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エピローグ:週末の終わり



 夕焼けの飛行場。

 殺風景な駐機場エプロンが、まるで赤いテーブルクロスをかけたかのように、華やかな色に染まっている。


 駐機場のなかを歩いて搭乗機まで向かう途中、カルアは息をつきたくなってマスクをずり下ろした。


 広々としたアスファルトに吹きつける、秋風と斜陽が混ざった空気は、それなりに味わい深く感じる。


 うしろに大人たちを引き連れ、揃いのサングラスでマリブ風の恰好つけた行進をしていなければ、もっと感傷に浸れたかもしれなかった。


 プライベートジェット専用のオープンスポットに、ぽつんと一機のガルウィングが細長い鼻を偉そうに伸ばしている。その機体に内蔵されたタラップがひらいて降ろされ、なかから黒い細長い女が現れた。


 バロン、と呼ばれている女。

 けれど、カルアはどう呼んでいいか、わからない。


「…………」

「…………」


 階段を下りて眼の前まで来たが、バロンは無言だった。カルアも口を閉めていた。


 話すことはあるはずだった。いろいろ浮かびはする。でも、どの思いを、どう言葉にしていいか、わからない。


 ななめ下を向いて、眼を合わせないようにしていた。眼隠しした相手にそんなことをするのは変だと自分でも思うけれど。


 ふと、バロンが手を伸ばした。カルアは何かされるかと思って、首を引っこめた。


 手袋をしたつめたい指先が、カルアの横顔にそっと触れた。そのまま撫でおろす。肌のかたちを確かめるように、ゆっくりと。


 カルアはちょっと信じられない気持ちでバロンをうかがった。いつもどおり、彫像めいた硬い表情だ。しかし横から夕陽の色を浴びたその顔は、いつもよりなんだかあたたかく見えた。


 ふっと、カルアが気をゆるめた途端、ぐにぃと頬をつねられた。


「いィ!?」


「少しは学んだかしら」


 カルアはバロンの手を振り払った。

「何様だ、てめえ!」


 バロン様、と向こうから声が飛んできた。


 誰だかすぐにわかった。だから、振り向かなかった。なのに、あいつは呼ぶのだ。


「カルア!」と。


 急に風邪になったみたいに、頭が熱くて、身体が緊張する。


 付き人たちがにやにやしているのに気づいてカルアは怒鳴った。「んだよッ!」


 めんどくせえ、とごちながらカルアは振り向いた。

 バロンも背を向け、タラップをのぼっていく。


 陸はカルアが歩いてくるのを待っていた。制服姿で、息が上がっている。学校を抜け出して急いでやってきたというような恰好だった。


「ひどいよ」と開口一番、言った。「黙って行こうとするなんてっ」


 カルアは不意をつかれた。いや、と反射的に言い訳しようとする。


「言わないで」と止められた。「お別れだなんて、聞きたくない」


 何度も遮られて、カルアはいいかげんむかっ腹がたった。


「じゃあ何も言わねえよ、ばーか!」


 ごつごつとブーツの音を立てて踵を返す。

 一瞬落とした視線をふと上げると、眼の前に陸がいた。


「てっ――めぇ、まじでやめろよな!」


 ぎょっとさせられたのはこれで何度目か。本気で抗議した。


「また……会えるよね?」


 陸も本気だった。眼を見てわかった。深い瞳に吸い込まれそうになる。


 カルアは眼線をはずし、髪をさすったが、決意を込めてまた見返した。


「……言っただろ。オレちゃんはカレンじゃねえ」


 陸はまばたきして、「ごめん」と申し訳なさそうに眼を伏せた。

「ぼく……まだわからない。君のこと、ちゃんと見てなかった」


 カルアは唇を浅く噛み、じっと見返す。うれしくはなかった。


「でも、だから、教えてほしい、君のこと。もっと知りたい。また会いたいよ」


 その「会いたさ」のなかに、自分はどれだけ含まれているだろうか。そんな思いが頭をかすめたが、カルアにはほかに言わなければならないことがあった。


「オレちゃん……ウソついた。カレンは、本当は、おめえに会いたがってる」


 陸は返事を考えたようだった。慎重に答えた。

「カレンちゃんはいま、どこにいるの?」


「言えねえ」

 それしか言えない。

「けど、約束する。必ず、カレンをおめえのところにつれてくる。オレちゃんがぜってえ会わせてやるから」


 陸の眼には戸惑いが見えた。何か言おうとするように口が動きかけた。


 その唇。カルアは頬の感触を思い出した。急に腰がそわそわする。


「じゃ、じゃあな」


 陸の横を足早に通り過ぎた。ほとんど走っていた。


「――カルアーっ!」


 立ち止まる。


「またね!」


 カルアは振り向かず、誰にも届かないようにつぶやいた。


「またな、リク……」



 ◆



 機体が地上を離れたあとも、リンちゃんはずっと手を振ってくれていました。その姿が遠のいてから、ようやくカルアは手を振り返しました


 けれどすぐに眼が潤んで、顔を伏せているしかなくなったようです。

 付き人のみなさんには、夕陽が眼にしみたせいだと言っていましたが、はてさて。


【お別れ……?】


 では、ありません。わたしはそう信じています。


【わたしも……】


 ええ、わかっていますよ、カレン。


【わたしは……カレン】


 そうです。思い出しましたか。


【あなたは……わたし、なの?】


 …………。

 カレン、わたしはあなたの〝影〟です。


【影……?】


 魂影スピリット・シャドウ――それは星の輝き。本体を失ってもあり続ける光。


 自分が何者かを知れば、消えてしまうもの……。


【でも……ここにいる】


 いかにも。


 あのとき――

〝太陽〟の暴走を止めようとしたわたしは、そのまま消えるはずでした。


 消えてもいいと思ったから、自分がコピーだということを受け入れたのです。


 でも。

 リンちゃんが、息を継いでくれたから。

 あの子がわたしたちをすくいあげてくれたから。


 リンちゃんのおかげで、あなたとわたしは、こうして〝対話〟の機会を得た。


【……ごめん、なさい】


【わたし……よく、わからない】


【自分のことも……】


 だいじょうぶ。わたしがおぼえています。


【わたし……どうなっているの?】


 ……わかりません。


 たしかなのは、カレン――あなたの人間的な部分が、少しずつ、少しずつ、失われているということです。


 もしかすると、いつか、カレンわたしたちという人格は消え、〝太陽〟の力を制御するだけのシステムになり果てるかもしれない。


【……いやだ】


 ええ、本当に。


(だからこそ、わたしは自分あなたに物語る。おもいでを、あのときの気持ちを、忘れてしまわないように。何度でも、思い出せるように)


(祈るように――)


 思い出すことが、必ずしも喜びになるとは限りません。


 思い出したくもないようなことが、胸にわだかまって、苦しくなる。


 それでも、カレン、おぼえておきましょう。

 いっしょに。


 わたしは、あなたの罪と願いを背負って、ここにいますから。

 いつか消える、その日まで。


【…………】


 カレン?

 ――そうですね。わたしも眠くなってきました。

 少し、休みましょう。


 おやすみ、カレンわたし


 おやすみ、カルア。


 おやすみ、リンちゃん。またね。



最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


拙く不細工な物語ですが、誰かに読んでもらえることは励みになりました。

後学のため、よければ評価と感想をいただければ幸いです。


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