第二十六話
「お前は――」
「おじさーん! どこですかー? その傷で動いたら、死んじゃいますよー!」
遠くから、明人の声が聞こえた。
赤凪がそちらを見る。
「……答えは、すぐじゃなくていい」
「は?」
「待ってる」
それだけ言って、赤凪は診療所へ戻っていった。
俺は、脱力感と、言い表せない感情を抱えた。
赤凪が去った後も、俺は堤防にいた。
「なんだアイツ、助けられたくせに偉そうに」
刃先に血が付いたナイフを見る。
「あんなの、口先だけなら何とでも……」
自分で言っておいて、なんか違う気がした。
アイツはすごい。
それは認めるしかない。
能力もすごいのを持ってるだろう。
誘いも悪くなかった。
俺にもまだできることがあるんじゃないかって思えた。
でも、俺には無理だ。
俺は終読者で、アイツは主人公。
アイツにとって、俺は敵だ。
そして何より、ここを離れるわけにはいかない。
もう、後悔したくない。
俺の頭には、制服を着た女の子が浮かぶ。
ため息をつく。
「ずっと、一緒にいたい」
小さく呟く。
「わあ!!!」
「うおおっ!?」
真後ろから声がして、思い切り身体が跳ねた。
足を滑らせ、そのまま海へ落ちる。
「ええええ!大丈夫??」
幸い海に何もいなかった。
「よう、日夏」
「ごめん、そんな驚いた?」
驚かせた本人まで、目を丸くしている。
「なんでもない、なんでもない。ちょっと驚いただけ」
(聞かれてないよな)
堤防に上がって、服を乾かす。
「足、もう平気?」
「ああ、ありがとな、心配してくれて。もう平気だ」
「良かった」
「さっきは、来てくれてありがとうな。一人じゃどうにもできなかった」
「ううん、私は何もしてないよ」
日夏の目線が落ちる。
いつもと少し様子が変だ。
「どうした?辛気臭い顔して。ほら、早く釣りしようぜ」
歩き始める江戸の手を日夏が引っ張る。
「ちょっと、待って」
「どうした?」
江戸は驚く。
「…少し疲れちゃった。もうちょっと、ここにいようよ」
「そうか、いいよ」
引き止めた日夏は10分以上も黙っている。
日夏の様子がおかしい。
もしかしたら、俺の身を案じて、怒っているのだろうか。
そして、こう思ってしまうのは、俺の傲慢なのだろうか。
波音だけが、聞こえる。
地平線に太陽が沈み始める。
「真理ってさ、太陽、好き?」
「ああ、好きだよ」
「私は好きよりの嫌い」
「え、そうなのか」
「そ!」
「暑いからか?」
「私の名前、日夏でしょ?」
「ああ」
「だから太陽はライバルなの!」
間違いなく彼女の笑顔は夕日なんかより、眩しかった。
「だから、負けないように、どこにいても輝いてやるんだ!」
二人で夕日を眺めていた。
辺りが少しずつ暗くなる。
「私、さっきの赤凪さんとの話聞いちゃったんだ」
「そうか」
「真理は、どうしたいの」
「どうしたいって?俺がここを離れるわけないだろ」
「なんで?」
「いや、俺がいないと危ないし、父さん母さんもいるし、それに…」
俺は日夏、お前と一緒に居たい。
こんなこと言ったら、お前は何ていうだろう。
女に縋りつく俺を軽蔑するだろうか。
本当は分かってる。
日夏を理由にしてるだけだ。
アイツと行けば、何かが変わるかもしれない。
それが怖いだけだ。
「真理、本当は、行きたいんじゃないの?」
鎌倉に言われたくなかった。
「そんなわけ、ない」
鎌倉に引き止めてほしかったんだ。
「俺は行かない。ここで、日夏と一緒に居たいんだ!」
結局、俺は日和った。
鎌倉は少し下を向いてから、少し微笑む。
「真理!ゲームしよう!」
「ゲーム?」
「そ!」
「今から、ジャンケンして、グーで勝ったら、一つ質問ができて、チョキで勝ったら、お願いができて、パーで勝ったら、命令ができる。簡単でしょ」
なんで、いきなりゲーム。
しかも、報酬付き。
「いっくよーー!!!」
「え、ちょま」
「ジャンケン、ポイッ!!!」
俺は何も考えず咄嗟に出した。
「ありゃ、負けちゃったか」
「え」
「いいよ!なんでも質問して!」
「し、質問」
鎌倉への質問。
俺は日夏にとって何なんだ?
日夏はどうしてそんなに輝いて見えるんだ?
俺はこれからどうしたら良いと思う?
聞きたいことはいっぱいある。
「もー、あんまり考えないでよ。怖いじゃーん。ハイッ!あと、10秒!10、9、8…」
「え、え」
質問、質問。
「5、4…」
聞きたいこと。
日夏が出した手を思い出す。
お願いしたいことってなんだよ。
「2、1、0!どうぞ!」
俺が、日夏に一番聞きたいこと。
「早く早くー」
こんがらがった頭で出た一番聞きたいこと。
「日夏の好きな男のタイプは?!」
こんなこと聞くつもり無かった。
でも、今の俺に一番必要な疑問だった気もする。
「ふふっ。なにそれ!」
「るっせー。答えろよ」
「いいよ」
鎌倉が立ち上がる。
「私が好きな男の子は、世界でいっちばんのナルシスト!」
「ナルシスト?カッコつけてる人ってことか?」
「カッコいいかなんて、どうでもいいから。カッコいいと思ったことを堂々とやってる人が好き。勘違い野郎でも、ダサくても、自分のカッコいいを貫いてる人が好き!」
「世界で一番、か」
「そりゃそうでしょ!世界一可愛い私が好きになる人だからね!」
思わず笑ってしまう。
「だな」
頭がすっきりした気がする。
それなら、俺がやることは…。




