため、久しぶりに島へ帰ってきた俺は、父にそう告げた。
それは、この家の漁師を継がないという意味でもあった。
ぶん殴られるくらいは覚悟していた。
「そうか」
そう一言だけ言うと、父はすぐに仕事に戻ろうとする。
高校に行きたいと伝えた時も同じだった。
「本当にいいのかよ。俺はこれでもぶん殴られる覚悟してきたんだけどな」
父のいい加減な態度に腹が立ち、言葉が強くなる。
「金なら出してやる。母さんには顔をちゃんと見せなさい」
それだけ言うと、父は居間をあとにした。
母が俺を心配そうに見つめる。
「ごめん母さん、高校だって行かせてくれてるのに、わがままで。お金は自分でなんとかするから」
「やめて。私が心配になってしまうから」
父が居間を出ていくと、母が困ったように笑った。
昔からこうだった。
父と言い合いになりそうになると、最後はいつも母が間に入る。
「東京だと、あまり会えなくなってしまうね。でも、昔から真理は、都会にあこがれてたものね」
「……うん」
もっと何か言われると思っていた。
わがままだとか、勝手だとか。
でも、母はいつもと変わらなかった。
「お父さんもきっと喜んでるわよ、真理の成長を。心配なら、東京行く前に何かプレゼントでも渡してあげて」
出発の日、父は早朝から漁に出ていた。
結局、顔を合わせることはなかった。
母には、白いダウンジャケットを渡した。
朝の船着き場がいつも寒そうだったからだ。
父には、花柄のマグカップ。
毎朝コーヒーを飲んでいたから、机の上に置いていった。
そして俺は、母から腕時計をもらった。
あれから五か月。
母とは電話やメールをしていたが、父とは一度も話していない。
「……こんな形で帰るとはな」
母からもらった腕時計を見る。
啓示から五時間。
ようやく、島にほど近い港へたどり着いた。
そこには、異様な光景が広がっていた。
「どうなってんだ。人がいない」
雨音だけが聞こえる。
「……なんだよ、これ」
人がいないだけなのに、妙に落ち着かない。
その瞬間、雨音をかき消す轟音が響いた。
海岸を振り向く。
雨の向こうに、巨大な眼があった。
「勘弁してくれ、こっちは急いでんだ」




