第14話 叔父の断罪
御前会議の日、私はルーヴェン様の隣の席に座っていた。
広い会議の間には、帝国の重臣たちがずらりと顔をそろえている。
その全員の視線が、私に集まっていた。
(どうして私が、こんな場所に……)
「お前の力が、必要になるかもしれない」
前の晩、ルーヴェン様はそう言った。
あの夜、私の部屋に忍びこんだ男のこと。
男が持っていた、黒い水晶のこと。
すべてを聞かされて、私は震える手を握りしめて頷いた。
ルーヴェン様が、私を守るために眠らずにいてくれたこと。
私を抱きしめた腕が、震えていたこと。
それを思えば、怖がってなどいられなかった。
「――では、始めよう」
ルーヴェン様の声が響き、会議の間が静まり返る。
向かいの席には、ガイウス様が座っていた。
いつもと変わらない、穏やかな微笑み。
その体の周りに、今日もうっすらと黒い靄が見える。
(やっぱり、見えるのは私だけなんだわ)
誰も、あの靄に気づいていない。
「今日、皆に集まってもらったのは、ほかでもない」
ルーヴェン様は、静かに切り出した。
「先日、俺が国境の峠で襲われ、呪いをかけられた件についてだ」
重臣たちが、ざわめく。
「首謀者が分かった」
ルーヴェン様が合図をすると、バロンが縄で縛られた男を引き立ててきた。
峠道でルーヴェン様を襲った呪術師だという。
「この男が、すべてを話した。俺に呪いをかけるよう命じたのは――叔父上、あなただと」
会議の間が、凍りついた。
すべての視線が、ガイウス様に注がれる。
けれどガイウス様は、少しも動じなかった。
ゆっくりと首を振り、悲しげに眉を下げる。
「ルーヴェン。お前がつらい目に遭ったことは分かっている。だが、そのような者の言葉を信じるのか?」
「割符も押さえてある」
「割符など、いくらでも偽造できよう。私を陥れたい者は、宮廷にいくらでもいる」
ガイウス様は、重臣たちを見渡した。
「皆、知っているだろう。私がどれほどこの帝国に尽くしてきたか。兄上を、そしてルーヴェンを、どれほど支えてきたか」
古参の重臣たちが、顔を見合わせる。
「確かに、ガイウス殿下に限って……」
「呪術師の言葉など、当てにならん」
ささやきが広がっていく。
ガイウス様の口もとに、ほんのわずかな笑みが浮かんだ。
(……この人は、こうやって、ずっと人を騙してきたんだわ)
そのとき、ルーヴェン様が懐から何かを取り出した。
黒い靄をまとった、小さな水晶。
「では、これは何だ」
ガイウス様の笑みが、ぴたりと止まった。
「三日前の夜、アイリスの部屋に忍びこんだ男が持っていたものだ。俺にかけられた呪いと、同じ気配がする」
「……知らぬな」
「そうか」
ルーヴェン様は、水晶を机の上に置いた。
「アイリス」
「はい」
私は立ち上がり、水晶の前に進み出た。
両手を、そっとかざす。
(お願い)
満月の夜を思い出す。
ルゥを助けたいと、ただそれだけを願った、あの夜を。
手のひらが、ふわりと温かくなった。
白い光が溢れ出し、水晶を包みこむ。
ぱきん、と澄んだ音がして、水晶にひびが走った。
その瞬間――水晶の中から、黒い靄が勢いよく噴き出した。
靄は、まるで帰る場所を探すように宙をさまよい、それから一直線に、ある人のもとへ飛んでいった。
「なっ……!?」
ガイウス様の体に、黒い靄が吸いこまれていく。
「ぐ……あああっ!」
ガイウス様が、胸を押さえて椅子から転げ落ちた。
首に、腕に、黒い蔦のような模様が浮かび上がっていく。
それは、森で初めて会ったとき、ルゥの首に巻きついていたものと、そっくり同じ模様だった。
「呪い返しです」
静まり返った会議の間に、宮廷魔術師長エーリヒ様の声が響いた。
「浄化された呪いは、それを生み出した者のもとへ還ります。この呪具を作らせたのが誰か、これではっきりいたしました」
重臣たちが、息をのんで後ずさる。
床に倒れたガイウス様は、黒い模様に覆われた手を見下ろして、わなわなと震えていた。
「ち、違う……! これは、あの人間の娘の罠だ! あの娘が、私に呪いを……!」
「アイリスの力が、呪いを生むことはない」
ルーヴェン様が、ゆっくりと席を立った。
「それは、俺が誰よりもよく知っている」
一歩、また一歩と、ガイウス様に近づいていく。
その姿は、ぞっとするほど静かだった。
「叔父上。俺はあなたを、父の次に尊敬していた」
「ルーヴェン……」
「玉座が欲しかったなら、そう言えばよかった。話し合うこともできた」
ルーヴェン様は、ガイウス様の前で足を止めた。
「だが、あなたは俺の番に手を出そうとした」
金色の瞳が、氷のように冷たく光る。
「それだけは、決して許さない」
ガイウス様の顔から、血の気が引いていった。
もう、穏やかな微笑みはどこにもなかった。
ガイウス様は、その場で捕らえられた。
皇族としての身分をすべて剥奪され、北の果ての塔で、生涯を幽閉されて過ごすことになるという。
体に浮かび上がった呪いの模様は、二度と消えることはないそうだ。
「ご自分のかけた呪いと、一生向き合うことになるでしょう」
エーリヒ様は、静かにそう言った。
会議が終わったあと、ひとりの令嬢が、真っ青な顔で私の前に進み出た。
フリーダ様だった。
「……わたくしが、ガイウス殿下に、あなたのお部屋の場所をお教えしました」
震える声だった。
「殿下は、陛下があなたに騙されているのだと、おっしゃって……。わたくし、それを信じて……まさか、あんな呪具を使うおつもりだったなんて」
フリーダ様は、深く頭を下げた。
「申し訳ございません」
その肩が、小刻みに震えている。
公爵家の令嬢が、人間の娘に頭を下げているのだ。
周りの貴族たちが、息をのんで見守っていた。
私は、少しだけ迷ってから、口を開いた。
「……顔を上げてください、フリーダ様」
「でも」
「フリーダ様がしたことは、許されることではないと思います。でも、こうして話してくださったことは、ありがとうございます」
フリーダ様が、驚いたように顔を上げる。
その処分は、ルーヴェン様が決めることだ。
私にできるのは、ここまでだった。
後日、フリーダ様は公爵家の領地へ戻され、しばらく帝都の社交界には出られないことになったと聞いた。
その夜、私はルーヴェン様と並んで、皇宮のバルコニーに立っていた。
帝都の街の灯りが、星のように瞬いている。
「ありがとう、アイリス」
ルーヴェン様が、ぽつりと言った。
「お前がいなければ、叔父上を裁くことはできなかった」
「いいえ。私は、少しお手伝いしただけです」
「少し、ではない」
大きな手が、私の手をそっと包む。
「お前はまた、俺を救ってくれた」
指先から、ルーヴェン様の体温が伝わってくる。
心臓が、うるさいくらいに鳴っていた。
(言わなくちゃ)
ずっと待たせている、あの返事を。
この人のことが、好きだと。
「あの、ルーヴェン様。私……」
そう言いかけたとき、バルコニーの扉が勢いよく開いた。
「陛下! お休みのところ、申し訳ございません!」
駆けこんできたのは、バロンだった。
その手には、一通の書状が握られている。
「エルセリア王国より、使者が参りました」
私の祖国の名前だった。
「ユベール王太子殿下の、親書をたずさえております。内容は――」
バロンは、苦い顔で私を見た。
「アイリス様を、エルセリア王国へ返還せよ、と」




