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【完結】役立たずと捨てられた令嬢ですが、森で拾ったモフモフ子狼(皇帝陛下)に番として溺愛されています  作者: フトダマノミコト


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第5話 子狼は甘えん坊

 ルゥと暮らし始めて、半月が過ぎた。


 すっかり元気になったルゥは、毎朝、私が森へ薬草を摘みにいくたびについてくる。


 私が屈めば、ルゥも隣に座る。


 私が歩けば、ルゥもぴったりと寄り添って歩く。


「ルゥ、そんなにくっついていたら、歩きにくいわ」


 そう言っても、ルゥは知らん顔で私の足もとにすり寄ってくる。


(最初は、あんなに牙をむいていたのに)


 今ではすっかり、甘えん坊の子狼だ。


 それに、ルゥは本当に賢かった。


 私が欲しい薬草の名前を口にすると、鼻をひくつかせて、その場所まで案内してくれる。


 木の実がなっている場所も、きれいな湧き水の場所も、全部ルゥが教えてくれた。


「すごいわ、ルゥ。あなたがいなかったら、私、今ごろ途方に暮れていたかも」


 褒めると、ルゥは胸を張るように顎を上げる。


 尻尾はぶんぶんと揺れていた。


(かわいい……!)


 思わず抱きしめて、ふわふわの首もとに顔をうずめる。


 ルゥは「キュッ」と小さく鳴いて、じたばたと前脚を動かした。


 けれど、本気で逃げようとはしない。


 その証拠に、尻尾はずっと揺れたままだった。




 困ったことが、ひとつだけあった。


 夜になると、ルゥが私の寝台にもぐりこんでくるのだ。


 暖炉のそばにはちゃんと寝床を作ってあるのに、気づけばいつも、私の毛布の中で丸くなっている。


「ルゥ。あなたの寝床はあっちでしょう?」


 抱き上げて寝床に戻しても、しばらくすると、またもそもそと寝台に上がってくる。


 それを何度か繰り返して、とうとう私のほうが根負けした。


「……もう。今夜だけよ」


 毛布をめくると、ルゥは当然のような顔をして、私の胸もとにもぐりこんできた。


 あたたかい。


 ふわふわの毛並みが、頬に触れる。


(今夜だけ、って言ったけど)


 本当は、私のほうが嬉しかった。


 ひとりで眠る夜は、どうしても色々なことを考えてしまう。


 婚約破棄の夜のこと。


 父の冷たい目。


 レオノーラの、あの笑み。


 でもルゥがいると、そういうことを考える前に、あたたかさに包まれて眠ってしまえるのだ。


 結局、「今夜だけ」は次の夜も、その次の夜も続いた。




 ある日の午後、小屋の戸を叩く音がした。


「ごめんください。行商のトマスです」


 戸を開けると、人懐っこい笑顔の青年が、大きな荷を背負って立っていた。


 この森の近くの村を回っている行商人で、ハンスが手紙で話を通しておいてくれたらしい。


「アイリス様ですね。ハンスさんから頼まれて、塩と小麦粉をお持ちしました」


「まあ、ありがとうございます。わざわざ森の中まで」


「いえいえ。それに、薬草を買い取らせてもらえるとも聞いていまして。村の薬屋がいつも品薄で困っているんですよ」


 それは願ってもない話だった。


 薬草を売れば、少しは暮らしの足しになる。


「ぜひ、お願いします。ちょうど乾燥させたものがいくつか……」


「グルルルル……」


 足もとから、低いうなり声が聞こえた。


 見下ろすと、ルゥが私の前に立ちふさがり、トマスに向かって牙をむいている。


 全身の毛が、ぶわりと逆立っていた。


「わっ、狼!?」


 トマスが一歩、後ずさる。


「ルゥ、だめよ! この人は悪い人じゃないの」


 慌ててルゥを抱き上げる。


 それでもルゥは、私の腕の中からトマスをにらみつけたまま、うなるのをやめなかった。


「す、すみません。この子、普段はとってもおとなしいんですけど」


「い、いえ……。ずいぶん、アイリス様を大事にしているんですね」


 トマスは苦笑いしながら、取引を手早く済ませて帰っていった。


 最後に「また来ますね」と私に手を振ったときには、ルゥのうなり声が一段と大きくなった。




 トマスの姿が見えなくなると、ルゥはようやく静かになった。


 けれど、ぷいっと顔をそむけて、私のほうを見ようとしない。


「ルゥ?」


 返事のかわりに、尻尾がぱしん、と床を叩く。


(これって、もしかして)


 私はルゥの前にしゃがみこみ、顔をのぞきこんだ。


「もしかして、やきもち?」


 ルゥの耳が、ぴくっと跳ねた。


 それから、ますます顔をそむける。


「ふふっ……あははっ」


 こらえきれずに、私は笑い出してしまった。


 声を出して笑ったのなんて、いつぶりだろう。


「大丈夫よ、ルゥ。私にはあなたがいちばんだもの」


 そう言って抱きしめると、ルゥは観念したように、私の肩に顎を乗せた。


 尻尾が、ぱたぱたと揺れはじめる。


(本当に、分かりやすい子)




 その夜も、ルゥは私の胸もとで丸くなっていた。


 窓の外には、満ちかけた月が浮かんでいる。


「ねえ、ルゥ」


 暗がりの中で、私はぽつりとつぶやいた。


「私ね、ずっとひとりぼっちだったの。お母さまが亡くなってから、屋敷の中に私の居場所なんてなかった」


 ルゥの耳が、わずかに動く。


「魔力がない、役立たずだって言われて。自分でも、そうなんだろうなって思ってた。でも……」


 銀色の毛並みに、そっと頬を寄せる。


「ルゥがいてくれて、本当によかった。あなたが来てくれてから、毎日が楽しいの」


 ルゥは何も言わない。


 狼なのだから、当たり前だ。


 それでも、私の胸に押しつけられた小さな体が、少しだけ強くすり寄ってきた気がした。


「おやすみ、ルゥ」


 目を閉じると、すぐに心地よい眠りが降りてくる。


 だから、私は知らなかった。


 眠りに落ちた私の顔を、金色の瞳がずっと見つめていたことも。


 その瞳に宿っていたのが、ただの獣のものではない、熱い想いだったことも。


 そして、ルゥの首を締めつけていた黒い模様が、もう半分ほどまで消えかけていたことも。


 ――満月の夜まで、あと三日。

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