第2話
次ってなんだ?
湧き出た疑問は、もうとまらなかった。
次のコンクールってなんだ?
私は今世界の頂点に上り詰めた。この先ってどこにあるんだ?
世界一だぞ? 私の技術が認められたんだ。
前世も含めれば、あんなにたくさんの努力を重ねて。
世界的権威のあるこのコンクールで、私の音楽が認められたんだ。
そこまで考えて。
ふと、思い至ってしまった。
「私の音楽」ってなんだ?
そんな疑問に行き着いたとき。
急激に私の脳内を、前世の記憶が駆け巡った。
――――――
前世の私は、決して天才などではなかった。
純粋に音楽を愛し、才能という絶望的な壁の前でもがき苦しんでいた。
血の滲むような努力によってもたらされる苦しみと、それを乗り越えた達成感からくる充足。
表現される「私」を見て、「私の音」を聴いて、認めてくれる人たち。当然、否定する人たちもいたけれど。
コンクールに出れば、負けることもあった。
否、負けることのほうが多かった。
しかし、勝った時も、負けた時も、共通していたことは。
胸を貫くような「何か」があったことだ。
それは、喜びであり、悲しみであり。
その表現として私は、どのような結果であろうとも、コンクールの終わりには涙を流さずにはいられなかった。
そんな人間だったのだ、私は。
しかし、今。
世界の頂点に至ったはずの私は。
世界から認められたずの私は。
どうして、何も、感じていないんだ?
――――――
舞台袖に下がった私は、そのまま膝から崩れ落ちずにはいられなかった。
足元が、揺れている。
なぜだ、どうしてだ。
今の私の音楽は、誰もがひれ伏すほどに圧倒的で、反論の余地がないほど『完璧』だ。常に正解を導き出す、この才能に間違いなどあるはずがない。
でも、その音の先に「私」はいるのだろうか。
私の奏でる「音」を称賛するあの人たちは、本当に「私」が見えているのだろうか。
完璧な音楽ってなんだ?
音楽とは、もっと自由なものではなかったか。
私の中にあるこの『正解』は、果たして誰にとっての正解なのか。
完璧とは何か。
完璧な音楽なんて、本当に存在するのか。
ぐるぐると。ぐるぐると。
とめどなく頭の中をめぐる疑問が、私を掴んで離さない。
私の中の『正解』を聞いた誰かは、きっとそれを唯一無二の答えだと思い込んでしまう。私には、そう錯覚させるだけの残酷な才能がある。
でもそれは、その人の中にあったはずの『何か』を、私の色で無理やり塗りつぶしているだけではないのか。喝采を浴びるたび、私の生み出す旋律が、他者の音楽を無残に駆逐しているのではないか。
それは。それはもう――
暴力と何が違うのだろう。
正解を押し付けて、それ以外のものを認められずに駆逐して。他者の愛する音楽すらも、無自覚に踏み躙って。しかもそれを行っている「私」は、本当の自分すらも表現できない。
借り物の力で、悦に浸って。
「私」はなにがしたいのだろう。
「私」はどこにいるのだろう。
「私」は……………
限界を超える苦しみも、表現することの喜びも、失ってしまった私に残されたのは、底なしの虚無感だけだった。 どれほど完璧な演奏を披露しても、どれほど美しい旋律を生み出しても、喝采を浴びる私の心はいつだって孤独だった。
だって、皆が誉めそやすその音の先に、「私」はいない。
そのことに気が付いたとき。
音楽家「 」は、死んだのだ。




