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The Hotel Scandinavia  作者: 奈鹿村
1章
3/6

1日目 2

 ロビーに戻ると、アルゲが見たことない人間が二人集まっていた。彼らの中に混じって、すでに会話を交わしていたサラハイとクスハルがいた。


 アルゲが二階の階段上から覗いていると、面識のない二人、男と少女がこちらを見上げた。男の方はじっとこちらを見る。少女の方は、非常に美しい顔立ちでまるで人形のようだった。彼女はこちらを見て、軽く笑んだ。


 アルゲは下へ降りるのに少し気後れした。新しい人間に会うのは少し気恥ずかしいことがある。アルゲはそれを悟られないように、そろそろと一階へ続く短い階段を下りる。


 はじめに声をかけてきたのはサラハイだった。相変わらず透き通った声で言う。


「あら、お帰りなさい。どこへ行っていたの?」


「屋上」


 アルゲは短く返した。そうしたら、少女が明るい色の声を上げた。


「あら! 屋上があるの?」


 アルゲが彼女を見ると、少女は相変わらず優し気な顔でこちらを見ている。アルゲはうなづいた。適当な椅子に腰かける。


「うん、五階まであって、そこが屋上になってる」


 へえ、と少女は感じ入ったように言った。少女は振り向いて、窓の方を見る。


「さっきそこから外を見ていたの。すごくきれいだった。部屋からも外を見たのよ。屋上は、きっとすごくいい眺めでしょうね」


「うん」


 アルゲがうなづくと、少女はアルゲを見た。サラハイが声を上げた。


「さて、アルゲ。わたしが二人を紹介してもいいかしら?」


 うん、とアルゲは言った。サラハイは一同を一度見渡してから言う。


「まず、そこの眼鏡くんだけど――」


「おい! なんだよその紹介は!」


 言われた男は抗議の声を上げた。サラハイはそれを気にも止めず、アルゲの方を見ながら、手先を男に向けながら紹介を続ける。


「名前をスコシくんって言うらしいわ。見て話したところ、完全にオタクって感じだわ。わたしちょっと苦手かも」


 スコシは声を震わせた。


「い、いきなりなんてことを言うんだよ! おれなんかあんたに言ったか?」


「うわ、ほらすぐにいきりたつ」


 スコシがサラハイの無礼な物言いに顔を真っ赤にして何か言おうとしたとき、少女が声を制止の声を上げた。


「お母さま! やめてください!」


 サラハイが何か言うのをぴたりとやめて、くすくすと笑った。少女はサラハイをお母さまと呼んだが、親子なのだろうか。それにしては、歳が近い。少女は見たところ十代の後半だし、サラハイはとても三十代に入っているようには見えない。


「じゃあ紹介するわね。わたしの娘のシズだよ」


 アルゲはやはり驚いた。


「ええ、うそ!」


 あはは、とシズは苦笑いしている。彼女はアルゲの反応に困っているようだった。


「でも……不躾だと思ってほしくないんだけど……二人とも、すごく歳が近いように見えるよ」


 サラハイが胸に手を当てながら言った。


「わたしが二十八歳だよ。それで、彼女が十七歳。でも、彼女は養子なのよ」


「ああ」


 アルゲは納得した。サラハイもシズも、同じように美しいから、自然と血のつながった親子なのだと思っていた。


 シズは親とは違い、金髪の長髪の少女だ。長いまつ毛の美しい目も同じ。でも、サラハイの美貌が花のようなものなら、シズのそれは過度に理想化された古典彫像ようなものだった。


 スクハルが呆れたような声を上げる。


「驚くようなことだったか?」


 アルゲは少し気恥ずかしくなって言った。


「だって、二人ともすごく歳が近く見えるから……」


「血のつながった――」そう言いかけて、スクハルは訂正する。「つまり、事情がなければ、いくらなんでも歳が近すぎる」


 シズは自分たちの話題に苦笑いをするばかりだ。彼女はふと思いついたのか、そういえばと言う。

「他の人たちはどうしたんでしょうか?」


 ああ、とアルゲも思った。ここには自分を含めて五人いるが、これがすべてだとも限らないのだ。小さいホテルだから、このくらいなのだろうと自然に思ってしまっていた。


「わからない」


 アルゲが言うと、背もたれを前にして変な座り方をしているスコシが眼鏡をいじりながら言った。


「え? まだほかに人がいるのか?」


 シズがスコシに答えた。


「わかりませんけど、わたしたちだけだとしたら少し少なくありませんか? いや、その、ただそんな感じがするっていうだけですけど」


 スクハルはちらりと一同を見渡した。


「確かに、おれもあと数人はいると思う」


 サラハイが聞いた。


「どうしてそう思うの?」


「なんの根拠もないさ」


 あらそう、とサラハイが言った。彼女が言い終わるやいなや、二階の廊下の方から人の話し声が聞こえてきた。ほら、まだいたのだ、とアルゲは思った。


 声はだんだんと大きくなる。話し声だ、独り言ではない。男と女の声がする。


 一同は二階の方を見上げていた。一階のロビーからは、二階小広間の端の柵付近と、小さい階段を上がったところくらいしか見えない。やがて、二人の男女が姿を現した。


 どちらも若い。女の方は黒髪の短髪で、焼けた肌をしている。階段上からこちらをまじまじと見つめているが、屈託のなさそうな表情をしている。男の方は愛想よく笑っていた。


 男が言った。


「ああ! みんなもう揃ってたんだ! もしかして遅れちゃったかな?」


 女が男の方を見て少し苦笑いする


「ちょっと、横道にそれちゃってたからね」


 二人はこちらの様子をそれとなく見ながら階段を下りてきた。アルゲは彼らに挨拶をした。


「初めまして」


 この時アルゲは階段に一番近いテーブルの席に座っていた。男の方は好青年といった感じで、ひどく明るい表情をしていた。一目見て、性格がよさそうだ、と思った。


 女と男はあたりを見渡した後、適当な場所、アルゲの隣のテーブルの席にそれぞれ腰を下ろした。


「わたしが目を覚ましたのはついさっきで」


 女は言いながら、少し恥ずかしそうにして後頭部を軽く掻いた。


「それで廊下を適当に進んでいたら、この人がちょうど階段を下りてきていたの」


 男はうなづいた。


「その通りだ。それで下の階へ降りたら食堂があったんだ。それで気になって覗いていたら、集合が遅くなってしまった」


 スコシは言った。


「いや、いいよ。別に急いでたわけでもないし」


 スコシの言葉を聞きながら、アルゲは何となく部屋の窓とは反対側の壁にかけられている丸い時計を見た。時刻は十四時くらいだった。今日は朝食も昼食も食べていない。さて、これからどいういう風に食事をとっていくのだろうか。


「これで全員でしょうか?」


 シズはサラハイに聞いた。サラハイは少し唸ってから、答える。


「たぶんそうだと思う」


 言われて、シズは上を眺め見た。


 スクハルは目を閉じたままテーブルに肘をついている。


「そろそろ起きてこないとおかしい頃合いだ。わざわざ探しに回る必要もあるまいさ。それに、これ以上誰かにいられても困る。手狭になってもかなわん」


「それもそうですね」


 シズが心配げに言った。


「……じゃあ、全員がそろったのなら、改めて全員で自己紹介をしませんか?」


 アルゲはちらりと周りを見てから同意した。


「いいね、それ」


 ほんの少しの間、誰も話し出そうとしなかった。なんとなく、アルゲが軽く手を上げた。それがなぜか自分でもわからない。


「じゃあ、私からでいい?」


 どうぞ、とサラハイが言う。


「わたしは、アルゲ。十八歳。……本を読んだり、外へ出かけたりすることも好き。これからの時間よろしくね。この時間が長いのか、短いのか、よくわからないけど」


 じゃあ、とスクハルが言った。


「次はおれでいいか」


 誰も何も答えなかったから、スクハルは話し続ける。


「おれの名はスクハルだ。歳は三十五歳。好きなものは特にない。嫌いなものはうるさい人間だ。まあ、適当によろしくたのむ」


「じゃあ次はわたしね。わたしはサラハイっていうのよ。二十八歳です。美しい芸術を眺めて、心地の良い音楽を聴いたりするのが好きね。嫌いなものは間抜けな人と、少し怖い人だよ。同時にわたしは人の精神の偉大さを信じています」


 シズが困ったような表情を浮かべながら、声を上げた。


「……じゃあ、次はわたしで。ええと、わたしはシズ、隣に座っているサラハイの娘です。好きなことはアルゲと同じで本を読むこと。外へ出たりするのは、あまり得意ではないけれど……。さっき、窓辺から外を見てたんです。こんなきれいな風景の中になら、出てみるもの楽しそうだなって思いました。だから、良ければあとで一緒に行きましょう?」


 シズはアルゲと、その近くに座る女の方をそれぞれ見た。アルゲは軽くうなづき返した。


「わたしはパーシ。よろしくね。歳は二十二歳です。わたしも外へ出て遊ぶのがすき。だから、シズ、アルゲ、あとで一緒に外で遊ぼうね。海をもうみた人はいるのかな? あとで見てみたいなあ。これから三十日間、ほんとうに、よろしくね」


 言い終わってから、パーシは隣に座る男を見た。


「おれはダージ。歳は十八。好きなものは運動と……ええと、料理だ! だから食堂の隣の調理室を見つけたときはびっくりしたよ。おいしそうな食材が山盛りだった。――実はもう覗いちゃったんだけど、まだつまみ食いはしてないぜ」


 それを聞いて、一同苦笑いした。ダージはやたらとはっきりとした口調で喋る好青年然とした少年だ。


 最後に残ったのは、眼鏡をかけたスコシだった。彼はしばらく粘ったあと、のろのろと話し始めた。


「おれはスコシ。……ええと、まあ好きなものは本かな? 本っていっても小説とか教科書じゃないんだけど。あとは、ゲームが好きだ。でも、ここにはゲームは持ち込めなかったから、ちょっと残念。仲良くっていうか、普通にやろう」


 それぞれの自己紹介が終わった。場の空気が途切れる間もなく、スクハルが全員を見た。彼は椅子にどっしりともたれている。


「じゃあ次は、ルールを決めないか?」


「なんだって?」


 スコシは嫌そうに反応した。スクハルは軽く息を吐いてから言う。


「いやなに、おれたちはここで三十日間を過ごすんだ。これはそれなりの日数だと思わないのか? 例えば今日の晩飯はどうする。それぞれが調理室へ行って飯をとって、部屋で食うのか? それもいいだろう。だが、おれはまだ調理室へ行っていない。そこに置かれた食材は、おれたちが無秩序に食いまくってもきちんと三十日間もつほどの量があるのか? それだけじゃない。水や電気のことだって確認しないといけないはずだ」


 ダージが言った。


「おれはあんたの言うことに同意するよ。でも、特に食料に関していえばその心配はいらないと思う。調理室には大きな冷蔵庫がいくつもあって、その中には冷凍された肉や魚がたくさん入ってたよ。おれたちがどれだけ我武者羅に食いまくったって、一か月はゆうに持つさ。――どちらかというと、おれは何時を食事の時間にするかの方を決めたいな」


 スクハルはうなづいた。


「じゃあ、それも決めようぜ」


 サラハイが驚いた。


「え、待ってよ。みんなで一緒に食事をとるの?」


 ダージが小首を傾ける。


「嫌なのか?」


「いやってわけじゃないけど、そんなこと思いもしなかったわ。……ええ、でも確かに、そっちの方がいいかもね」


「だろう? だっておれたちはこれからここで一緒に暮らすんだ」


 言ってから、ダージは声を上げて笑った。スコシが言う。


「電気と水に関しても今のところは問題はないよ。――そこを言ったところに扉があるだろう? そこがホテルの管理人室と、小さな倉庫、下につながる階段があるんだ。地下は洗濯室と倉庫と発電室がある」

 言いながら、スコシは一階ロビーの廊下の方を指さした。ロビーには外へつながる扉があって、そこをまっすぐ進むと短い廊下がある。アルゲはその先をちらりと見たことしかないが、扉があったのは見えたから、そこが管理人しつとか、地下への階段とかに繋がっているのだろう。


 スコシは続けた。


「今のところ電気と水道は通っているから心配はないな」


 スクハルはうなづいた。


「それはよかった」


 それからダージが中心になって、食事について時間を決めた。朝食は朝の九時半、昼食は十二時、夕食は夜の八時に食堂へ集合してみんなで食べようということになった。食事はダージがすべてしてくれるらしい。これには驚いた。彼は食事に関しては並々ならぬ情熱があるようで、交代制にしてはどうかというシズの意見を押し退けてでも自分ですることを選んだ。朝起きれるのかな、というのがアルゲの思いだ。サラハイなどは料理などはなからするきがないらしく、よかったと本当に喜んでいる。


 電気や水についても議論が行われたが、これは適当に話が進んだところで打ち切られた。水は問題なく出るし、電気も同じく問題がない。だから将来に備えることはないだろうというものだった。


 まだお互いのことをよく知らない。アルゲたちは他に話さなければいけないテーマを失った。


 そこからしばらくの間、アルゲたちは適当な会話を続けた。アルゲは立ち上がって、窓辺の席へ場所を移した。その頃には他の人間も、思い思いに気分に任せて席を移動したりしていた。


 アルゲが座った席は、シズとサラハイのテーブルの隣だった。同じように、シズは窓辺に座っていた。


「あとで外に遊びに行かない?」


 シズが聞いてきた。アルゲはうなづき返す。


「いいよ」


 言いながら、アルゲは小さな窓を開く。窓はうち開きだ。風がさっと中へ入ってカーテンを揺らした。


「外、すごくきれいだもん」


 シズが手首を折って、指先でアルゲの窓の外をそっと指しながら言う。


「海がきれいだね」


「うん…!」


 アルゲは心から同意した。海の青色は深い。もしかしたらと思って、耳をすまして、打ち寄せる潮の音を聞こうとしたが、何も聞こえなかった。


 シズがアルゲの眼を見ていた。


「今から、行ってみない?」


 アルゲが時計を見ると、まだ十五時くらいだった。


「いいよ!」

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