02 家事分担という掛け持ち
荷物の整理を終えてから、春は一階のリビングへと戻ってきた。
用意されていた家は二階建てになっており、二階に春と緋奈がそれぞれで自室を持つことになった。そして一階には、リビングや洗面所、お風呂などと言った生活スペースが広がっている。
内装は白い壁紙に、明るめのフローリングというシンプルな作りだ。
そのシンプル故の明るさは、人が出入りできる大きめの窓がリビングへと光を吸い込み、星のような煌めきをより深く体感させてくる。
試練一つで二階建ての家を丸々用意されているのだから、試練に挑む者としては有難い限りだろう。
家よりも高い壁で庭が外と分断されていなければ覆われていなければ、ほのぼのとした暮らしの一つでも想像できたのだろう。
不幸中の幸いか、庭が広めなのもあって、太陽の光が庭から吸い込まれるように家の中に入ってくるのは幸せを実感できるというものだ。
リビングを改めて見渡していた春だが、ふとあることを思い出した。
(……そうか、女の子と、異性と、同じ屋根の下で過ごすのか。ましてや同級生!?)
こんなところで緋奈に出会うと思いもしていなかったので忘れていたが、今後というよりも、試練の間は必ず春は緋奈と同棲生活を送ることになる。
春は異性に対しての耐性はある方だろう。だけど、緋奈と改めて対面した瞬間に、春の中ではどこか違和感を覚えたのだ。
緋奈のことは少なからず知っているだけではなく、学校では必ず顔を合わせることになる。
それくらいは割り切って堂々と構えて平静を装うべきだが、奇妙な感覚を覚えた春にそれを実行できる自信が今のところない。
現状、緋奈は組織的な淑女、春は目指すべき紳士のひよっこ、といったお互いがお互いを証明しきっている状況だ。
緋奈には散々な評価をされてこそいるが、それは春自身が未熟故だと、本人が空の青さよりも理解している。
「にしても、立ってるのも暇だ」
「時間が余っているのなら、少しは生活を考えた方が身のためよ」
「うお! びっくりしたな。いきなり後ろに立つなよ」
「わざとらしい。部屋を確認して、気持ちが落ち着いて、言葉がほどけているんじゃないの?」
ぐさぐさと鋭利な言葉で刺激してくる緋奈は、まるで扱いを分かっているようだ。
後ろを振り向けば、緋奈は小さなノートとシンプルなペンを手に持って立っていた。
ブラウスにフレアスカートの着合わせだからか、持っているものだけでも絵になるのは流石だろう。
もしくは元である緋奈の容姿が良いからこそ、見栄えを気にせずとも自然な振る舞いで輝いているのかもしれない。
ふと気づけば、緋奈は春が改めて入ってきた時と同じように、何もないリビングを見渡していた。
リビングはあくまでテーブルなどの物は用意されておらず、備え付けられたキッチンに必要最低限の物が置かれている状況だ。
リビングが広々としているだけでなく、窓から光が差し込んでいるせいか、まごうことなき新居である様子を見せている。
「気を抜きすぎ。警告よ。恐らく、初日でも試練は牙をむく。いつだって自身の身を守れるようにすること」
「……そういう、えっと……鳥羽さんはどうなんだ?」
「名字くらいは覚えていたのね。木藤くんは自分のことだけを気にすればいい」
火を見るよりも明らかというべき程に、緋奈はどうしても春と距離を置きたいようだ。
それでも試練に関することを共有するのは、少なくとも共同関係の自覚があるからだろう。
(鳥羽さんか。今までとは絶対に違うな)
春自身、別の試練は何度か受けてきたが、その間の相方は春の実力についていけずに脱落している。だからこそ、緋奈には期待……いや、信頼できる意志が見えているのだ。
「別にいいわ。少なくとも、残れないでしょうし」
「ひどい評価のままだな。まあ、僕はこのペンがあるからいいけど」
「ペン一つでどうにかできると思っている、お気楽な頭には吐き気がするわね」
「お手洗いは既に確認済みだけど、ごみ処理施設までは配備されてなかったかな」
緋奈がジト目を向けてくるので、ジョークに対して煽り返すのは程よい塩梅が必要なのだろう。
呆れたように息を吐き、緋奈は持っていたノートを開き、ペンを走らせていた。
覗いていいのか迷ったが、緋奈が見せるように書いているので問題はないのだろう。
「紳士を目指すなら、まずは相手の確認を取ることね」
「僕は僕の紳士を目指すので、お気になさらず」
「これは忠告。プライバシーくらいは覚えておくもの」
緋奈の発言はごもっともなので、春は頭の片隅に置くことにした。
「……今書いたのは、最低限な生活をするのに必要な家事の分担」
「あー」
「どうして目を逸らすの? もしかして、何もできない紐とか言わないわよね?」
「いや、できるよ、うん」
目を泳がしていると、緋奈が距離を詰めてきていた。
緋奈のブラウスはゆったりとした余白があるのか、緋奈が春よりも背が低いおかげで、何気に目のやり場に困ってしまう。
男心としては女の子の服が少しでもズレようものなら、目を逸らしたくなる衝動に直結する時があるのだ。
緋奈の整った体型に対して、女の子らしいふくらみは着痩せでより小さく見えていただけなのだろう。
軽く見えそうになったふくらみの園から視線を逸らすように、春は緋奈の顔を見た。
本能的とはいえ、緋奈との距離的にも慣れるべきなのだろう。
元から顔だけを見ればいい話なのだが、視野の広さ故に避けられない道でもある。
不思議そうに緋奈が首を傾げるので、自身の仕草一つで弄べるものを理解していないようだ。
「えっと、掃除や洗濯とかならできる。料理はカップめ――」
「ふざけてるの? 栄養管理を知らないの? 洗濯はそれぞれでやるとして、掃除は木藤くん、料理は私で分けましょうか。明日もあれば、の話だけど」
「分かったから、ペン先を向けないで!」
緋奈の言う明日が、今日を乗り越えた後か、それとも命を代償とした意味なのか、真相を知るのは緋奈だけだ。
買い出しや掃除の細かさを春が担当、組織の連絡関連や料理は緋奈が担当、と一目でわかる分担が細かく書かれた紙を緋奈は渡してきた。
「ありがとう」
「何も一人で出来ない紳士、私じゃなかったらフォローされてないわよ」
「……なんだかんだ言って、助けてくれるのは鳥羽さんが優しいからだよな」
「や、優しさに甘えないの。私は、ちっとも優しくない。……ええ、優しくは、ないの……」
緋奈の様子を見るに、過去に何かあったのは間違いないだろう。
うつむく緋奈に対して、深入りする必要も、言葉をかける必要もないが、これだけは口にしておきたかった。
「鳥羽さん自身が優しいかどうかは、先も言ったけど、僕の行動を見てから決めるといいよ。……君のお父さんが勇敢であるように」
「私のお父様を知っているの?」
「どうだろうね」
「……失うのが怖いなら、誇れるように行動しなさい」
「うん、知ってる」
失っても、それを誇れるのなら、立派と言えるだろう。
その経験が今までの人生で一度もなかったからこそ、一度は出会いたいと春は願っている。
「木藤くんは、不可解ね」
「誉め言葉をどうも」
この一連の流れがコミュニケーション、緋奈なりの優しさ表現だと春は思っていた。その時までは。




