37・思い出した令嬢、恋をうたう(後)
「今世だって充分楽しんだだろう?」
「全然足りないわ。貴方への愛はこの大地よりも大きいもの。このモクレンだって、たくさん花を咲かせた方が綺麗でしょう?」
「……これ以上美しくなってどうするんだ。私に世界中の男を殺して回れと?」
「そうじゃなくて──私、今度こそ貴方をメロメロにするわ。先に眠ってしまっても、貴方がもう一日も待てないくらいに」
悪気はないのにすぐ怒る。意地悪もするし、いつも隠し事をして約束も平気で破る。そんな彼も好きだけど、また彼を一人で待たせたくはないから。
フィーネの愛が彼の首輪にならないなら、ナイフにしてしまおう。不死である彼を自分の愛で殺すのだ。
突然、フェローの動きが止まる。
見上げていると、じわじわと彼の顔が真っ赤に染まっていく。
「…………幸せすぎて、死んでしまいそうだ」
そう虫の息で呟くと、手で顔を隠してしまった。
まだ見ていたくて必死に剥がそうとしたが、強く抱き締められて身動きを取れなくされてしまった。
「酷い……」
「酷いのはどっちだ。くそ……アリア様の結婚式の翌日に捩じ込んだって、まだ半年もあるんだぞ」
「アリアの結婚式を優先するのは当然だけど、もう生まれ変わったんだから我慢しなくていいのに。子供が出来たら困るけど、フェローがくれた薬があれば大丈夫だと思うわ」
前世は奇跡を前借りしたため、その辻褄を早急に合わせる必要があった。だからフィーネは天臨祭を迎える前に人間となった。
しかし父が言っていた通り、子供が出来てしまったために天臨祭を見送ることになった。流石に来年はと思ったのだが、彼と二人きりでいるとなんだか子供が作りたくなってしまって、あんなに理性の塊だったフェローもすぐにフィーネをベッドへ運んでしまう。
妊娠中でも式は出来るとフィーネも一族も言ったのだが、フェローは絶対に首を縦には振ってくれなかった。心配だったこともあるだろうが、どこか意地を張っているようにも見えた。
それを繰り返して十年ほど経った頃、フェローが避妊薬だと言って渡してくれた液体。見た目も味もただの水だったが、それを飲むようになってからは子供は生まれなくなった。
お陰で無事に結婚式を開いて父を呼べたし、今まで生んだたくさんの子供達の成長を見届けることが出来た。本当にフェローはすごい。
背中に腕を回して抱きつくと、彼の身体がビクリと震えたかと思えば引き剥がされる。
ああ、なんだか初めて会った頃を思い出す。笑うと、真っ赤な顔をしたフェローに睨まれた。
「……いいかい、フィーネ。私は、ちゃんと、やり直したいんだ。こればかりは男の沽券に関わる」
「ふうん……?」
「だから大人しく、良い子でいてくれ。頼むから」
その言葉に、昔の事を思い出す。他の姉妹に手を焼く父は、フィーネをいつだってそう誉めてくれた。
ただ姉妹のする事に興味が持てず、一人でいる事が好きだっただけだ。でも、本当は父を困らせる姉妹が羨ましかった。
「ふふ、いやよ。今世は貴方みたいな悪い子になると決めたの」
「……まるで前世が良い子だったような言い草だな」
「あら酷い。そんな子には──お仕置きよ!」
「っ、危ない!」
勢いをつけてフェローに飛び付けば、流石に予想していなかったのか、フィーネを庇おうとしたのか、二人で芝生の上に倒れこむ。
フィーネは彼の上に寝そべり、その黄金の瞳をうっとりと眺めた。
「”見つけたわ、私の愛おしい人”」
そうして触れるだけの唇を落とす。すると逆に押し返されて唇を甘く噛みつかれた。舌を入れたい気持ちを宥めるように。
ようやく唇が離れ、顔を上げたフェローの口元にはフィーネの口紅がついていた。なんだか酷くいやらしいものを見てしまった気がして、顔を赤らめながら彼の唇へ手を伸ばす。
しかし触れる前に捕まえられ、手のひらにキスを落とされた。
「見つけてくれてありがとう。──愛しているよ、フィーネ」
フィーネが目を閉じると、フェローの唇が再び下りてくる。
二人を見守ってきた静かな友人は、祝福するように花弁を散らした。




