番外・生き返った皇子、大罪を負う(3)
《そうか、ありがとう。私としては、これ以上この子をこの国に居させたくはなかったんだ。でも、きっとこの子はもう君から離れようとはしないだろうから》
『……彼女の、記憶を消すことは出来ませんか』
《それは無理だ。この子の記憶はこの子のものだ。それに──フィーネはもう、天使ではない》
ふぃーねハモウ、テンシデハナイ。
その言葉を一つ一つ噛み砕いて、ようやく飲み込んでも──とても受け入れられなかった。
《どちらにせよ、愛する我が子に変わりない。しかし、また同じ事が起きても私はもう助けられない。自分の力を自覚して他人を呪ったフィーネは”悪魔”へ至り、私の手から離れてしまった》
『悪魔……?』
《ああ、この世界にはいなかったからね。要は、私と拮抗する存在になったという事だ》
『しかし……彼女は何の能力もないと』
《そう思い込むように暗示をかけてあったんだ。私の子である以上、何かしらの能力は宿ってしまう。とはいえ人間には不要なものだ。自覚さえなければ、使おうとは思わないだろう?》
フィーネの能力。思い当たることは、いくつかあった。
季節外れに絶え間なく咲き続けるモクレン。蠱惑的な容姿とアンバランスな清廉な雰囲気。あらゆる女性に手を出してきたあの男でさえ、彼女に食指が伸びなかった。
天使だからだと思っていたが、それが彼女の能力によるものだとしたら──
《フィーネの能力は”繁殖”。種の成長を促す、この大地にとって必要不可欠なものだ。しかし彼女がこの大地を呪えば、生きる者全てが”絶滅”する》
『…………彼女は、帝国を呪ったんですね』
《正確には君を殺した男へだが……まあ大して変わりはないだろう。あの男が死んでも呪いは続く、皇家の血が完全に途絶えるまで》
愛を知らなかったフェローは、愛の力を見誤っていたのだ。
彼女の大きすぎる愛は自分にとっては薬でも、他者にとっては毒となる。
フィーネを傷付けただけではなく、彼女に帝国を殺す引き金を引かせた。
彼女が無事ならと選んだ道は、誰も望まなかった結末へ辿り着いてしまった。義父が介入しなければ、本当に大地が滅んでいたかもしれない。
《君だけの罪ではない。帝国はもう腐りきっていた。遅かれ早かれ、同じ結末を辿っていたよ》
『………』
《それに私もフィーネを要領のいい子だと見誤り、他の子に指摘されるまで気付きもしなかった。まさか勝手に大地へ降りて、よりにもよって帝国の皇子に恋をするとは》
その場に膝をついたフェローへ向ける義父の声は、変わらず優しい。自分の娘の事だ、彼にも思うところはあるだろう。
しかしそれでも、フェローにフィーネを託すしかないのだ。配偶者でなくても、既にフィーネは選んでしまった。
神の加護を失った今、彼女を守れるのはフェローだけだ。
《配偶者に与える奇跡を、既に君に授けた。そして──それは私が君へ与える罰でもある》
顔を上げれば、義父と目が合った。
《君は不死だ。死ぬ事は決して許されない。この先フィーネが何度眠りについても、君はそれを見届けなければならない》
『…………ありがとうございます』
《……それは、どういう意味かな?》
『 もう私が死ぬことでフィーネが悲しむことはない。それは私にとって救済以外の何物でもありません』
フィーネは一見温厚に見えるが、ほとんどの事に関心が薄いだけだ。繁殖という強すぎる能力を持つ故の、一種の防御本能なのかもしれないが。
繁殖も絶滅も目には見えず、人を直接害す力はない。だからこそフィーネはフェローを守ることが出来ず、ただただ帝国を呪うしかなかった。
今回どうにか切り抜けたところで、また危険な事が起こらないとは限らない。フィーネはフェローが守るが、時には自分の身を投げうってしまうかもしれない。
そうすれば、再びフィーネは誰かを呪うだろう。暴走して無関係の人間を巻き込むかもしれないし、今度こそ大地を滅ぼす可能性だってある。
そうならないために、フェローを不死にした。それは決して、罰などではない。義父がそう言ったのは、罪悪感に苛まれるフェローが受け入れやすいようにだろう。
感謝を口にするフェローに、義父はゆるく首を横に振った。
《察しが良すぎるのも困るな。だからこそ君にフィーネを任せられるのだが》
『幸せにします、必ず』
《時間を進めるタイミングは君に任せる。全て片付けたら速やかに契りなさい。奇跡の辻褄を合わせないといけないからね。結婚式は……まあ、そちらの都合に任せるよ。大変だろうけど、まあ、頑張りなさい》
最後の含みを持たせた言い方が気になったが、尋ねる前に羽ばたいていってしまった。
再度頭を下げてから、眠るフィーネをモクレンの木に託し、フェローは一通りの事を済ませて会場へと戻った。




