11 新たに芽生えるもの
教室に入った瞬間、春は頭を悩ませた。
何事もないかのように席に着く緋奈は、目の前の光景を気に留めていないのだろう。
「……おはよう」
「よお、春! 昨日は弱気姿を見せたが、ミルクたる栄養をぬ――」
「しゅんしゅん、おはよ~」
まったりとながらも天真さある声に、春は苦笑するしかなかった。
春を見るなり両手をフリフリとしているのは、幼さが見えるようで、彼女の容姿を思えば劫キラーと言っても過言ではないだろう。
晴れやかな挨拶をしてきたのは……秋風雫。
ピンク色の長い髪にリボンをつけており、赤よりのまったりとした真ん丸な瞳が特徴的だ。
彼氏である劫からすれば、雫のもっちりとしたふくよかな体型は男の理想を詰め込んだと言っても過言ではないだけでなく、ふくよかながらも整っているからこそ犯罪的だとか。
春は雫を見て、ふと思ったことを口にした。
「……雫。体調は大丈夫か? 昨日、休んでたみたいだけど」
「心配してくれてありがとう。もう、大丈夫だよ~。えへへ、劫と同棲できるのが嬉しすぎて、ついついエッチなことしすぎちゃった。まあ、あの水の影響で体調を崩しただけだよ~」
「エッチって言っちゃったよこの人……。ちょっとは隠す努力をしろよ。なんでオープンなんだよ。……体調が治ったみたいなら、よかったよ」
今さら、なんてふわふわしながら言う雫には困ったものだろう。
春が呆れていると、劫のニヤニヤ顔が視界に入り込んだ。
「おいおい、春。雫のおっぱ――胸も俺のだ。間違っても、手を出しちゃいけないぜ」
「わざわざ丁寧に言い直すな、最後に星をつけるな。てか、誰が手を出すと、手を」
「お、なんだ? 手以外は出すっていうのか? 春はむっつりだな」
「手以外なら出していいんだな?」
春は自身の机に荷物を置き、ポケットから取り出したペンを劫に向けた。
困った時は実力行使、とはよく言ったものだ。
「おいおい、ジョーダンだろ?」
劫がわざとらしく両手を挙げて降参の構えをしているのは、この場で武を交えるつもりがない証拠だろう。
「でもまあ、春はかわいそうだよな?」
「何がだよ?」
「何って、ペアの相方さんは、雫みたいに揉めるほど大きくなさそうだろ?」
(……揉め……っ)
「おーい? 春?」
劫の目線を辿ると、そこには座って読書をしている緋奈の姿があった。
緋奈の柔らかさを知っているからこそ、春は顔を赤めるしかないのだが。
昨日の今日で、普通なら大きな変化は起きないだろう。
だが春は、昨日の不慮の事故があったからこそ、不本意ながらも知ってしまっただけでなく、緋奈が着やせする体質であることも理解してしまった。
緋奈は体系的にも整っている。だからこそ着やせもする分、余計にスリムに見えるから無いように見えるのだろう。
触れてしまった春からすれば、同級生並み以上にはあると、揺れ動く鼓動は知っているのだが。
春が顔を赤くしたのを疑問に思ったのか、熱でもあるのか、と言って劫は顔を覗きこんできた。
春がそっと目を逸らせば、にやりと口角を上げる劫。
劫は何かと雫一筋の脳筋でこそあるが、周囲の変化に何かと察しがいい時もあるので困ったものだ。
息苦しさに、思わず息を吐いた時だった。
「ひなひな~、おっはよー」
「秋風さん、おはようございます」
「ひなひな、今日はご機嫌斜め? せっかく同じクラスなんだし、もっとイチャイチャしよ~よ~」
「丁重にお断りさせていただきます。去年も同じクラスでしたが、今回は別なので」
「何々、もしかして、しゅんしゅんと恋愛関係を築くのにむちゅ~! とか?」
雫の妄想にも呆れるが、緋奈が淡々とした様子で返しているのを見るに、緋奈も春と同じく雫は苦手なタイプなのだろう。
「百合はいいよ――ごぉふっ!」
「お前は何悟りを開いた振りしてんだ。脳筋の皮を被った技巧派」
軽く肘打ちを劫の横腹に入れると、劫は悶絶して後ろの空間でのたうち回っている。
言葉にできないほど心地よかったのなら、やってよかったと言えるものだろう。
「ちょっ! 秋風さん、どこを触っているの!」
「どこって、おっぱいだけど?」
「そ、それがおかしいと!」
「気にしなくていいよ、私の好きにやるから~。おやおや、花園に隠された秘宝はここかな?」
(劫含めて、雫も変態おやじだよな?)
雫は揉むというよりかは、上から優しく触れているようだ。
手つきが嫌らしいのは、劫のせいだろう。
おそらく劫が雫に物理的な入れ知恵をして、それを間接的に試している可能性があるのだ。
春としては、緋奈で試さないでほしい、という本音以外は存在しないが。
雫が後ろから触っているのもあってか、緋奈は冷静に対処するといった様子で本を閉じていた。
そしてすかさず、机の横にかけたあった鞄から木刀を取り出している。
明らかに鞄に入るサイズではない木刀だが、緋奈が持っているせいでどこか不思議に思わないのが異変なのだろう。
「ひなひな、おいたが過ぎたね。ごめんごめん」
「ふふ、次はありませんから」
「大丈夫! 劫には言わないから! あはは、ひなひなと仲良くしたいだけだよ~」
雫は昨日休んだ分も含めて、緋奈と積極的に関わりを持ちたかったのかもしれない。
傍から見れば雫はやばいやつだが、仲がよくなると内側に持つ明るさを分けてくれる、いわば道路のわきに力強く咲く小さな花のような存在だ。
たとえそこが人の目に付きづらいとしても、日光の方を向いて咲く一凛の花のように。
幼気なやりとりに微笑む二人を見て、春は自身の荷物を整えた。
そして持っていた傘を机の横にかけようとした、その時だった。
(あれは……随分と予定より早いな!)
刹那、開いていた窓から小さな四角い箱が投げ込まれたのだ。
春は着弾しそうになった位置を見た瞬間、緋奈の方に駆け寄った。
運が良いことに手には傘を持っており、四角い箱が投げ込まれた位置的には問題ないだろう。
緋奈は雫の話に付き合わされている影響か、未だに気づいていないようだ。
だが春が駆けつけたことによって、変化には気づいたらしい。
「ごめん、鳥羽さん、失礼するよ! 後ろに隠れてて! あれは爆弾だ!」
「ば、ばくだん!?」
反応したのは雫だ。
「起爆の解除はできなさそう。秋風さんを巻き込むわけにはいかないから、ここはお願い」
爆弾が投げ込まれたのは、後ろに位置する空間だ。
春が丁度、劫を悶絶させたままの位置。今見ると、劫は悶絶したフリをして、下から雫のスカートの中を覗こうと頑張っていたようだ。
投げ込まれた爆弾は、劫の目の前へと計算されていたように滑っていく。
「うん。風の日はこれに限る」
「……あれ、この箱……うっっっそだろ!」
爆発の直前、それぞれの思考が言葉となって交差した。
春が緋奈の前に出て、屈んだ人を隠すほど大きめな傘を開いたのもあってか、それに乗じて雫は緋奈の後ろに隠れたらしい。
爆音の無い光だけが、力強い振動を教室内だけに巻き起こした。
爆風こそなかったものの、あの振動を正面から防ぐものが無ければ、物理的な影響を肉体に対して与えるに等しい代物だ。
少しして光が収まると、緋奈が口を開いた。
「木藤くん、ありがとう。でも、どうして爆弾だって分かったの?」
「実は、劫が爆弾を菓子折りに偽装して、職員室のコマンダーの机においてたんだ」
「ちょっと、劫!」
雫は劫に怒るためなのか、隠れていた後ろから飛び出した。
しかし、爆弾の影響を受けた劫の残骸だけがその場にはある。
「どうしてそれを?」
「ああ。暇だったから、登校前に監視カメラをハッキングしたら、劫の姿がちょうど映っていてね」
「情報収集に必要な技術。身に着けているのは流石と言ったところね」
「鳥羽さんにお褒めいただき光栄だよ」
劫が起きると同時に、コマンダーから劫に対して呼び出しの放送がかかった。
呼び出しから察するに、コマンダーも劫が置いた物だと知っていたのだろう。
三人が巻き沿いを食らう可能性も計算したうえで、お返しに爆弾が窓から投げ込まれるように調整していた可能性もある。
劫が教室を後にした時、雫が申し訳なさそうに近づいてきた。
歩くだけで雫の揺れているものがあるせいか、少しばかり緋奈が顔を引きつらせているが。
「ちょっと騒がしくなっちゃったけど~、これからよろしくね」
「クラス一緒だし、何かあったら相談に乗るからな」
「流石しゅんしゅん! ひなひなもよろしくね~」
「ええ、よろしくお願いします」
「ひなひなは勝手に知ってるかもだけど、わたしは淫魔の血統で我慢できなくなることがあるけど、堪忍で」
「少しは隠せよ」
「あとあと、わたしはこれでも一般だから、試練に直接は関わらないからね~」
このクラスは雫が来たことで、全員が揃った。
それはつまり、試練に万全の対策で挑めるようになる、という暗示でもあるのだ。
(……僕は、守りたかったのかな)
結果的に二人を守ることに繋がったが、今までならこの手で傘を差すことはしなかっただろう。
小さな変化。その気持ちの行き場所は、どこを目指しているのか、今はまだ知らなくていいのかもしれない。




