第十五話
春の昼前の、心地よい風が吹く。
俺は、目の前の高校生に振り回され続けていた。
体を洗うときに外した腕時計を、右腕につけ直す。
ふと時間を見る。
十一時を回っていた。
「……」
とっくに過ぎていた。
怪物が来なければ死ぬと、自分で決めた時間を。。
前では、日夏が何が楽しいのか、スキップしながら歩いている。
(最後に、父さんと母さんへのいい土産話ができたな)
変な女に会った。
死ぬほど塩辛いおにぎりを食わされた。
海に突き落とされて、服まで借りた。
少しだけ、笑いそうになる。
(……もう、わがままは終わりだ)
このままこいつといたら、決心が鈍る。
前を歩く日夏を呼び止める。
「なあ」
「なに?」
「もう帰れ。ここは危ないから」
「え」
「飯も、服も。いろいろありがとな」
さっきまでは、世界のために死ななきゃいけないと思っていた。
でも今は、それだけじゃない。
こいつも、明人も、島のみんなも。
俺が死ぬことで、またこんなふうに笑っていられるなら。
それなら――少しくらい、納得できる気がした。
(ありがとう。なんか、やっと決心ついたわ)
「うーん、無し寄りの無し!」
思わず復唱した。
「無しって、なんだよ」
「だってさー」
日夏は少しだけ考えるように首を傾げた。
「なーんか、いなくなっちゃいそうなんだもん」
予想外の返答に、言葉が詰まる。
「どう? 当たった?」
日夏は小悪魔のように笑った。
「じゃあ、帰らないよーん。ほら、早くいこ」
なんで。
足を止めた俺を無視して、日夏はそのまま歩き始めた。
元いた岩場まで戻ると、海にまた怪物が現れていた。
日夏を離れた場所に待たせ、さっさと片付ける。
「ほえ~、すごいね」
手品でも見たかのように、木陰からぺちぺちと拍手している。
こいつ、本当に十二位階神書が見えてるのか?
「なんで、そう思ったんだよ」
「ん? なんのこと?」
「俺がいなくなるって言ってたやつだよ」
冷静になって考えてみる。
日夏は、俺が両親を亡くしたことを明人から聞いたのかもしれない。
それで、俺の様子がおかしいことに気づいただけなんじゃないか。
「ただの女の勘だよ~」
説明になってない。
「じゃあ、俺の親が死んでることは知ってるのか」
「「うん、明人君に聞いたよ。あ、でも真理のパパのことは何も知らないからね」
聞こうとしていたことを先回りされた。
「あっそ」
これ以上、聞くことはなさそうだ。
すると、日夏が俺の顔を覗き込んだ。
「真理って分かりやすいね」
クスリと笑う。
「なんだそれ」
高校生のくせに生意気だ。
でも、不思議と悪い気はしなかった。
さっきまで、誰かに見られるだけで怖かった。
何か聞かれるたび、十二まで読めることがバレるんじゃないかと思っていた。
なのに、こいつといる間は、それを忘れていた。
「俺が世界を救えるかもって言ったら、どうする?」
なぜそんなことを聞いたのか、自分でも分からない。
日夏は少しも考えずに答えた。
「世界を救う前にー、暇で暇でしょうがない私を救ってくださーい」
「……え」
「私、昨日からずーっと子どもたちの相手してたんだよ。もう遊びたくて遊びたくて」
からかっているのか、本気なのか分からない。
「そっか」
世界より、自分と遊べ、か。
そんなことを迷いなく言えるこいつを、素直にかっこいいと思った。
なのに、なぜか少しだけ腹が立った。




