↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】役立たずと捨てられた令嬢ですが、森で拾ったモフモフ子狼(皇帝陛下)に番として溺愛されています  作者: フトダマノミコト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/17

第12話 嫉妬すると子狼になる皇帝陛下

 皇宮で暮らしはじめて、十日が過ぎた。


 私に与えられたのは、皇帝陛下の私室のすぐ隣にある、日当たりのいい部屋だった。


「お、隣ですか……?」


「何かあったとき、すぐに駆けつけられる」


 ルーヴェン様は、当然のような顔でそう言った。


 薬師として来たはずなのに、部屋には大きな寝台と、ふかふかの絨毯と、色とりどりのドレスが用意されていた。


(これ、どう見ても薬師の部屋じゃないわよね……)


 それでも私は、毎朝、皇宮の薬草園へ通うことにした。


 何もせずに部屋にいるのは、どうにも落ち着かなかったのだ。


 薬草園は広く、帝国中から集められた珍しい薬草が育てられていた。


「アイリスさん、おはようございます!」


 声をかけてきたのは、宮廷薬師見習いのノアだった。


 白くて長い耳をぴょこぴょこと揺らす、兎獣人の少年だ。


 年は私より二つ下で、人懐っこくて、薬草のことになると目を輝かせる。


「おはよう、ノア。昨日の熱冷まし、効いたかしら」


「はい! 料理長の熱、一晩ですっかり下がったそうです。アイリスさんの調合、本当にすごいです!」


「大げさよ。母に教わった通りに作っただけ」


「いいえ、すごいです! 僕、アイリスさんの弟子になりたいくらいです!」


 まっすぐな尊敬の眼差しに、くすぐったい気持ちになる。


 屋敷では、誰かに褒められることなんてなかったから。


(ここに来てよかった)


 人間だと陰口を叩く人も、まだいる。


 それでも、ノアのように笑いかけてくれる人もいるのだ。




 その日の午後、ノアと一緒に珍しい薬草の株分けをしていたときのことだった。


「アイリスさん、土がついてますよ」


「え、どこ?」


「ほっぺたです。ほら、ここ」


 ノアが手を伸ばして、私の頬をハンカチでぬぐってくれる。


「ありがとう、ノア」


「どういたしまして!」


 にこにこと笑い合った、そのとき。


 背後で、ぴしりと空気が凍った。


 振り返ると、薬草園の入り口にルーヴェン様が立っていた。


 公務の合間に様子を見に来てくれたのだろう。


 けれどその金色の瞳は、ハンカチを持つノアの手に、まっすぐ注がれていた。


「へ、陛下……っ!」


 ノアが真っ青になって、その場にひれ伏す。


 ルーヴェン様は、無言のままこちらへ歩いてくる。


 一歩ごとに、まわりの温度が下がっていく気がした。


(ど、どうしよう。すごく怒ってる……?)


「ルーヴェン様、あの、ノアは土を拭いてくれただけで……」


「……分かっている」


 低い声だった。


 分かっているという声には、まったく聞こえなかった。


 ルーヴェン様が、私の目の前で足を止める。


 そして、何か言おうと口を開いた――その瞬間。


 ぽんっ。


 軽い音とともに、ルーヴェン様の姿が消えた。




「…………え?」


 さっきまでルーヴェン様が立っていた場所には。


 銀色の毛並みに、金色の瞳の子狼が、ちょこんと座っていた。


「ル、ルゥ……!?」


 子狼は、自分の前脚を見下ろして固まっている。


 それから、ゆっくりと顔を上げて私を見た。


 その顔には、はっきりと「しまった」と書いてあった。


「キュ……」


「へ、陛下が、陛下が子狼に……っ!?」


 ノアが腰を抜かして叫ぶ。


 騒ぎを聞きつけて、バロンが駆けこんできた。


「何事ですか! ……あっ」


 子狼を見るなり、バロンは額を押さえて天を仰いだ。


「やはり、こうなりましたか……」


「バロンさん、これ、どういうことですか!? 呪いは解けたはずじゃ……」


「呪い自体は、確かに解けております」


 バロンは、言いにくそうに咳払いをした。


「ですが、呪いの名残で、陛下ご自身の獣化の力が不安定になっているようでして。宮廷魔術師長の見立てでは、お気持ちが大きく揺れると、一時的に獣の姿に戻ってしまわれるのだとか」


「お気持ちが、大きく……」


 私は、足もとの子狼を見下ろした。


 子狼は、ぷいっと顔をそむけた。


 さっき、ノアが私の頬を拭いたときの、あの凍りつくような空気。


(それって、つまり)


「……やきもち?」


 子狼の耳が、ぴくっと跳ねた。


 森の小屋で、トマスに唸ったときとまったく同じ反応だった。


「ふ……っ」


 こらえきれずに、笑いがこぼれる。


「ふふっ、あははっ!」


「キュウ!」


 抗議するように鳴く子狼を、私は思わず抱き上げた。


 ふわふわの毛並みが、腕いっぱいに広がる。


(ああ、ルゥだ)


 この十日間、ずっと恋しかった感触だった。


「ルゥ、久しぶりね!」


 ぎゅうっと抱きしめて、首もとに顔をうずめる。


 ふかふかで、あたたかくて、日だまりの匂いがした。


 腕の中で、子狼がじたばたと前脚を動かす。


 けれど、本気で逃げようとはしない。


 その証拠に、尻尾はぶんぶんと揺れていた。


「あ、あの、アイリス様……」


 バロンが、なぜか遠い目をして言った。


「お忘れかもしれませんが、それは皇帝陛下です」


「……あ」


 私は、腕の中の子狼と目を合わせた。


 金色の瞳が、じっと私を見上げている。


 さっきまで、その瞳の持ち主は、銀髪の背の高い男の人の姿をしていたわけで。


 私は今、その人に頬ずりをして、首もとに顔をうずめていたわけで。


「…………っ!!」


 かあっと、顔が燃えるように熱くなった。


 けれど、どうしてか、腕を離すことはできなかった。




 子狼の姿は、半刻ほどで元に戻った。


 戻る瞬間、ルーヴェン様は気を利かせたバロンの手で、私の部屋に運びこまれていた。


 獣化の力そのものはルーヴェン様のものなので、衣服ごと元の姿に戻れるらしい。


(それは、本当によかった……)


 森の小屋の朝のようなことになったら、今度こそ心臓が止まってしまう。


「……情けないところを見せた」


 人の姿に戻ったルーヴェン様は、長椅子に深く腰かけ、片手で顔を覆っていた。


 耳の先まで、ほんのりと赤い。


「あの兎の少年に、他意がないことは分かっていた。分かっていたんだが……お前に触れているのを見たら、頭に血が上った」


「ルーヴェン様」


「皇帝が、薬師見習いの少年に嫉妬するなど。笑ってくれていい」


 私は、長椅子のそばにしゃがみこんだ。


 顔を覆う指の隙間から、金色の瞳がのぞく。


「笑いません。……少し、嬉しかったので」


「嬉しい?」


「はい。ルゥのときも、トマスさんに唸っていたでしょう? あのときも、私、本当は嬉しかったんです」


 誰かに、こんなふうに大切にされること。


 誰かに、取られたくないと思ってもらえること。


 それは、生まれて初めてのことだった。


「それに、子狼のルゥにまた会えて、嬉しかったです」


 ルーヴェン様が、ゆっくりと顔から手を離した。


 それから、少しだけ拗ねたように眉を寄せる。


「……子狼のほうがいいのか」


「え?」


「さっきのお前は、子狼の俺にはあんなに頬ずりをしていた。人の姿の俺には、目も合わせてくれないのに」


「そ、それは……!」


 だって、人の姿のルーヴェン様に頬ずりなんて、できるはずがない。


 想像しただけで、顔から火が出そうだった。


「それは、その……人の姿のルーヴェン様は、近くにいるだけで、心臓がうるさくなるので……」


 小さな声でそう言うと、ルーヴェン様が固まった。


 それから――ぽんっ。


 軽い音とともに、目の前の長椅子に、銀色の子狼が現れた。


「…………」


「…………キュ」


「ルーヴェン様……今のは、どのお気持ちで……?」


 子狼は答えず、長椅子の上で丸くなって、ふわふわの尻尾で顔を隠してしまった。


 その尻尾の先が、ぱたぱたと嬉しそうに揺れている。


 私は、もう一度笑ってしまった。


 笑いながら、胸の奥が甘く、少しだけ苦しくなるのを感じていた。


(どうしよう)


 この人のことが、どんどん好きになっていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。