発狂 ①
【闇堕ち少女、怨霊と化す!】
憎悪の炎は死んでも消えない!
呪い系バッドエンドサイコホラー。
「どこ見て歩いてんだよ!」
すれ違い様に肩がぶつかり、男に罵声を浴びせられた。歓楽街の住人だろうか、チンピラ風の派手な格好の男だ。奈央は男を無気力に見つめた。
「ちっ、気味の悪い女だな」
男は苛立ったように吐き捨てた。
去っていく男の背中を、奈央はぼんやりと見つめる。不思議と怒りは湧いてこなかった。おそらく、感情を燃やすエネルギーすら残っていないのだろう。今は息をしているだけでひどく疲れる。
「わたし、何のために生きてんだろ……」
奈央はそう小さくつぶやき、疲れ切った身体を引きずるようにして夜の街を歩き出す。
気が晴れないのはいつものことだったが、今夜は頭痛もひどく、ホストに救いを求める気にもなれなかった。また、休憩時に食べたロールケーキがいまだ胃の中に残っていて不快感が募った。とにかくすべてが煩わしく、生きていること自体が苦痛だった。
生活費を稼ぐために、毎日キモい男たちの汚いものをしゃぶる。そんな日々が、あと何年続くのか。だからといって、普通の仕事に就いてもあの日記のコピーが届けばまた同じことの繰り返しだ。どこにも逃げ場はなかった。
「全部、わたしが悪かったんだ……」
奈央はここにきてようやく、自分がしたことの卑劣さを理解した。同級生に大金を要求し、風俗で働くことを強要した。当時はただのいじめの延長に過ぎないと思っていたが、自分は彼女を果てしない地獄に突き落としたのだ。
もし過去に戻れるなら、すべてをやり直したかった。こんなことになるとわかっていたなら、絶対にあんなことはしなかった。人生のリセットボタンがあるなら、今すぐにでも押したかった。
振り返れば、いいことなど何一つなかったように思える。もちろん、楽しい瞬間もあったはずだが、ここ数年の辛さがすべてを覆い隠し、幸せな記憶はどこか遠くへ追いやられている。希望はなく、目の前にあるのは絶望だけ。若い身体を売って文字通り身を削っているというのに、未来は暗く、好転の兆しはどこにもない。むしろ、待っているのはさらなる堕落だけだ。そんな人生なら、無理に生き続ける必要などないのではないか——。
ふらふらと吸い込まれるように、奈央は通りがかった雑居ビルの中へ入っていった。薄暗い非常階段を、右に左に揺れながら上っていく。
気づけば屋上にたどり着いていた。錆びついたフェンスへ近づくと、奈央は手すり越しに階下を見下ろした。足が少しすくんだ。それでも不思議と恐怖は感じなかった。むしろ、やっと苦しみから解放されるという安堵感が広がっていた。
手すりをまたいでフェンスに腰掛ける。ふと、かりんの顔が脳裏に浮かんだ。いっしょに死のうと約束したのに、先に逝くことを謝りたかった。彼女もあとに続いてくれればいいなと、ぼんやりと思う。
フェンスに腰掛けたまま、ネオンがきらめく夜景を眺めた。あえて足元は見ない。最後に目にする光景くらいは、少しは希望を感じられるものにしたかった。
夜風に当たりながら煌びやかな夜景を眺めていると、不思議と心が静まり、不快な気持ちは薄れていった。死ぬ前の感情にしては理想的だと思った。憎悪に駆られながら死んでいった原口華菜子よりも、自分のほうが穏やかに死ねることに軽い優越感を覚えた。
「やっと、楽になれる……」
奈央は目を閉じて身体を前に傾けた。
するとそこで、全身に強い風圧を感じて思わず目を開けた。
「え!?」
目の前に、原口華菜子の姿があった。制服を着て、当時と変わらぬ姿で宙に浮かんでいる。その顔には、不気味な笑みが張りついていた。
奈央は思わず後方に倒れ込み、フェンスから滑り落ちた。激しい背中の痛みに目がくらむが、すぐに恐怖心から慌てて上体を起こした。
「あれ……?」
周囲を見渡すが、原口華菜子の姿はどこにもなかった。
幻覚だったのかと思ったその瞬間、背後から襟元を何者かにつかまれた。そのまま強い力で後方に引きずられていく。
「きゃああああああああああ!」
振り返る余裕もなく、手足をばたつかせて抵抗するが、相手の力は圧倒的だった。
背後から屋上の扉が開く音が聞こえ、引きずられた身体はドアの敷居に激突してそのまま扉を通り抜け、背中を向けたまま階段を引きずり下ろされていった。背中や尾てい骨が階段の角にぶつかるたびに鋭い痛みに襲われ、階段を落ち切ると、踊り場の壁に勢いよく叩きつけられた。強い衝撃で視界がぐらつく。とたんに不気味な静けさが周囲を覆う。
「う、うっ……」
うめきながら顔を上げると、目の前に原口華菜子の顔があった。
「あ!?」
奈央は目を見開き、身をこわばらせた。原口華菜子は手足を大きく広げて階段と並行になるように斜めに宙に浮かび、顔を前に突き出すようにしてこちらをじっと見つめてくる。奈央は金縛りにあったかのように動けなくなった。
原口華菜子が冷ややかな笑みを浮かべて言い放つ。
「そう簡単に、終わらせないから——」
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