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The Hotel Scandinavia  作者: 奈鹿村
1章
4/6

1日目 3

 アルゲとシズが一同に海に行くことを伝えたら、パーシが手を上げて自分も行きたいといった。二人は了承し、結局三人で行くことになった。「お母さまもどうですか?」とシズがサラハイに聞いたのだが、彼女は微笑みながら首を振った。


 ロビーの小さい扉を開けると外に出る。扉の外には石の平場が一段ある。あとはもう芝生だった。ホテルは平野の真っ只中にある。平野は足首ほどの草で豊かに覆われていた。


 アルゲらは真っ直ぐ海の方へ進んだ。屋上から見た通り、崖があった。崖の上にはその縁にそって、ずっと左右に手すりが伸びていた。アルゲは手すりに手をついて、崖下を覗く。下は荒い岩場だった。そこに海の潮が打ち寄せては引いている。アルゲらのすぐ横に下へ降りる階段があった。それは崖にそう形で下に降りて、途中で反対方向へ折れて地面へつく。崖自体も大した高さではない。階段も小ぢんまりとしたものだった。


 自然と三人は階段を伝って下へ降りた。下に降り切ると、潮の匂いがした。風が上よりも少し強く、肌寒い。パーシが岩の頂を伝いながら飛び、海の方へ進んだ。


「あぶないよ!」


 シズが声を上げる。パーシはこちらを振り向いて、手を振った。


「わかってる。ほら、こうしてみたいだけ」


 言って、彼女は岩の上で腰をかがめて、手を海の水につけた。彼女は磯の海側の奥の方へ進んでいて、彼女がいる岩の周りは海の水が揺れながら満ちていた。


 冷たい、とパーシが言った。彼女は手をゆっくりと海から引き抜いてから、振った。


 アルゲも少し興味が出て、パーシのように磯伝いに海の方へ移動した。シズは崖下の陸地でこちらを不安げに見ていた。


「わたしはいかない」


「わかったよ。わたしも、そんなにいかないからさ」


 言って、わたしは足を止めた。ちょうどパーシとシズの間のあたりだった。


 海はきれいだ。あたり一帯は磯だ。今アルゲの足下にある岩も、その周りの海水の下に見える濃い色をした岩も、ある程度みんな繋がっていたり、重なっていたりする。アルゲはまだ、海岸にいる。ここにさえいれば、あまり怖くはない。小さい魚がいないかと思って水の中を覗いてみたり、はたまた何か小さなものがいないかと思って岩場の窪みに満ちた水の中を覗いてみたりした。そこかしこに苔が生えていた。カニの姿はない。


「何かいた?」


 シズの声だった。アルゲは顔を上げて、首を振る。


「ううん、何もいない。――そっちは?」


 アルゲはパーシを見る。彼女も、いない、と小さくいった。パーシは熱心に海の中を覗いていた。もしかしたら、彼女はこういうものが好きなのかもしれない。


 少しして、アルゲたちは階段を登って上へ戻ろうとする。パーシが言った。


「あなたたち、結構おもしろいね。それに、いい人だね」


 シズが口角を上げながら言った。


「あなたもいい人で良かった。アルゲもね」


 三人はホテルの前についていた。シズが扉を開けて道を譲ると、残りの二人が先にホテルへ入った。パーシがその際に二人を見る。


「本当に、楽しくやれたらいいね」


「そしたら、最後がきっと悲しくなるよ」


 シズが扉を閉めながら言う。すでに音でこちらに気づいていたのだろう、中の人間がこちらを見ていた。


 ロビーにはサラハイとスコシしか残っていなかった。サラハイが声をかけてきた。


「あら、お帰りなさい。海はどうだったの?」


「すごくきれいでしたよ。あとでお母さまも一緒に行きましょうよ」


「それがいいわね」


 彼女は紅茶を飲んでいた。アルゲの視線に気づいたサラハイが、カップを上げて見せた。


「ダージがさっきまで上の調理室をあさっていたのよ。そこで紅茶の茶葉を見つけて持ってきてくれたのね。管理人室に湯沸かし器もみつけたから、そこで入れてるわ。ほら、そこに茶葉もカップもあるでしょ」


 サラハイはカップを置いて、一つのテーブルを指さす。壁側に置かれたそのテーブルの上には、紅茶の茶葉やカップ、よくわからない袋に入ったものがたくさん置かれていた。


「上にあるんじゃ不便だからね」


「ああ、じゃあいただきます」


 シズが嬉しそうに言った。


 そこでしばらく談笑して時間をつぶした。


 夜の八時に全員が食堂に集合した。食堂といっても、本当に小さなものだった。真ん中に長テーブルが一つ置いてあって、その周囲に椅子が並べられている。隣は調理室で、たくさんの冷蔵庫が所狭しと並んでいた。食堂の小ささに対して、調理室は大きかった。


 アルゲが時間通りに食堂についたとき、もうテーブルには皿が並んでいた。魚が一匹皿の上に寝転んでいて、その上にソースがかかっている。アルゲはこの料理を知らなかったがとてもおいしそうだと思う。ダージは料理がうまいようだ。


 アルゲは適当に空いてる席に座った。その時、ダージが最後の七つ目の皿を持ってとなりの調理室から現れた。食堂と調理室は直接扉でつながっている。


「おいしそう!」


 ダージは軽く笑った。


「ありがとう」


 言って、彼は皿をアルゲの前に下ろす。


「でも、これを一人で? 大変だったでしょう?」


「シズに手伝ってもらったよ」


 ダージがそういうときに、彼の背後の扉からシズが出てきた。ダージはアルゲを見る。


「でも、実はたいしたことはやってないんだよ。魚は冷凍保存されていたものを解凍しただけだし、ソースは適当なありあわせさ」


 その時、サラハイと、その背後からスコシが現れた。


「本当はもっとちゃんとした料理をしたい。おれは料理がすきだよ。でも、今日は初めて使う場所で、いろいろ準備するのに忙しかったんだ」


 アルゲは彼に、ありがとうと言った。


 全員がそろうと食事が始めった。まず口火を切ったのは、意外なことにスクハルだった。彼はアルゲたちに外の様子を聞いてきた。


 シズが答えた。


「崖下は岩場で、ぎざぎざした岩で海岸は覆われています」


 アルゲは魚を食べながら、いろいろと考えていた。もし夜になって潮が満ちれば、あそこはどうなるだろう。崖の岩壁のすぐ足元まで潮がくる? いや、そんなことはないはずだ。夜になれば海の中で何か光ったりするかしら。


 アルゲも全員に、自分がみた景色を話した。スコシは表情を明るくしながら言った。


「へえ、おれも明日いってみようかなあ」


 それから話の内容は、食器洗いの話になった。食事の用意はダージがするらしいから、食器の片づけは交代制でいいんじゃないかということで落ち着きそうになった。


 サラハイが言った。


「いやよ! 信じられない。なんがわたしが自分の手を水にぬらさないといけないの?」


 スクハルが皮肉気に返す。


「じゃあ、お前以外の皿を交代制で洗うとしよう」


「ええそれで構わないわ。それじゃあ、わたしはこの皿を後ろの窓から放り投げるとしましょう」


 スコシが言う。


「それどんな理屈だよ」


「じゃあわたしがお母さまの番もやりますから――」


 シズの言葉に、スコシが口をはさむ。


「そういう問題じゃないだろう」


「ええそうよ。そういう問題なんかじゃないんですからね。シズ、皿洗いなんてする必要ないわ。本当に窓から皿を捨てればいいのよ。どうせ、皿ははいてすてる程あるんでしょ?」


 ダージがサラハイを見る。


「そんなことはない。そりゃあ、たくさんあるけど、毎食後に捨ててたらさすがに足りないぜ」


「あら、捨てるのはわたしの分だけじゃなくて?」


 ダージが眉を顰める。


「そもそも、皿の残りの問題じゃないと思うけどな……」


 アルゲは議論をよそに自分の食事を堪能していた。なんだか、ずいぶん久しぶりに食事をとっている気がする。


 そのくだらない話し合いは、結局結論が付かずに終わった。議論はまた後日、いや明日に持ち越された。今日は結局ダージは皿を洗う。ダージにしてみても、実のところ、皿洗いすら苦ではないらしい。それでは負担が大きすぎないか、とシズが問うと、彼は笑いながら、おれは生来こういうものが性にあっているんだと笑っていた。実際の心中のは誰にもわからない。とりあえず、今日あったばかりのダージは、そういう男らしい。


 アルゲは部屋に戻った。部屋にはベッドと鏡のついた机とワードローブがあった。ベッドの掛け布団は赤かった。


 アルゲはベッド脇からスーツケースを持ち上げてベッドの上に横向きに置く。スーツケースを開けた。中に入っていたのは数日分の衣類と、洗面用具、財布、化粧品、雑貨類。アルゲはスーツケースを閉じて再び元の場所へ戻す。部屋のバスルームでシャワーを浴びて歯を磨くと、ベッドへもぐりこんだ。その時、ふと先ほどみた雑貨類の中に気になるものができた。下着姿のまま起き上がって、スーツケースをベッドの上で広げる。スーツケースの右手の仕切り布のポケットに、分厚めのノートが入っていた。皮装丁の、良い作りのノートだった。わたしはそれに何も書き込まれていないことを知っている。――わたしが、これをここに入れたのだ。


 アルゲはノートをとって、机に向かう。机の背後の壁には大き目の鏡が取り付けられていた。アルゲが顔を上げると、鏡の中に目を広げた自分の姿が見えた。そのまま、手を鏡の下に伸ばすと、電気スタンドの配線が伸びていて、そこにスイッチがあった。明るくなった机上で、アルゲはその日記帳を開いた。


 どうしてこんなものを入れたのだったか。別に日記を書きたかったわけではない。ただメモや、適当に書きなぐるのにいいものがあれば、もしかしたらいいかもしれないと思ったにすぎなかった。


 何を思ったから、アルゲは今眠たい頭を持ち上げて、この本を開いていた。


(書いて、みようか……)


 どうせ人生で一度しかない経験を始めたのだ。日記をつけてみるのも悪くない。


(なぜ? ……眠いのに)


 アルゲはペンを探した。机の上にも備え付けのものがペン立ての中にあったが、席を立って、スーツケースの中に入れた筆箱の中からペンを取り出した。


 一番初めの日付のところにペン先を置いた。だが、手が止まる。


(こんなことしたことない)


 そう思いながら、日記というものはどう書けばいいのか考えていた。今日あったことを初めから下降として、最初のアルファベットの一部を少し書いたところで、手を止めた。


 そうだ、そういえば、日付と天気がいるのではないだろうか。アルゲは紙面からペンを離し、上の空白のところに日付と天気を書いた。それから、今日あったことを思い出しながらペンを走らせる。




 1日目。晴れ。


 ホテル スカンディナビアに着く。昼過ぎに目覚める。部屋は三階の一室だった。それから一階に降りて、人とあいさつした。そのあとホテルを探検してみる。周りは平原で、その周囲を丘に囲まれたような場所だった。海が近い。この風景の美しさには息を吞むものがあった。……これから冬になる。雪があたり一面を覆ったら、すごくきれいだと思う。わたしは冬景色が好きだ。その風景を、わたしはここで見れるかな?


 食事は朝の九時半、昼の十二時、夜の八時。


 シズ すごくきれいな女の子。人がいいのだと思う。友達になれそうな感じはあった。彼女の髪、目、すごく美しいと思う。彼女の青い目は、彼女の母親とそっくりだ。


 パーシ 明るい人。仲良くなれそうな雰囲気はあった。


 サラハイ すごく変わった人。でも、食事の食べ方、喋っているときのふるまい、上品な階級であるのは間違いない。きっとわたしとは身分が違うのだと思う。


 スクハル 厭世的な雰囲気のある男。


 スコシ オタクっぽい。話してないのでわからないけど、悪い人間には見えなかった。もっとも、そばにいてほしいかどうかはまた別だ。


 ダージ 変なやつ。これからは彼が毎食食事の世話をしてくれるらしい。見た感じ、正義感が強そうだ。食事に関しては、たぶん、彼の仕事か趣味なのだろう。なにせいてくれてよかったと思う。



 アルゲは息を吐いた。日記帳を閉じて、電気スタンドを消す。暗い部屋を歩いて、ベッドの中にもぐりこんだ。そうしてすぐに眠りに落ちる。

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