第十二話
普段なら気を失うほどの怪物を前にして、俺はハイになっていた。
殴られた頬の痛みも、胃酸で酸っぱくなった口の中も、何一つ気にならない。
今は何も考えなくていい。
目の前の怪物を、ただぶっ飛ばせばいい。
それだけでいいことが、どうしようもなく心地よかった。
「こいよ!全員まとめて吹き飛ばしてやる」
怪物は、視認できるだけでも、10以上はいる。
島への被害を抑えるため、沖合に出る。
怪物は海から飛び上がり、嚙みつこうとするが、避け続ける。
本土での戦いを思い出す。
「俺の能力は空気の干渉だと思ってたんだがよー! だが、あの爆発は、俺が出した空気に引火したように感じた。つまり、俺が作っていたのは、物を燃やせる気体ってこった」
頭の中で、十二位階神書を読み始める。
一から、順番に。
文字を追うたび、肌に触れる空気の感覚が鮮明になっていく。
そのまま海上へ手を向け、作り出した気体を辺り一帯に充満させる。
「あとは、火ぃつけりゃいいんだろ?」
さらに高く飛び上がる。
神書の詠唱は止めない。
手のひらの先に空気を集め、一気に圧縮する。
さらに、球状に固めた空気を高速で回転させる。
やがて中心に、小さな光が生まれた。
「お、きたきた」
回転を速める。
光は次第に強くなり、眩しい光球となって手のひらの先に浮かんだ。
江戸はそれを見て、口元を吊り上げる。
「あとは、どうするかって?」
眼下では、怪物たちが群がっている。
「大爆発祭り、開始だ!」
光球を海上へ叩き込む。
怪物の体表に触れた、その瞬間。
炎が一気に広がった。
「うおっ!」
一体だけじゃない。
炎は周囲の怪物へと次々に燃え移り、海上が赤く染まる。
「やっぱりな!」
だが、怪物たちは暴れながら次々と海へ潜っていく。
炎が消えた。
「……あ?」
しばらくして、黒く焼けた巨体が再び海面から姿を現す。
まだ生きている。
「あーあー! なら、こっからタコ殴りパーティ開催だ! 魚にはうなじがねぇからよお! ミンチにするしかねえよなあ!」
巨大ウツボ一匹に手こずっていたのが嘘みたいだった。
神書を読み、気体を操り、光球を撃ち込む。
失敗しても、次を試す。
今はそれが、楽しくて仕方なかった。
母さんのことも。
父さんのことも。
終読者のことも。
戦っている間だけは、何も考えなくて済んだ。
辺り一帯の怪物を殺し終える頃には、雨は止み、すっかり夜になっていた。
焼き殺し、殴り殺し、殺した数は、30を超えていた。
巨体に穴をあけても、血は出なかった。
とどめを刺したときにだけ、手には血が少しついていた。
疲労困憊。
夜の港に座っていた。
「これで、少しは、償えたかな、父さん。もう終わりにしよう。…はぁ、痛いのは嫌だな」
明人が来た。
「やっと見つけた。ここにいたんだね。これ、パン持ってきたよ、いっぱい食べて。怪物はもうやっつけたの?」
怪物をひとまず一掃したことを伝えると、明人はとても喜んだ。
「いなくなったわけじゃねえから、海にはまだ近づくな。俺は見張っておくから」
「さすが、しん兄だ!でも大丈夫?見張りなら僕たちがやれるよ?」
「平気だ。もう危ないから学校に戻れ、飯サンキュな」
明人は俺を心配していたが、立ち上がる。
「疲れたらいつでも戻ってきてね」
明人は、学校に戻ろうとする。
そのとき、江戸は聞きたいことがあり、明人を呼び止める。
「終読者は見つかったか?」
「まだ、テレビには見つかったって情報は出てない。でも、自衛隊も出動してるし、少しだけど能力者も見つかってきてるみたい。きっと、ここにも助けが来るよ!」
「そうか」
「あと、終読者は日本人である可能性が高いんだって」
「日本人? どうしてだ?」
「十二位階神書は、世界中の人に啓示された。でも、その全部が日本語で記されてるんだって」
俺だけが、その理由に心当たりを持っていた。
(俺が、日本人だからなのか)
また一つ、自分が終読者だと指を突き付けられたような気がした。
いつか、本当に俺だと特定されるんじゃないか。
そんな恐怖が、胸の奥に残った。
明人が戻ると、辺りはまた静かになった。
パンにかじりつきながら、うずくまる。
「……早く見つかってくれ」
明人が学校にいる人たちに、江戸の成果を伝えると、涙を流して喜ぶ人もいた。
しかし、テレビから流れる情報は、未だ好転していない。
素直に喜べない者も多かった。
様々な感情が交錯する中、明人も、江戸が一人で海岸に残っていることが心配で、手放しでは喜べなかった。
すると、子どもたちの相手をしていた女の子が、明人のもとへやってきた。
「ねえねえ明人君、その江戸って人、どこにいるの?」
「しん兄なら、南の遊歩道にいたよ」
「そっか。昔は一緒に遊んでたんだよね? どんな人なの?」
明人は待ってましたと言わんばかりに、江戸の話を始めた。
しばらくして――
「――とにかく、しん兄はかっこいいんだよ!」
「ふーん、そうなんだー」
そう言いながら、彼女は南の遊歩道がある方へ目を向けた。




