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俺は、お前を主人公にしたい  作者: サドル ヤスリ


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第二十三話

「なんだ、今の音」


「……大きかったね」


後ろを振り向く。


低く響いた衝撃音が、遅れて周囲の波を揺らしていた。


「日夏、海岸から離れてろ。様子見てくる」


「だめ!」


即答だった。


「……」


一瞬、言葉を失う。


日夏が止めるとは思わなかった。


一人が不安なのか。


「すぐ戻る」


日夏は何か言おうと口を開くが、何も言わなかった。


「……わかった。気をつけて」


「戻ってきたら、釣りの続きだ」


それだけ残し、地面を蹴った。


身体が浮き、そのまま空へ抜ける。


上空から島を見渡す。


異常はない。


煙も上がっていない。


人が騒いでいる様子もない。


「……本土の方向だったな」


視線を沖へ向ける。


あの音の規模なら、怪物の可能性が高い。


高度を維持したまま、慎重に進む。


不意打ちだけは避ける。


だが――


一キロほど進んでも、何もない。


「……なんだ?」


違和感だけが残る。


動きを止め、さらに高度を上げた。


海を見渡す。


そのとき。


一角だけ、波の揺れがおかしいことに気づいた。


渦でもない。


潮流でもない。


もっと、不自然に水面が乱れている。


高度を落とす。


濁った水面には、無数の魚が浮かんでいた。


「海ん中で爆発でも起きたのか?」


辺りを見回す。


大きな魚も浮いている。


――拾えば、今日はご馳走だ。


そんな考えが一瞬よぎった。


そのとき――


赤いものが、視界に入る。


「……?」


海藻にしては、形がおかしい。


近づく。


赤い髪。


その下に、人間の胴体と腕が見えた。


「……人?」


次の瞬間には飛び込んでいた。


「おい!」


男の身体を抱え、なんとか顔を水面から出す。


「手が……!」


手首が無く、酷く焼け焦げていた。


「なんだこれ……」


首元に手を当てる。


「呼吸は――ある」


だが、浅い。


「おい! 聞こえるか!」


わずかに瞼が動いた。


ゆっくりと、目が開く。


目が合う。


「……やっと、会えた」


「……は?」


男の視線が、俺を捉える。


「頼む……」


息が途切れる。


「俺を――殺してくれ」


「……は?」


男の身体から力が抜けた。


再び沈みかける身体を、慌てて引き上げる。


「おい!」


反応はない。


「何言ってんだよ……」


この状態で、放っておけるわけがない。


男を抱え直し、そのまま浮き上がろうとする。


「……っ?」


浮かない。


自分一人なら簡単に飛べる。


だが、人一人を抱えた状態では、酸素の制御がうまくいかない。


「……くそ」


飛ぶのは諦めた。


片腕で男を抱え、もう片方の手を後ろへ向ける。

酸素を集め、一気に押し出す。

反動で、身体が水面を滑り始めた。


「これなら……!」


速くはない。


それでも、泳ぐよりはずっとマシだ。


海は冷たい。


男の身体から、どんどん体温が奪われていく。


「死ぬなよ……!」


遠くに島が見えた。


「真理ーーー!!」


声が聞こえる。


船着き場に人が集まっていた。


日夏の姿もある。


「怪我人だ!明人!準備しろ!」


「分かった!」


明人が堤防の階段に降りて待っている。


叫びながら、急いで近づく。


あと少し――


そのとき。


海の底が、動いた。


「……来やがったか」


水面の下。


巨大な影が、こちらへ向きを変える。


「来た」


この距離じゃ、逃げ切れない。


男を手放せば――


一瞬、そんな考えが浮かぶ。


離せば沈む。


「……だったら」


歯を食いしばる。


とにかく陸まで運ぶ。


怪物が大口を開いた。


一直線に突っ込んでくる。


「くっ……!」


力を振り絞り、わずかに水面から身体を浮かせる。


その瞬間――


下から、食いつかれた。


「――っ!!」


両足に激痛が走る。


そのまま海面へ叩きつけられた。


衝撃で、腰に差していたナイフが抜け落ちる。


(ナイフが……!)


取りに行けない。


両手は塞がっている。


船着き場は、もう目の前だった。


日夏と明人が、水際まで入って待っている。


「早く!!」


「受け取れ!」


残った力で男を押し出す。


「しん兄!」


明人が受け止めた。


それを確認した瞬間、身体をひるがえす。


怪物が、再び口を開いていた。


――まずい。


後ろには、日夏たちがいる。


逃げられない。


両手を前へ構える。


息を吸う。


頭の中で、あの一文を唱える。


(『怒る子、花火の病に罹る』)


繰り返す。


もう一度。


酸素を集める。


圧縮する。


「――!」


空気が弾けた。


水面が大きくへこむ。


次の瞬間。


怪物の身体に、大きな風穴が開いた。


「……っ」


足に力が入らない。


そのまま海へ落ちる。


水の中へ沈んでいく。


「……」


息が続かない。


視界が揺れる。


身体が、重い。


そのとき。


誰かが肩を掴んだ。


強く引っ張られる。


「真理! しっかりして!」


日夏の声が、遠くで響く。


ぼやけた視界の向こう。


運ばれていく男の顔が見えた。


赤い髪。

焼け焦げた腕。

失われた片手。


その顔を、俺は――


「……こいつ、どこかで……」


そこで、意識が途切れた。

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