↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】役立たずと捨てられた令嬢ですが、森で拾ったモフモフ子狼(皇帝陛下)に番として溺愛されています  作者: フトダマノミコト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/17

第13話 二度と離さないと決めた日(ルーヴェン視点)

「千年に一人、と申し上げても、大げさではございません」


 宮廷魔術師長のエーリヒは、白い梟の羽を震わせながら言った。


 執務室には、俺とバロン、そしてエーリヒの三人だけ。


 アイリスの力について、詳しく調べさせていた結果を聞くためだった。


「アイリス様のお力は、魔力とはまったく別のものです。魔力の測定具では、反応しないのも当然でしょう」


「人間の国では、魔力がないと蔑まれていたそうだ」


「愚かなことです」


 エーリヒは、珍しく強い口調で言った。


「浄化の力を持つ者は、そこにいるだけで周囲の瘴気を清めます。おそらく、アイリス様の母君も、弱いながら同じ力をお持ちだったのでしょう。母君の薬がよく効いたというのも、そのためかと」


「つまり」


「アイリス様が暮らしていた土地は、知らず知らずのうちに、ずっと守られていたのです」


 俺は、机の上の報告書に目を落とした。


 アイリスの祖国、エルセリア王国について、バロンに調べさせたものだ。


 ここひと月ほどで、王都の周辺に瘴気だまりが次々と現れていること。


 作物の育ちが悪くなり、魔物の目撃が急に増えていること。


 そしてそれが始まった時期が、ちょうどアイリスが王都を追われたころと重なっていること。


「……あの国は、自分たちが何を捨てたのか、まだ分かっていないらしいな」


「いずれ、気づくでしょう」


 バロンが、低い声で言った。


「気づいたところで、もう遅いですが」


 俺は報告書を伏せた。


 あの国のことは、あとでいい。


 今は、それよりも先に片づけなければならないことがある。




「例の呪術師の件は」


「は。昨夜、ようやく口を割りました」


 バロンが、一枚の紙を差し出す。


 峠道で俺を襲った黒い外套の男たち。


 その生き残りを、バロンは帝都の裏町で捕らえていた。


「陛下に呪いをかけるよう命じたのは、やはりガイウス殿下でした。報酬の受け渡しに使われた割符も押さえてあります」


「それだけでは、叔父上は言い逃れるだろうな」


「おそらく。呪術師の証言など信用できぬ、と」


 叔父は、そういう男だ。


 穏やかな顔で、決して尻尾をつかませない。


 俺が帰還してからも、叔父は何事もなかったかのように俺を気遣い、政務を手伝っている。


 宮廷の古参たちは、今でも叔父を信頼しきっている。


「……それと、陛下。もうひとつ、気になることが」


 バロンが、ためらうように言った。


「呪術師が言うには、ガイウス殿下は最近、新しい呪具を作らせたそうです。それも、陛下にかけたものとは別の」


「別の?」


「呪いを解いた者を、狙うためのものだと」


 一瞬で、全身の血が凍りついた。


 呪いを解いた者。


 それが誰を指すのか、考えるまでもなかった。




 その夜、俺は眠らなかった。


 アイリスの部屋の前に椅子を置き、扉の横の壁にもたれて、ただじっと待った。


 バロンは「私が見張りますので」と何度も言ったが、聞かなかった。


 扉の向こうからは、アイリスの穏やかな寝息が聞こえる。


 獣人の耳には、壁一枚など何の意味もない。


(森の小屋では、毎晩この寝息を聞いていた)


 あのころは、すぐそばで、彼女のぬくもりを感じながら眠っていた。


 今は、扉一枚を隔てている。


 それがもどかしくて、けれど同時に、安堵してもいた。


 人の姿で彼女の寝台にもぐりこめば、今度こそ嫌われるだろう。


 いや、アイリスなら、真っ赤になって箒を振り回すかもしれない。


 想像して、少しだけ笑った。


 ――そのときだった。


 かすかな音がした。


 アイリスの部屋の、窓のほうからだ。


 俺は音を立てずに立ち上がり、扉を開けた。


 月明かりの差しこむ部屋の中。


 窓辺に、黒い影がうずくまっていた。


 影の手には、黒い靄をまとった小さな水晶が握られている。


 その水晶を、眠るアイリスへ向けて掲げようとして――。


 影が、気配に気づいて振り返った。


 その瞬間には、俺の手はもう、影の喉をつかんでいた。


「……っ、が……!」


 床に叩きつける。


 水晶が手から転がり落ち、絨毯の上で鈍く光った。


「誰の命令だ」


 自分の声とは思えないほど、低い声が出た。


 影の男は、震えながら口をつぐむ。


 答えなくても、分かっていた。


 この水晶にまとわりつく、黒い靄。


 峠道で俺の首に巻きついた蔦と、同じ気配だった。


「……ん……ルーヴェン、様……?」


 寝台の上で、アイリスが目をこすりながら身を起こした。


 物音で目が覚めたのだろう。


 床に押さえつけられた男と、俺の顔を見比べて、若葉色の瞳が大きく見開かれる。


「何が……」


「大丈夫だ。何でもない」


 駆けつけた衛兵に男を引き渡し、俺はアイリスのそばへ歩み寄った。


 震える肩に、そっと自分の外套をかける。


「怖い思いをさせた。すまない」


「私は、大丈夫です。でも、ルーヴェン様……手が」


 言われて、初めて気づいた。


 男の喉をつかんだ右手が、かすかに震えていた。


 怒りでではない。


 恐怖で、だ。


 もし、俺が扉の前にいなかったら。


 もし、あと一瞬、気づくのが遅れていたら。


 あの黒い水晶が、アイリスに向けられていたら。


「……っ」


 気づけば、アイリスを強く抱きしめていた。


「ルーヴェン様……?」


「頼む。少しだけ、このままでいさせてくれ」


 腕の中の体は、細くて、温かかった。


 森の小屋で、毎晩俺を抱いて眠ってくれた体だ。


 満月の夜、俺のために泣いてくれた体だ。


 アイリスは、しばらく驚いたように固まっていた。


 けれどやがて、おずおずと、俺の背中に手を回してくれた。


 子狼のころ、彼女がいつもそうしてくれたように。


 小さな手が、ゆっくりと背中を撫でる。


「大丈夫ですよ。私は、ここにいます」


 その声に、胸の奥が焼けるように熱くなった。




 アイリスが再び眠りについたあと、俺は執務室に戻った。


 机の上には、絨毯から拾い上げた黒い水晶が置かれている。


「バロン」


「は」


「三日後の御前会議に、すべての重臣を集めろ。叔父上もだ」


「……決着を、つけられるのですね」


「ああ」


 水晶の中で、黒い靄がゆらりとうごめいた。


 これまでは、確たる証拠をそろえてから、と考えていた。


 叔父を慕う古参たちを、納得させてからでなければ、と。


 だが、もう待てない。


 叔父は、俺の番に手を出そうとした。


 それだけで、十分すぎるほどの理由だった。


(叔父上。あなたは、決して触れてはならないものに触れた)


 窓の外には、細い月が浮かんでいる。


 あの満月の夜から、まだひと月も経っていない。


 あの夜、俺は誓った。


 もう二度と、この手を離さないと。


 けれど今夜、本当の意味で分かった。


 あれは、誓いなどという生ぬるいものではない。


 彼女を失うかもしれないと思った瞬間、世界のすべてが色を失った。


 あの恐怖を、二度と味わうつもりはない。


 アイリスを傷つけようとする者は、誰であろうと許さない。


 たとえそれが、血を分けた叔父であっても。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。