↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
七度目の失恋から始まる、僕と彼女たちの終わらない青春 〜幼馴染に振られ続けた俺が、親友の彼女と秘密の一夜を共にするまで〜  作者: 秋雨淳


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/6

第四話「崩れ落ちた砂の城」

九月の文化祭は、結衣を中心にクラスがまとまり、大成功で幕を閉じた。

しかし、湊にとっては、結衣の光が強くなればなるほど、自分の居場所が失われていくような息苦しい二日間だった。


そして季節は巡り、十月。

澄み切った青空の下、グラウンドには土埃と歓声が渦巻いていた。


海星高校の体育祭。クラス対抗リレーのアンカーを任された相沢湊は、バトン受け渡しゾーンで前の走者を待っていた。


心臓が嫌な音を立てて鳴っている。


グラウンドの端で、白石結衣がメガホンを持って応援しているのが見えた。彼女の笑顔は、秋の太陽よりも眩しかった。その隣には、藤川栞が立っている。栞はメガホンを持たず、ただ静かに湊を見つめていた。


「相沢! 頼んだぞ!」


第三走者の健太が、顔を真っ赤にしてコーナーを曲がってきた。


健太の差し出すアルミ製のバトンが、太陽の光を反射してキラリと光った。


湊は走り出しながら、後ろ手でバトンを受け取ろうとした。


その瞬間、視界の端で、結衣が別の男子生徒と笑い合っているのが見えた。


(あ……)


ほんの一瞬、意識が逸れた。


指先を掠めたバトンが、乾いた音を立ててグラウンドの土の上に転がった。


「あっ!」


周囲から悲鳴のような声が上がった。湊は慌ててバトンを拾い上げ、走り出した。しかし、その数秒のロスは致命的だった。トップで受け取ったはずのバトンは、あっという間に後続のランナーたちに抜かれていく。


肺が焼け付くように痛い。足が鉛のように重い。


それでも湊は、ただ前だけを見て走った。結衣の笑顔が、栞の静かな視線が、そして自分の愚かなミスが、頭の中でぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。


結果は、最下位だった。


「……わりぃ、健太。俺のせいだ」


ゴール後、膝に手をついて息を切らす湊に、健太はタオルを投げつけた。


「気にするな。お前、最近ずっと変だったからな。怪我がなくてよかったよ」


健太はそう言って笑ったが、その目には心配の色が浮かんでいた。


クラスメイトたちも、「どんまい!」「次頑張ろうぜ!」と声をかけてくれた。結衣も駆け寄ってきて、「湊くん、お疲れ様! かっこよかったよ」と無邪気に笑った。


その優しさが、今の湊には劇薬だった。


誰も俺を責めない。誰も俺の失敗を怒らない。


それは、誰も俺に期待していなかったからだ。


「……ごめん、ちょっと顔洗ってくる」


湊は、逃げるようにグラウンドを後にした。


誰もいない放課後の教室。


遠くから、後夜祭の準備をする生徒たちの声が聞こえてくる。


湊は、自分の席に座り、両手で顔を覆っていた。


七年間、結衣の特別になりたくて、完璧な「優しい幼馴染」を演じてきた。でも、結局俺は、何一つ手に入れられなかった。結衣の心も、リレーの勝利も、自分自身の尊厳すらも。


「俺は、何やってるんだろうな……」


誰もいない教室に、掠れた声が響いた。


その時、教室の後ろのドアが静かに開いた。


「湊」


栞だった。


彼女は、ジャージ姿のまま、教室の入り口に立っていた。


「……栞。後夜祭、行かないのかよ」


湊は顔を上げず、両手で顔を覆ったまま答えた。


「行くわけないでしょ。湊がこんな顔してるのに」


栞の足音が、ゆっくりと近づいてくる。


「別に、俺は大丈夫だから。ただのミスだし」


「嘘つき」


栞は、湊の目の前で立ち止まった。


「結衣のことで、ずっと苦しんでたんでしょ。無理して笑って、平気なふりして。今日のミスだって、そのせいじゃない」


図星を突かれ、湊は言葉に詰まった。


「俺は……」


「もう、いいよ」


栞の声が、不意に震えた。


湊が顔を上げると、栞の目から大粒の涙がこぼれ落ちていた。


「栞……?」


「もう、無理しなくていいよ。湊は、十分頑張ったよ。七年間も、ずっと結衣のことだけを見て……誰よりも優しくて、誰よりも不器用で……」


栞は、湊の頭を両手でそっと包み込んだ。


そして、そのまま自分の胸に引き寄せた。


「えっ……」


「泣いていいよ。誰も見てないから。私しかいないから」


栞の体温が、制服越しに伝わってくる。彼女の心臓の鼓動が、湊の耳に直接響いた。


「栞、お前……」


「結衣の特別になれなくても、私がいるよ。私が、湊をずっと見てたよ」


その言葉は、湊の心に張られていた最後の糸を、いとも簡単に断ち切った。


「……っ、ああぁっ……」


湊の目から、せき止めていた感情が溢れ出した。


七年間の執着、絶望、そして自己嫌悪。そのすべてが、栞の温もりの中で溶けていく。


湊は、栞のジャージの背中を強く握り締め、子供のように声を上げて泣いた。


栞は、何も言わずに湊の背中を撫で続けた。


夕陽が、二人の影を長く伸ばしている。


結衣への想いという名の砂の城が、完全に崩れ去った瞬間だった。


そしてそれは、栞という新しい、そして後戻りできない道への入り口でもあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。