第二十四話
白い天井が、ぼやけて見えた。
ゆっくりと、焦点が合っていく。
――学校の保健室だ。
椅子に座ったまま、日夏が眠っている。
その姿を、しばらく眺めた。
身体を起こす。
「……っ」
足に違和感がある。
恐る恐る動かしてみる。
動く。
指先まで、問題なく。
「喰われた、よな……」
小さく呟くと、日夏が目を覚ました。
「真理!」
勢いよく立ち上がる。
一瞬、安心したように笑って——
すぐに顔を逸らす。
「……よかった」
「心配かけたか」
「べ、別に!」
見事に裏返った声に、少しだけ笑った。
記憶が戻ってくる。
海。
怪物。
そして――
「あいつは?」
視線を向ける。
少し離れたベッドに、男が寝かされていた。
焼け焦げた腕。
頭に巻かれた包帯。
「しん兄、起きたの!」
明人が駆け寄ってくる。
「無事でよかったよ」
「俺も信じられねえけどな」
明人はベッドの男を見る。
「この人、何があったの?」
「分からない。海に浮かんでたんだ」
それ以上は言わなかった。
『俺を殺してくれ』
あの言葉の意味は、俺にも分からない。
「そっか」
「生きてるんだよな?」
「うん。なんとか。でも、しん兄も無茶しすぎだよ」
「悪かったって」
「……しん兄、覚えてる?」
「何を?」
明人が、俺の足を見る。
「足、無くなってたんだよ」
「……やっぱりそうか」
「覚えてるの?」
「いや。喰われたところまでは覚えてる」
布団をめくる。
ある。
右足も。
左足も。
指まで全部揃っている。
「……あるぞ?」
「だから、おかしいんだよ」
何度か指を動かす。
普通に動く。
卓也さんが近づいてくる。
「説明はつかない。ただ――今の状況だ。この『啓示』と無関係とは思えない」
「……」
自分の足を見つめる。
確かに噛みつかれた。
あの痛みも覚えている。
なのに。
「……ちょっと外出てくる」
「真理?」
立ち上がる。
歩ける。
少し違和感はあるが、それだけだ。
「大丈夫。ちょっと試したいだけだから」
日夏も立ち上がろうとする。
「日夏は休んでろ。ずっといたんだろ?」
「でも」
「すぐ戻る」
少し迷ったあと、日夏は座り直した。
「……絶対だからね」
「ああ」
保健室を出た。
海岸へ向かう。
手近にいた怪物を見つけ、ナイフを振る。
空気を裂く斬撃が走った。
怪物が海へ沈む。
「……普通に使えるな」
足も。
能力も。
いつも通り。
それなのに、頭の中には別のことが引っかかっていた。
赤い髪。
あの顔。
どこかで見た気がする。
でも、思い出せない。
『……やっと、会えた』
そして――
『俺を――殺してくれ』
「なんなんだよ、あいつ」
理解できない。
なのに。
あの目を思い出すたび、心臓が騒ぐ。
怖い。
でも、知りたい。
この感覚には、覚えがあった。
物語の続きを見るのが怖いのに、ページをめくる手が止まらない。
あの感覚だ。
そのとき。
背後で、砂を踏む音がした。
振り返る。
男が立っていた。
包帯の巻かれた腕。
頭の包帯は外れている。
錆色の髪が、乾いて鈍く光っていた。
さっきまで保健室にいたはずの男。
男が、一歩踏み出す。
まっすぐ、俺を見る。
「お前をずっと探してた、江戸真理」




