番外・生き返った皇子、大罪を負う(2)
『……?』
急に身体が軽くなり、フェローは身体を起こした。
辺りを見渡せば、まるで時間が止まったように誰一人身動ぎ一つしない。
自分の身体を確認したが、服は血で濡れたままだが傷はスッカリ塞がれている。
まるで奇跡だ。そこでようやく、先程までいたはずの彼女の姿がない事に気付いた。
『フィーネ!!』
自分の声が会場内に響くが、反響するだけで返事がない。
まさか天に帰ってしまったのか? 叫びたくなるような喪失感に苛まれながら、必死で彼女を探す。
ふと窓の外で白いものが見えた気がして、フェローは雨が止んだ庭へと飛び出した。どうやら時間が止まっているのは会場内だけのようだ。
見渡しても彼女の姿は見えない。それでも一抹の望みをかけて、フェローは彼女と過ごしたモクレンの木の下まで向かった。
『フィーネ!』
そこに、彼女はいた。敷き詰められたモクレンの花弁の上で眠っている。
駆け寄ろうとして、彼女の傍らに白鳩がいることに気付く。思わず立ち止まったフェローに、白鳩は男の声で話し出した。
《──やあ、フェローチェ=ジョア=アンダンティー。フィーネに倣って、私もフェローと呼ばせてもらおう》
『…………貴方は……』
《私はこの子の父だ。こんな姿で悪いが、人の姿で降りるのは天臨祭だけと決めているんだ。──ああ、敬う必要はない。私の事は義父として接してほしい》
父と聞いて咄嗟に跪こうとしたが止められてしまった。義父なら尚更、頭を垂れたいのだが。
おそらくフェローの傷を塞ぎ、会場内の時間を止めているのは義父の力によるものだ。フィーネを守るどころか危険にさらしたから、業を煮やして手を貸してくれたのだろう。
フェローは頭を下げた。
『申し訳ありません。……彼女を助けてくれて、ありがとうございます』
《いや、こちらもこうなるまで手を貸せなくてすまなかったね。君が配偶者であれば斬られる前に止められたんだが……あの状況では無理もない》
天使が人間になるには、愛する人との契りが必要なのだろうと見当はついていた。彼女もそれが分かっていたから、子供が欲しいとねだったのだろう。
でも結局、触れるだけ触れておいて、彼女を人間にする事は出来なかった。いつ迎えに行けるかも分からないのに、家族との繋がりである翼をどうしても奪えなかった。
《しかし、君は優れた男だ。本気を出せばこうなる事など予想出来たはずだ。兄の策略を利用して、彼を皇太子から引きずり下ろすことも》
『……それは、』
《責めるつもりはない。どれだけ憎くても憎みきれない──それが家族というものだからね》
義父は全てお見通しなのだろう。下唇を噛み締める。
フェローが帝国に残ったのは、国やフィーネの家族のためではない。──兄を、見捨てられなかったからだ。
自分が兄を上回る才能を持っていなければ、きっとあれほど歪みはしなかった。兄を壊したのは自分だという負い目があった。
フェローが国を出れば、入れ替わりなどすぐに露見して兄は周囲から責められるだろう。今まで気付かなかった事など棚にあげて。そう思うと決心がつかなかった。
《私が知りたいのは、君がこれからどうするかだ。君が望むなら剣をもう一度入れ換えて、最初からやり直してもいい》
『……いえ、今度こそ彼女と共に国を出ます』
《兄を見捨てるのかい?》
『剣を与えたのは私でも、振り下ろしたのは兄です。──あの男の弟は、死にました』
やり直すチャンスなどいくらでもあった。フェローも、フィーネと出会えて変わる事が出来た。
しかし、あの男はいつまでも変わらなかった。剣術を学んでいれば、持った時に剣の刃がつぶれていない事に気付けたはずだ。テヌートを奪った時に女癖を直していれば、あの女が剣を入れ換えることもなかった。
フェローを殺しても、あの男は自分の保身ばかりで涙一つこぼさなかった。
あの瞬間、フェローチェは死んだ。ここにいるのは、フィーネを愛するただの男だ。




