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×愛ーカケアイー  作者: 菜乃音


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06 目指す先に交わるもの

「全員揃っているな。先ほど紹介した通り、私はコマンダー。君たちの担任であり、今回の試練における所謂試験官だ」


 春はコマンダーと名乗る人物に、開いた口が塞がらなかった。

 芯のあるダンディな声色でこそあるが、目の前にいる教師兼試験官は明らかに別格なのだから。


 ただ立っているだけでも感じられる風貌は、紳士よりであるがダンディな男前に近い。


「おいおい、俺の彼女が居ないのは揃っている、でいいのか?」


 明らかに機嫌が悪いのか、劫は手を挙げるなり口にした。

 確かにこのクラスは四人だが、劫の彼女である秋風(あきかぜ)雫(しずく)が休みなので全員とは言い切れないだろう。


 彼女を蔑ろにされるのを劫は何よりも嫌っているので、その癇に障ってしまったのだ。


 コマンダーは持っていた書類を教卓に置き、全員に目を向けている。


「雫、劫、春、緋奈、四名であるのは知っている。今日、雫が休みだと言ったのは雫自身の連絡であり、劫も伝えにきた、間違いはあるか」

「……ない、です」

「間違いがあるなら訂正は許そう。だが、私の傍まで距離を詰めることだ」


 コマンダーの物言いは間違いなく、強者そのものだ。

 洗練された立ち振る舞いに、相手を見る視野の広さ、思考の奥深さに広さを兼ね備えている。

 疑う余地もなく、組織の人間で間違いないだろう。


 春自身、組織は一つしか知らないが、思い返せばコマンダーを偶然だが見たことある。

 だからこそ、全身の細胞は今も震えているのだ。


 緋奈を横目で見ると、ただ凛とした様子で、背筋を伸ばして椅子に座っている。

 姿勢を崩さないのは流石の一言だが、ここまで冷静でいられるのも不思議だ。


 劫に至っては、文句が言えなくなったのか、椅子におとなしく座っている。


「……劫を簡単に」

「木藤くん、あの人は恐らく、あっち側の人間。簡単に手は出さないこと」

「忠告ありがとう。恐らくじゃない、間違いないよ」


 緋奈が小声で口にしたのは、物申すことではない、からだろう。

 コマンダーは先ほど『傍まで距離を詰めること』と言ったので、逆に言えば距離さえ詰めなければ小声での会話を許すものと取れる。


 クラスが四名だけとはいえ、全員の性格を既に把握している。手練れなのは緋奈の予想通りだろう。


「このクラスはそもそも、どういった集まりになっているか、答えられるか」


 すかさず手を挙げたのは、緋奈だ。


「はい」

「鳥羽緋奈だな」

「はい。極秘独立機関である、ネノプロジェクトへ入る……目指すために集められた、推薦者及びに試験を突破した者たちです」

「そうだ。今日から君たちは、試練を受けてもらう、それが私から言える最初で最後の試練だ」

「……試練はまだ始まっていなかった、ということでしょうか?」


 春は挙手をせず、疑問をぶつけた。

 無視をするならそのまま流させて、後で情報収集するだけで十分な発言に匹敵する。


「そうだ。以前、二階を水に満たされただろ。あれはあくまで、君たちの今の力量を図る小手調べにすぎない」

「おいおい、小手調べにしては殺しにかかってなかったか?」


 劫の言葉は無視をするようで、コマンダーは春と緋奈の方に体を向けている。


「春。君は緋奈との合流を優先し、廊下の月明かりを頼りにして窓を割ったのは素晴らしかった。そして緋奈。君は準備周到、合流してからスムーズなハンドサインへの誘導は見事だ。水中じゃ口があっても足りないから、組織間での基礎そのものだ。恐らく、春が来なくても水中で生き残れる見込みを立てた用意もしていたのだろう」


 緋奈はここまで見抜かれているとは思わなかったのか、椅子がズレる音を立てていた。


 続くように、劫と雫のペアについて評価もしていたが……驚くほどに酷評の嵐で、二人は一体どうしたらこの評価を叩きだすのか疑問になるほどだ。


 紳士的な物言いだからこそ、劫も反論の余地が無いようで、机にへばってしまっている。


 コマンダーは咳払いを一つしてから、全員を見ていた。


「ここまで言ったが、私からすれば全員不合格だ。とはいえ、春と緋奈が初日で動きを見せた、そこだけは評価しよう」

「ひっでぇくらい俺と雫を貶しといて、こいつらは褒めんのかよ……いや、まあ、反論はないけどさ……」

(……劫がここまで折れるの、コマンダーの実力、言葉あってのものか)


 劫は高校一年生の時、担任に何を言われても動じない、それほどまでに折れない性格だ。

 自由気ままなのが劫であるが、ここまで飼い馴らされる(手玉に取られる)のは見たことが無い。


 手綱を握れるのは、劫の彼女である雫くらいとしか思ってこなかったのだから。


「君たちに言っておこう。この先もネノプロジェクトを目指す気があるのなら、君たち四人に足りないもの……協力関係を身に着けることだ。協力関係以上、恋愛対象になろうと、組織のルールには反さない。だが、今の君たちには助け合う、互いを認め合う気持ちが足りていない」


 コマンダーが言い切るなり、緋奈と劫は手を挙げていた。

 ちゃんと挙手をするのは、二人が律儀だからなのだろう。


 それかコマンダーという存在が、恐ろしいものだと裏付けているのかもしれない。


「俺は反対だ。俺は雫を守る、紳士と書いて騎士だ。雫が淫魔の血統だからは関係ない、俺がこの手で――未来永劫守れるように、そのために組織に入っているんだからな」

「私は確かに、木藤くんにその時は助けてもらいました。ですが、彼はまだ紳士として未熟ですし、危険なことであれば私一人でやり通す方が成功率は高いです」


 劫は彼女との未来の為に、緋奈は自分の信念の為に、といった様子で、この間だけでも二人の行く先の違いが明確に出ている。


 その二人に置いて行かれている……春はふと思ったが、別に口にする気はないので、コマンダーの言葉を受け入れていた。

 実際、春は今までと違い、緋奈との協力については深く了承している。

 一人で切り抜けるよりも、緋奈の力があれば安定性や……春に足りない心の支えがあると、感覚的には理解しているからだろう。


 ただ、それを言葉にできないだけで。


 春が二人と違って黙っていると、コマンダーは春へと視線を向けていた。


「春、君はどういう心境かな。この中では誰よりも、二人の意見に賛成できるのは君の筈だが?」


 春は黙って立ち上がった。

 コマンダーの発言は、抹消されているはずの春の過去を知っているからこそできるものだろう。


 未来を望めなくなった、関係を望めなくなった、その過去を。


 偽った言葉は通用しないと理解できるからこそ、春は深く息を吸い込み、真剣に真正面を向いた。

 馬鹿にされてもいい、否定されてもいい、春が春らしくあれると、ぎゅっと握り締めた拳が力を伝えているから。


「僕は……僕は……失うものは既に無い。だから、だから、僕は僕の目指す、紳士になりたい。この手で守れるものを、失う前に誇れるように、僕が僕であると示すために」


 春の気持ちは、ずっと一貫している。

 足りないのはただ、歩みだすための一歩を何回も未来に重ねる、それだけだから。


 コマンダーは手元の資料に目を落とし、ゆっくりと春を見て、緋奈を見て、劫を見て、春を見る。


「春。君は紳士から一番かけ離れている」

「……でも、僕は――」

「そして何よりも、紳士に一番近いのも君だ」

「え?」

「それは既に、君のペアである彼女、そして親友が見抜いているはずだ」


 コマンダーは確かに、人の本質を見抜いている、と劫の時点で春は認識していた。

 だからこそ、コマンダーの発言に脳の処理が追い付いていないのだ。


 立って固まったままの春を注意することなく、コマンダーは同意書や学校の配布物を三人の机に分けている。


「今日、君たちは家に帰り、目標を定めるといい。ペアと話、存分に。では、解散だ」


 コマンダーが教室を後にすると、緋奈はゆっくりと近づいてきていた。


「木藤くん、具合悪い?」


 緋奈がおでこに手を当ててきたことで、春はようやっと体の感覚を思い出した。


 春は目をぱちくりとさせてから、ようやっと呼吸を覚える。


「……大丈夫だよ、鳥羽さん」

「無理は禁物。あの人が解散と云ったのだし、私たちは帰りましょうか」

「お二人さん、どうせ帰り道は同じだし、一緒に家まで帰ろうぜ」

「あら、随分と縮小したようで」

「うっせぇ」


 春はこの時、初めて会話で笑えたのだ。

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