05 集うもの達の花園
春休みが開ければ、始業式の日が幕を開ける。
この瞬間、この時から、正式に高校二年生を迎えたのだ。
二年生となったわけだが、特に日常が変わることはない、とその時までは思っていた。
昇降口での噂を無視して、春は指定された教室へと向かっていた。
ドアを開けると、教室には既に二人登校していたようで、クラスメイトがほぼ集合した状態となっている。
見渡すと当然のように、同じ屋根の下で過ごすようになった緋奈が席に座り読書をしているので、クラス関連でも関わるのは必然になるのかもしれない。
春が自分の席に座ると、待っていたかのようにもう一人のクラスメイトが近づいてきた。
「よお、春。元気だったか? それともあれか、孤独で寂しくて、ママのミルクでも飲みたかったか?」
「おはよう、劫。朝から英国ジョーク気取りでうざいぞ」
辛らつだな、とへらへら笑うのは、宮司劫。
春の悪友であり、高校生活で初めて同じ学校に通うことになった、紳士柄の古き関係でもある。
赤みがかった黒い瞳に、整った顔立ちにショートの髪。
傍から見ればイケメンだ。しかし、劫は彼女一筋故か、性格や素行さえよければ文句はなかったのだろう。
「おいおい、俺は紳士っていうか、騎士、だ。あれか、スーツは紳士の鎧、って云うように、春の制服がさり気なく新調されているのと関係あるのか?」
春の制服がブレザー風に変わっているのは、朝出る前に緋奈から新しく渡されたのを着たからにすぎない。
今までのままでもよかったのだが、今後を考えるなら、と緋奈の押しに負けて着ることになったのだ。
緋奈からすれば似合っているそうなので、特に違和感ないのも含めて問題はないだろう。
劫は性格こそ自由気ままだが、視野の広さや相手を見る力量だけで言えば、特殊な訓練を受けた中でも頭一つ抜けているのは間違いない。
「どっちでもいいだろ。ていうかさ、彼女はどうしたんだ? 最後の一人」
「おいおい、俺の彼女は俺だけの特別だぜ?」
このクラスは四人で全員。春に緋奈、劫とその彼女。だからこそ、校門や昇降口で噂になっていたのだろう。
姿が見えない劫の彼女は正直、慣れるまで苦ではあったが、劫と一緒に登校していないのは不思議だ。
劫は春の机に寄りかかるようにし、苦笑気味に口にした。
「ああ、まあ、雫は少し前に熱が出てな。だから今日は、安静にするために休みにしてもらったんだ」
「彼女のために努力する、か。劫は、やっぱり優しいな」
「素直な春ほどじゃないさ。俺は彼女のためだけで、春みたいな紳士じゃないからな」
ここで紳士というワードを口に出さないでほしいのだが、劫には何を言っても無駄だろう。
口にしたところで、ひょいひょいと流すのが目に見えているのだから。
自由気ままに答える劫を横目に、隣の席に座っている緋奈を見ようとした時だった。
「そういや、試練は珍しく、春は鳥羽と一緒みたいだな。ペアって事だろ?」
「なんでペア呼び? まあ、ペアなのかは未だに謎だけど……」
伝えていいのか悩んだが、劫が知っているのを見るに、緋奈もこちらの会話に耳を傾けているのだろう。
もし何かあれば、緋奈が止めてくれると信じて、春は頷いて答えた。
「そうだね。僕は鳥羽さんと同じ試練に挑む者だ。一回目の試練も、鳥羽さんのおかげで助かったよ」
「へー、意外だな? 俺は鳥羽と所属組織が違うけど、選抜や推薦でそんないい話聞いたことが無いけどな?」
「あのさ、さり気なく極秘情報を口にするのはやめような?」
緋奈が止めないのは良いが、流石に不味いと思ったのだ。
劫は確かに悪友で、気心の知れた仲とも言えるが、他人の情報を息のように吐き出すのは忌み嫌われる行為だろう。
関係を思えば、情報を握られている方が悪い、としか言いようが無いのも事実だが。
ため息をつくと、劫は距離を詰めてきた。
元から近かった距離が、含みのある距離へと変わったのだ。
春は正直、嫌な予感しかなかった。
「ところで春君や」
「お前は君付けするな、寒気がする」
「おかずにシークレットソースはかけたのかい?」
「……はぁ?」
理解が追い付かず、春は反応しかできなかった。
「恥ずかしがる必要はないだろ? 学校の中でも美少女と呼ばれる鳥羽と一緒、それはつまり春にとって独占できるおかず」
「お前と価値観を一緒にするな、論理感欠如の下ネタ野郎が」
「紳士とはいえ、組織の目で見れば、諜報機関さながらの情報屋だ。それはつまり、同じ屋根の下で彼女のラブボディを想像する必要なく、肉眼へと移し血へと変えられる。安心しろ、俺のシークレットソースは彼女限定だ、奪う気はない」
問題はそこじゃないと春は思ったが、どこから突っ込めばいいのか迷子になりかけている。
言葉責めが下ネタなのは、劫じゃなければ許されなかっただろう。
実際、劫はモラル的な注意を散々受けてこそいるが、むしろ悪化した方なのだから。
劫が彼女とやることやっている、というのは春も知っているので、隠喩含めた発言についていけるのだが。
「組織の監視が無い、それはつまり、春が鳥羽を――」
「そこまでよ、ホワイター」
「おいおい、なんで俺のこじつけられたコードネームをあんたが知ってんだよ」
会話を止めに入ってきたのは、緋奈だ。
緋奈の席を見ると、読んでいた本が机に置かれているので、危険と判断して近づいてきたらしい。
「……ブレザーに長袖のブラウス系シャツ、長めのスカートか。どれも、このために新調した感じか」
「推薦者及び受験者、また試練者と試験者。その間における個人及びに組織関連の話をするのは駄目と知っているでしょう」
「もしくは、古い方は春に汚さ――」
「劫、それ以上は鳥羽さんへの侮辱と判断して、僕が手を出すよ」
「おいおい、既に出しながら言うなよ」
春は止めるように、劫の顔を鷲掴みにしただけにすぎない。
力を入れていないので、相手への脅し、といった牽制だ。
劫が春の指を一本ずつ離していると、緋奈が肩をすくめていた。
「……私、あなたは苦手なタイプ」
「嫌いなら嫌いって素直に言った方がいいぜ?」
「皮肉? 嫌でも顔を合わせる存在、組織規模で見れば嫌う必要は無いに等しい」
「真面目なこった。こりゃあ、純白だな」
変なことに巻き込まれないように、と耳打ちして席に戻る緋奈は、春の事を心配しているのだろうか。
春は緋奈を目で追ってから、改めて劫を見た。
「劫、頼むから鳥羽さんを悪く言うのはやめてくれないか?」
「春がそこまで肩入れする相手か、気に入った。まあ、気に入ったのは鳥羽ってよりかは、人柄だ」
劫の言い方は気になる部分こそあるが、気にするだけ負けだろう。
劫はこれでも人として駄目な部分があっても、輪に入った人を大切に思うタイプなので、人付き合いが悪い春が言えた立場で無いのも事実だ。
その時、朝の始まりを告げるチャイムが鳴り響いた。
時間は厳守しているのか、劫は速やかに窓際の緋奈とは反対の廊下側の席……春の隣の席に戻っている。
劫と緋奈の間の席である以上、二人のぶつかり合いがあった際は逃れることが出来ないのだろう。
劫が席に着くのと同じくして、教室のドアが開いた。
「……誰だ、このスキンヘッドのおっさん。侵入者か?」
「見たことないわね。誰かしら、お坊さんのモノマネしている、ひと?」
どうして二人はこの時だけ意見が合うのだろうか、という疑問を春は浮かべかけた。
浮かべこそしたが、紳士的でダンディな眼鏡に、ゆとりあるベストを着ている男の教師に、尋常じゃないほどの圧を覚えている。
入ってきただけでも異様な雰囲気を醸し出している教師は、次に驚くべき言葉を口にしたのだ。
「私はコマンダー。コードネームだ。そして、君たち四人の担任であり、試験官だ」
この瞬間から――今までの試練は始まりじゃなく、ただの様子見だったのだと、初めて思わされることになる。




