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38. 諜報員の報告



 大きなテーブルの角を挟んで、男がふたり、座っている。


 広々とした応接室には彼らだけしかいないのに、どちらも明後日のほうを向いている。


 天井の立派なシャンデリアや、織りの美しい絨毯、金の額縁に入った絵画が並んだ壁などを眺めているようだが、そう興味もなさそうだ。


 呼吸以外にやることがなくなったので、ようやく話す気になったというふうに、一方が口をひらいた。


「その面、いつまで被っているつもりだ」とカンケルは訊ねた。


 JBはゆっくりと振り向き、青々とした口元に大きなUの字の笑みを浮かべた。


「どうぞ」

 祭り屋台で入手したお面を差し出す。

「おみやげです」


 カンケルはちっともありがたくないという気持ちを隠さなかったが、黙って受け取りテーブル上の視界に入らないところに置いた。


「こころゆく旅だったようだな?」


「ええ、それはもう」


 答えながらJBはお面をはずし、魔術師の半仮面をつけた。自らが所属する蟹座カンケルの星座団のものだ。


「〝太陽〟の力が本当に現れたのか……その真偽を確かめる今回の任務。いやはや、大いに楽しませてもらいましたよ」


 カンケルは苦々しげに歯を剥いた。

「ゴールドレイクでこと(・・)が起きた時点で、私にはわかっていた。ひどく厄介なことになる、と」


「あなたはすぐに初動工作を指示した。結果、アメリカ側に手がかりを与えなかった。カンケル卿の慧眼にはいつも感服させられます」


 カンケルは世辞を拒むように鼻を鳴らした。


 JBは気にせず話し続けた。

「しかし我々とて、あのとき発見できたのは状況証拠のみ。それではなんとも味気ない。やはり、なにごともこの眼で確かめなくては」


 カンケルは刺すようなまなざしを返した。

 しかしJBの頑丈そうなあごに浮いた笑みはびくともしない。


「卿も一度ご覧になれば、あの〝太陽〟の力の素晴らしさがわかります」


「減らず口をしまえ、ジェイムズ。貴様の失態を見逃すと思うな。サーカス育ちのチンピラに主導権を奪われるなど……」


「私があのまま〝太陽〟と対峙すれば、無事では済まなかったでしょう」

 JBは肩をすくめた。

「ミスター・アルレッキオには身代わりになってもらいました」


 率直なもの言いに、カンケルは逆に怒気を収めたようだった。冷静になった様子で、椅子の背に深々ともたれかかった。


「貴様に仮面は要らんな。その面の皮で充分だろう」


「左手を捧げたのです」

 JBは手袋をはずした。木製のマネキンからとってつけたような義手がはめられている。

「どうかご容赦を」


 カンケルは身を乗り出した。


「本当に〝太陽〟を制御できたのだな? あの娘が」


「報告のとおりですよ」


 すみずみまで精確を期した報告書を出してある。ただし見たものすべてを書いたわけではない。あえて削除した箇所もあった。


 くろがねの乙女アイアンメイデンの存在がなければ、結果はどうなっていたか、わからない。捨て身で手を伸べた彼/彼女の挑戦が、〝太陽〟の魔導制御を安定させるのにひと役買ったように見えた。


 一度はこう書いたが、やめた。JBは憶測を語る愚を犯さなかった。


 それが英国諜報員というものだ。


「どう見るかはお任せします」


 その後しばらく、カンケルは窓辺に立ち、注ぎ込む陽の光をにらみつけながら、考えごとをしていた。


「〝太陽〟の処遇をいかがするおつもりで?」とJBは訊ねた。


「まだ決断を下す段階ではない。判断材料が揃ったばかりだ」


「シリウス卿の遺言も、そのなかに含まれますか?」


 JBは返答を待ったが、カンケルは黙っていた。


「〝十二座〟でも意見が分かれているそうですね?」


 カンケルはふっと面白くもなさそうに笑った。

「〝王道十二座〟が真に足並みを揃えることはない。これまでも、これからもな」


 そう。それが《天文台》という組織の実態だ。


 英国王による後見と、英政府による監視を常に意識しながら、何をするにも一般社会に説明のつく理由をもって〝表の顔〟を維持しなければならない。


 ゆえに秘密結社や裏の役目を持つ者が存在し、闇の動きでそれぞれの思惑を果たそうとする。


「レディ・バロンとは、ふたたび相まみえることになるかもしれませんね……勝算はありますか」


 JBは立ち上がり、いとまを告げる前に、そう最後の問いかけをした。


 愚問だった。しかしカンケルは律儀とも思えるほど厳とした態度で答えた。


「《天文台》の使命はひとつだ。〝同胞〟の平穏を護る。そのためにはどんな犠牲を払ってでも、どんな相手とも闘争する。それだけだ」


 主語は《天文台》だが、この男はただ組織のお題目を述べたのではなかった。端々にのぞいたのは、彼自身の矜持だ。


 JBはほとんど確信をもって推測する。巨蟹カンケルと獅子卿 (レオ)、人馬サジタリウスら旧守派の夜卿(ロード)たちは、いざとなれば自分たちだけでバロンと対決するつもりなのだろう、と。


 待っているのは、敗北に違いない。


 だが名の通った役人と政治家、教育者らが負傷もしくは命を落とせば、標的バロンをたちまち人類の仇パブリック・エネミーに仕立て上げることができる。バロンにとってそれは最も避けたいことのはずだ。


 魔術師社会の危うさや無情さを肌身で知らず、今回の件でもバロンの訪問の理由を無邪気に噂しあっていた《天文台》の一般団員たち。バロンと《天文台》の緊張緩和デタントではないかと期待さえしていた彼らののんきさ、善良さこそ、カンケル卿が護ると決めたものなのだ。


 そのためにこの男は、闇でしか輝かぬ冠を(いだ)いているのだ。


 と、持ち上げすぎた。

 やはり憶測は書かないに限る。


「……ご武運をフィール・グリュック


 JBは帽子を深くかぶって、部屋をあとにした。



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