↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】役立たずと捨てられた令嬢ですが、森で拾ったモフモフ子狼(皇帝陛下)に番として溺愛されています  作者: フトダマノミコト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/17

第7話 目覚めたら、隣に知らない男の人

 小鳥のさえずりで、目が覚めた。


 まぶたの裏が明るい。


 もう、朝になっているらしい。


(……あたたかい)


 体が、何か大きなものに包まれている。


 ふわふわの毛布よりも、もっとしっかりとした、心地いいぬくもり。


 規則正しい、とくん、とくんという音が、すぐそばから聞こえてくる。


(ルゥ、ずいぶん大きくなったのね……)


 寝ぼけた頭でそう思って、私はぬくもりにすり寄った。


 頬に触れたのは、ふわふわの毛並みではなく。


 なめらかで、少し硬い――人の肌だった。


「…………」


 ぱちり、と目を開ける。


 目の前に、男の人の喉があった。


 その上には、形のいい顎。


 さらに視線を上げると、朝日を受けてきらめく、銀色の長い髪。


 そして、伏せられた銀のまつげの下から、ゆっくりと開かれていく――金色の瞳。


「……起きたか」


 低く、かすれた声だった。


「――――っ!?」


 声にならない悲鳴を上げて、私は寝台から転げ落ちた。




「だ、だ、誰ですか!?」


 床にしりもちをついたまま、手近にあった箒をつかんで構える。


 寝台の上には、見知らぬ青年が身を起こしていた。


 年は、二十代の半ばくらいだろうか。


 月の光をそのまま織り上げたような銀髪に、夕焼けを閉じこめたような金の瞳。


 彫刻のように整った顔立ちは、見ているだけで息が止まりそうなほど美しい。


 それに、とても大きい。


 狭い寝台が、ひどく窮屈そうに見える。


 そして何より。


(ふ、服を着てない……っ!)


 青年の肩も胸も、むき出しだった。


 かろうじて腰から下は毛布に隠れているけれど、それだけだ。


 私は真っ赤になって、箒を握りしめたまま顔をそむけた。


「ど、どこから入ってきたんですか! ここは私の家です! それに、ルゥは……ルゥはどこ!?」


 昨夜、確かにこの腕に抱いていたはずなのに。


 寝台の上にも、床にも、銀色の子狼の姿はない。


(まさか、この人がルゥに何かしたんじゃ……!)


「ルゥに何かしたら、許しません!」


 箒の先を突きつけると、青年はなぜか、ひどく困ったような顔をした。


 それから、ほんの少しだけ、口もとをゆるめた。


「……昨夜は、俺のために泣いてくれたのに。ずいぶんな扱いだな」


「え?」


「アイリス」


 名前を呼ばれて、心臓が跳ねた。


 私はこの人に、名前を教えた覚えなんてない。


「俺がルゥだ」




 しばらく、言葉の意味が分からなかった。


「……は?」


「信じられないのは分かる。だが、本当だ」


 青年は、寝台の上でゆっくりと居住まいを正した。


 毛布がずり落ちそうになって、私は慌てて目をそらす。


「り、理屈が分かりません! ルゥは狼です。小さくて、ふわふわで、銀色の……」


「ああ。呪いで、そういう姿にされていた」


「の、呪い?」


「首にあった黒い模様だ。昨夜、お前が消してくれた」


 私は、思わず自分の手のひらを見つめた。


 満月の光の中で、白く光った私の手。


 ガラスが割れるような音と一緒に、砕けて散っていった黒い蔦。


(夢じゃ、なかったの……?)


「でも、だって、そんな……」


 それでも頭が追いつかない私に、青年は静かに言った。


「ルゥ、という名前は、お前の母君が読んでくれた絵本の、月の精の名前だろう」


 息が止まった。


 それは、ルゥにしか話していないことだった。


「行商人の男に俺が唸ったとき、お前は『やきもち?』と言って笑った」


「…………」


「それから、『私にはあなたがいちばんだもの』とも言った」


 かあっと、顔に熱が集まる。


 確かに、言った。


 言ったけれど。


「満月の三日前の夜には、『ルゥがいてくれて、本当によかった』と」


「わ、分かりました! 分かりましたから!」


 私は箒を放り出して、両手で顔を覆った。


(本当に……本当に、ルゥなの……?)


 指の隙間から、そっと青年を見る。


 金色の瞳と、目が合った。


 その瞳は、毎晩私を見上げていた子狼と、まったく同じ色をしていた。


 そして、私を見つめる眼差しの優しさも。


「……ルゥ」


 小さく呼ぶと、青年の目がふっと細められた。


 尻尾があったら、きっとぱたぱたと揺れていただろう。


 そんなふうに思えるくらい、嬉しそうな顔だった。


「ああ。ルゥだ」




 とにかく、何か着てもらわなければ話にならない。


 私は小屋の奥にある古い衣装箱をひっくり返した。


 母は時々、森で怪我をした旅人の手当てもしていたらしい。


 箱の底から、くたびれてはいるけれど大きめの男物のシャツと外套が出てきた。


「こ、これを着てください。後ろを向いていますから!」


 背を向けて、ぎゅっと目をつぶる。


 衣擦れの音がやけに大きく聞こえて、私はますます顔が熱くなった。


(落ち着いて、アイリス。あれはルゥよ。ルゥなのよ)


 そう自分に言い聞かせても、さっき見た広い肩や胸がちらついて離れない。


(……ルゥって、こんなに大きかったっけ)


「もういいぞ」


 振り返ると、青年は窮屈そうにシャツの袖を引っ張っていた。


 小さすぎるシャツの胸もとがはだけて、目のやり場に困る。


 けれど、さっきよりはずっとましだった。


「あの……ルゥ、さん?」


「さん、はいらない」


「でも、本当の名前があるんですよね?」


 青年は、少しだけ迷うように目を伏せた。


 それから、まっすぐに私を見た。


 その瞬間、狭い小屋の空気が変わった気がした。


 穏やかだった金の瞳に、人を従わせる者の光が宿る。


「俺の名は、ルーヴェン・ガルディア」


 ガルディア。


 その名前は、魔力のない私でも知っている。


 この森を越えた先に広がる、獣人たちの大国の名前だ。


「ガルディア帝国の、皇帝だ」


「…………こう、てい?」


 私の声は、情けないほど裏返っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。