12 人の数だけ日常はありふれている
四人だけのクラス。
ましてやそれが組織関連、ネノプロジェクトを目指しているのだから、学校生活という日常も大きく変わると思っていた。
そんな春の考えとは裏腹に、ただまったりとした日常だけが流れている。
春と緋奈、劫と雫、それぞれのペアが思うように、各々の目的のために考えて行動する日々。
緋奈からは、勉強も運動もキチンとこなせるようにしとくこと、と春は少し前に有難いお言葉を貰ったほどだ。
実際、学生生活に異常をきたすようであれば、方針から見ても中止になることが明確なのかもしれない。
最低限の保証。それだけが、唯一心が休まる瞬間なのかもしれない。
そんな日常でありふれている本日、春は劫と共に体育館に居た。
現在は体育の授業だが、四人クラスなのもあって貸し切り状態だ。
コマンダーの指示で自由にするのを許されているが、授業であるので体育館から出るのは禁止とのこと。
「体育館の物はなんでも使っていいっていうけどさ、困ったもんだよな」
「この場にあるもので見出す、実にいい判断だと僕は思うけど?」
「春はたまに大人だよな」
「……どこ見てんだ?」
劫が会話をそっちのけで、遠くを眺めていた。
劫の眺めていた先を視線でたどると、春は首を横に振りたくなってしまう。
視線の先には、緋奈と雫が立っていたのだ。
緋奈と雫は体操着に着替えてやってきたところらしく、何気に二人の距離が近いのは新鮮だろう。
「いやー、ジャージを着てないぴちぴちな体操着、そそるよな!」
「わざと声でかくしてるよな? この、エロ野郎が」
「春、見ろよ。体操着を押すほどの大きな賜物だ! いや、一つは整いすぎてるけど、俺の彼女がや――おごっほりねすぅ……」
鼻の下を伸ばすどころか、顔面の表情筋をゆるゆるにしていた劫に、春はすかさず肘を入れこんだ。
劫の言っている通り、雫の体操着姿はやけに強調されているものがあり、並大抵の男心であれば鳥が容易く羽休めをしてしまうだろう。
大きいだけに価値があるのか、と春は疑問に思っているが、大きいが正義、それが男という生き物で納得している。
納得こそしているが、肯定しているわけではない。
実際、緋奈の体操着姿は美しいのだから。
季節的に長袖で隠されている白い肌は露わになっており、後ろで結ばれているポニーテールが目に眩しいほど輝いている。
整った立ち仕草はまさに淑女でありながら、凛とした花のように可憐だ。
気づけば、緋奈と雫はこちらに近寄ってきていた。
「あはは~。しゅんしゅん、相変わらず劫には容赦ないね。まあ、劫が十中八九悪いのは分かるけど」
「別に。僕は劫が禁忌を侵さないように、被害を抑えているだけだよ」
「よし! じゃあ、俺と雫、春は鳥羽と、体育の授業を完遂な」
「別に、分かれる必要はなくないか?」
と春が言えば、劫は先ほどの事を気にした素振りもなく、肩に手を置いてきた。
「ペアを知ることも、今後の為だ」
「……お前さ。雫と二人きりで遊びたいだけだろ」
「それにさ、ボールは二つしかないから難しいだろ?」
「おい、なんでさり気なく一セット減らしやがった? てか、やっぱりそうじゃねえか」
「この場で減らした方がいいかしら?」
「あはは、ほどほどにね~」
雫は明らかに俯瞰者よりも被害者ではあるが、劫の弄りを後で制裁でもしてくれるのだろうか。
春は緋奈の眼が笑っていないのもあり、劫の提案を受け入れることにした。
体育館が広々としているのを良いことに、春は緋奈と共に隣のコートがある方に移動した。
移動している際、劫がボールを何個か倉庫から取り出していたが、どの用途に使うのか不明なのは怖いところだろう。
「にしても、余計なお世話をされたもんだな」
「あのホワイター、私は苦手だから、離れて行動するのは楽になった方」
「コードネーム呼びは変わらないんだね」
春は苦笑しながら、改めて緋奈を見た。
その際、息を大きく呑み込んでしまう程、春は後悔と気持ちの高鳴りに挟まれたのだ。
緋奈の姿は現在、先ほども目視で確認した通り、体操着。
白を基調としているのもあって、しゅっと伸びる白い腕を鮮明に輝かせている。
赤子肌、そう表現してもいいほどに肌荒れを知らないとばかりに手入れが行き届いた、優しい白い肌。
全身を見るように視線を流せば、首元の鎖骨ある白い肌も、半ズボンから出ている白い肌も、そのどれもが目に映ってしまう。
春は異性に対して耐性がある方だ。しかし、緋奈に対しては機能していないどころか、息を呑み込んでしまう始末である。
緋奈という存在そのものが、春の心を揺さぶるには十二分すぎるほどの破壊力を持っていると言っても過言ではないだろう。
透き通るような茶色の瞳も、ライトブラウンの艶めかしい整った髪も、今では見慣れた筈なのに。
知らない心を揺さぶられる感覚。だからこそ、緋奈をどういう目で見ればいいのか、理解できなかった。
ペアだ、と言い聞かせてはいるが、試練の上では協力関係で終わってしまうのか、そんな曖昧な気持ちが居るのだ。
紳士としての自分が揺らがなくとも、緋奈の影を自然と追ってしまう。
「……き、木藤くんに見られる方が、誰かから見られるよりも恥ずかしいのだけど……」
緋奈は言葉が続かなかった春を見て視線に気づいたのか、体を隠す仕草をしている。
薄っすらと頬を赤らめているが、明らかにお下劣な存在を見るような視線だ。
それなのに、拒絶している、とは思えない。
緋奈は確かに学校で一番の美少女であり、分け隔てなく接すると言われる程に優等生だ。
それでも彼女が卑劣な相手に時折蔑んだ目を向ける噂を聞くが、その目とは違うと春は感じてしまう。
春がエム気質なのではなく、春の直感的には本当にそう感じているのだ。
緋奈が恥ずかしそうに胸元を隠すせいか、体操着が妙にシワを伸ばすので目線に困る。
仕草一つ、それが異性ともなれば見てしまうのは人として生まれた性と称すべきだろう。
「ごめん、そんなつもりで見てはなかったんだ。ただ……」
「ただ?」
「鳥羽さんが美しくて、綺麗だったから、全体的に見たくなった的な?」
「ば、馬鹿じゃないの。……他の人にやったらセクハラと勘違いされかねないの。だから、紳士でありたいのなら、被害を増やさないように最低でも私だけにとどめておきなさい」
「僕は別に、鳥羽さんにしか興味が湧かないから、見る気はないけど?」
「そ、そういうのを自然と言えるのは、素直というか、困りものね。もう……」
頬を膨らませる緋奈に、春は不思議と首を傾げるしかなかった。
緋奈が怒っていないのは分かるが、それ以上の事が理解できないから困るのだ。
春自身、鈍感と言われても仕方ないと理解しているが、緋奈に対してはそこまで鈍感ではないと自負している方である。
傍から見れば、キャッチボールでボールをキャッチしないような言霊ではあるが。
「……ペアだから、慣れないと、だよね」
緋奈がその場に軽く座ろうとしていた時、春はついついぼやいていた。
緋奈には綺麗ごとを口にしたが、結局は緋奈を異性として見たことで動揺した、そんな自分に呆れてしまうのだ。
緋奈はそんな春のうつむいた顔がよく見えたのか、そっと微笑んでいた。
「慣れる必要も、慣れる努力も、必要ないの」
「え?」
「ただ、今は一緒に居る、それだけでもいいと思うの」
緋奈の言葉は、確かに意表をついている。
春が春の想う紳士、自分のなりたい紳士を目指すように、相手に無理やり慣れる必要はないのだから。
春がただ、緋奈をそういう目で見てしまうのは自重すべきではあるが、それはあくまで気になるから、という過程にすぎない。
気になる。その過程こそ、ネノプロジェクトを目指す上でも、今後大きく左右されかねないと、春自身が一番理解していることでもあるのだ。
「あのさ。鳥羽さんは、どういう関係でありたいの?」
春はただ、疑問を口にした。
敢えて、僕とは、という言葉を口にしない。それは、緋奈がどう捉えるのか、過ごしてきた時間で多少は理解しているからだ。
「別に。私は試練を一人で乗り越えるつもり。それは、変わろうとしなければ変わらない。……今なら、あなたが脱落する、そう思っているのと同じことよ」
「相変わらず、辛辣な評価なことで」
「……紳士として卵。組織問わずに淑女と呼ばれる私から見れば、今も同じ土俵に立てているだけ、あなたの事は評価している」
「そりゃどうも。そう言われると、堂々と隣に立ち続けたいかな」
「勝手にすることね」
さり気なく許可をくれる緋奈は、心底優しい人柄を持っている。
勝手に、と緋奈から言われると同じくして、隣のコートから二人の声が聞こえた。
ボールが弾む音の方を見ると、ボールは体育館という空間を縦横無尽に跳ねている。
「あれは、ホワイターの所属している組織に伝わる伝統芸ね」
「……四人だけとはいえ、雫を巻き込んでやるとか、馬鹿なのかあいつは?」
「本当に、タブーに触れる愚か者。あの人が騎士じゃなければ、今頃組織は追放していたでしょうね」
「だろうね」
緋奈から辛辣な評価を一番受けているのは、間違いなく劫の方だろう。
そう思えば、春の事をちゃんと見て評価している緋奈は、何気ない花を咲かせているのかもしれない。
ふと気づけば、緋奈はその場で立ち上がり、軽く伸びをしていた。
伸びをする仕草でさえ美しくあるのは、緋奈が自身と向き合っている証拠だろう。
「木藤くん、私たちも体育の授業くらいはやりましょうか」
「何する気だよ?」
「あなたに足りていないのは……自然と身についている体の柔軟性を活かせていないのはいただけない。だから、私直々に、柔軟運動でも教えてあげる」
「……ほどほどにお願いします」
その場の空気とはいえ、春は緋奈と共に柔軟をすることになった。
緋奈がお手本を見せてくれたのだが、春の体の動かし方は云うまでもなくぎこちなかったのだ。
結局、緋奈が密着する形で教えてくれたのは、良くも悪くも心の爆音を轟かせるのだった。




