01 交り合う運命を始めよう
(……どうしてだ? 何も聞いてない)
高校生活二年生を迎える前の春休み、木藤春は出会った人物に固まるしかなかった。
新しい家のリビングに入った瞬間、予期せぬ人物に出会ったのだから。
「あなたが同じ家……同棲相手……」
「そのセリフ、そのままお返しするが?」
春はとある推薦を受けて、組織に入るための試練を受けることになった。
そのため春休みの終盤に引っ越しをし、新しい家から学校に通うのは理解していたつもりだ。
理解こそしていたが、同棲になる、とは聞かされていなかったのである。
目の前の彼女は、春に対してジト目を向けてこそいるが、淑女のような雰囲気を持っているせいか着飾る程度の圧にしかなっていない。
むしろ淑女の雰囲気を持っているせいか、立ち振る舞いが圧になっているのだ。
「先に自己紹介をしよう。僕は木藤春。君のことは……一方的に知っている。というか、通う学校で知らない方が無理あるくらい人気の同級生」
「無理やり紳士風に言わなくてもいい」
ばっさりと会話を切ってくる彼女――鳥羽緋奈。
キューティクルが引き締まった艶めきあるライトブラウンの髪。
ポニーテールが緋奈の雰囲気を引き締めているのか、緩やかに揺れる髪が視界を泳いでいる。
見える白い肌は肌荒れをしらない赤子肌のように、水滴すらも弾きそうな程に柔らかく、行き届いた手入れが垣間見える。
落ちついた目鼻立ちに、広がる視界の中に映る、透き通るような茶色の瞳。
見ているだけでも吸い込まれる、そう思えるほどに緋奈の瞳は鮮明なほどの輝きを持っていて、魅了されてもおかしくないほどだ。
春自身、緋奈とは関りが無いどころか、憧れの人から自慢話として聞いたことがある程度の認識だった。
それが今になって、引っ越し先の家、ましてや同じ屋根の下にいるのは不可解なものだろう。
「木藤くん、私はあなたより少なくとも立場は上だと思っているの」
(……にしても、同級生、異性の私服姿なんて初めてみたな)
「そもそも、あなたはどうしてこの家に来たのか、それくらいは理解しているの?」
緋奈から質問攻めにあっているが、春はふと見惚れていた。
緋奈は現在、学校では見ることがない私服姿だ。
白の長袖ブラウスに、黒のフレアスカート。まさに淑女とでも言うべき雰囲気ある服を着こなしている。
緋奈の容姿は一言で言ってしまえば、華奢な美少女と称すべきだろう。
少なくとも同じ立場を知っているからこそ、緋奈の持つ体型は彼女の理想めいたものだと理解できる。
ゆったりとした服装だからか、発達途上に見えがちだが、同年代で言えばある方だろう。それは、学校で噂をしている狼たちの言葉を聞いていれば、異性に疎い春でも理解ができる。
まじまじと見るのは紳士としては恥だと春は知っているが、緋奈を見る目は休まらなかった。
とはいえ、じっと見て緋奈の質問を聞き流している状態なので、緋奈からは蔑んだ目を向けられ始めている。
始めているというよりも、元から向けられていたが正しいだろう。
「はあ。私からすれば、紳士失格よ」
「いきなり散々な評価だな? たまたま横切った昆虫に驚いて、相手の評価を固めたか?」
「愚問。私が視線に気づいていないとでも? 紅茶を嗜みながら相手を見るよりも分かりやすい。ましてや、木藤くんは見たところ、すごく素直そうで、組織の中では原石そのもの」
呆れたような物言いをする緋奈に、春は言葉が出なかった。
出なかったというよりも、紳士失格、と言われたのが驚きだったからだ。
この家に来た理由の一つが試練を受けることである。
その試練の目的は紳士や淑女という名目ではあるが、実際は特殊機関である組織に入るための試練だ。
極秘も極秘、世界から独立した機関である組織――ネノプロジェクトに入るための一歩、春の目指すべき紳士像の最終地点とも言える夢である。
それを緋奈は『紳士失格』と言って春の現状ある紳士たる気持ちを否定したのも同然だ。
「随分な物言いだな。初対面の相手に云うようなことじゃないだろ?」
「悪いことは云わない。この試練から辞退することを勧める」
言葉のキャッチボールをしない緋奈は、何があっても春を否定したいのだろう。
「知っての通り、無理に命を落とす真似をする必要はないの」
「命をかけるほどの価値があるから、僕はこの場に立っている。あれか、何者になるために、理由が必要とでも?」
「理由を口にして、理想論でも語って気持ちよくなるつもり?」
「淑女って言葉を辞書で調べることをお勧めしようか?」
春は正直、緋奈が淑女と呼ばれる理由が不思議でしょうがなかった。
緋奈は傍から見れば、異性であろうと同性であろうと憧れる美少女であり、凛としておっとりとした雰囲気を持ちながらも、謙虚で誰にでも平等に接する人柄がある。
成績優秀、運動の能力抜群、それらを含めても彼女は誇ろうとしない。
その過程を踏まえたところで、想像の形と似つかないと言える。
目の前に居るのは間違いなく、淡々とした口ぶりで、春という紳士の皮を被った存在を駆逐せんとする、一言で悪魔そのものだ。
一呼吸という隙も見せず、ゆったりとした様子でこちらを見てきている。
「口の利き方くらい覚えることをお勧めする、とでも言ったところね」
「なに、喧嘩売られてる?」
「売るつもりもない。私の見立てが正しければ……私しか残らない、売る相手すらいなくなる」
そう言い切った緋奈は、どこか寂しそうで、朧気だった。
そこに居るのに、そこに居ないと思えるほどに、緋奈の言葉に真意が見えないのだ。
試練を受ける前に初めて聞いたが、この試練を受けるためには別にある組織内の評価が必要だと聞いたことがある。
緋奈は言葉を聞くに、此処に至るまでに傷跡とも言える、別の事情を持っているのだろう。
春自身、緋奈の今の距離感を置いても、深く触れるつもりはない。
とはいえ、一つくらいお節介を、存在感を残したくなるものだろう。
「なら、僕が今までの全てを変える存在だよ。誰が保証するって言われたら、僕自身が保証の対象さ」
「木藤くんが紳士だったら、私はきっと、受け入れていたでしょうね」
やはりというべきか、緋奈は今までが不安定だったのだろう。
春は確かに紳士と言い難い、むしろ紳士から一番かけ離れているし、紳士に一番近い存在と、ある人によく称される方だ。
皮肉な評価を交えられているが、春は折れることのない確かな志を持っている。それを、この試練の中で緋奈に見せることが証明と言えるだろう。
「――僕のことを、同じ存在だと思わないことだ」
「そう。頭の片隅にでも置いておくわ」
緋奈は背を向けたかと思えば、軽く手を振って、リビングを後にしていた。
(僕は、僕の目指す紳士になってみせるから。鳥羽さんが居ようと……絶対に)
春は確かな意志を固く持ち、拳をぎゅっと握り締めている。
この家での出会いが緋奈との初めての関わりでありながら、今後を大きく変えるものだと、この頃の春は想いもせずに。




