第162話 ネクサス大学 開校初日 六つのキャンパス その3 2022.11
第四章 静かな口調の怖い先生
【南アフリカ校区 魔法新素材・エネルギー工学部門 講師:ギルス】
ケープタウンの天空キャンパスには、風があった。
喜望峰の沖を吹く海風が、この高度でも感じられる気がした。教室の窓の向こうに大西洋とインド洋の境目が、遠く霞んで広がっている。ジンはその景色を見ながら、かすかに息を吸い込んだ。
**魔法新素材・エネルギー工学部門・第一講義室。**
ギルス講師は、静かに入ってきた。
派手さは何もない。大柄な体格に、清潔な白衣。声も低く、落ち着いている。でもその落ち着きが、妙な緊張感を生んでいた。感情の読めない顔が、どこか怖かった。
「本部門の概要を説明します。」
スライドが映し出された。「魔法新素材工学とは」という見出し。
「魔法的性質を持つ新素材の開発と、それを用いたエネルギー変換・制御の研究が、この部門のテーマです。既存の物理法則と魔法則の境界領域を扱います。」
淡々とした説明が続く。内容は高度だが、筋道は明快だ。
「素材の魔法的特性には、耐熱性、対魔力透過性、空間干渉耐性などがあります。我々はそれらを人工的に設計・製造することを目指します。」
一通りの説明が終わったところで、ギルスはスライドを閉じた。
「質問は」
静かに言った。
一人の学生が手を挙げた。
「難易度はどれくらいですか。」
「高い」
ギルスは一秒も考えずに答えた。
「前例のないことをするので、当然です。」
ジンは自分の手を見た。
*前例のないこと。*
その言葉が、なぜか頭の中で繰り返された。
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第五章 白紙のスライドと静かな問い
【イギリス校区 宇宙の真理研究部門 講師:ホー博士】
オックスフォードの天空キャンパスには、歴史の重みがあった。
古い石造りの建物のデザインをそのまま引き継いだ廊下に、天空の光が差し込んでいる。
**宇宙の真理研究部門・第一講義室。**
ホー博士の授業は、今学期一番人気だった。
定員の三倍の申込があり、抽選で絞られた学生たちのアバターが、固唾を飲んで待ち構えていた。アーサーもその一人で、席に着く前から心拍数が上がっていた。抽選を漏れた希望者もアバターはないがインターネットを経由して視聴は出来る。
扉が開いた。
小柄で、白髪交じりで、ひょうひょうとして、どことなく哲学者のような雰囲気がある人だった。静かに教壇に歩み寄り、スクリーンを映し出した。
真っ白だった。
スライドに、何も書いていない。
アーサーは瞬きした。資料の配布ミスかと思った。でもホー博士は平然としていた。
「空間とは何か」
ホー博士は言った。それだけで、しばらく黙った。
誰も喋らなかった。
「この天空ダンジョンは、なぜ飛行機にぶつからないのか。現実には存在するのに、現実の物体がすり抜けている」
アーサーは反射的に考えた。確かに——ここは天空に浮いている。飛行機が近づくと、天空ダンジョンは消えるらしい。不思議だ。
「我々の部門は、その問いを起点にします。空間の本質とは何か。ダンジョンが生み出す異空間と、通常空間の違いは何か。」
博士は白紙のスクリーンをそのままにして、続けた。
「空間とは何か?答えは、まだありません。だから研究します。」
それだけだった。
アーサーは、口が半開きになっていた。
最初の授業で、答えのない問いだけが残った。でも不思議と、不満はなかった。白紙のスクリーンが、いつの間にか全宇宙に見えていた。
これが、ここで学ぶということか。
知的好奇心が、静かに燃え始めていた。
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