31:神の手ペタペタ
夕食を頂いた後、部屋に戻ろうとしたらお城の中が急に慌ただしくなった。
特に騎士が。
うぅん、嫌な予感がするわね。
「アッシュ卿、何があったのか聞いていてくれる?」
「かしこまりました、ルシアナ様」
アッシュ卿が騎士のひとりを捕まえて、状況を尋ねている。
すぐに戻って来ると、彼も慌てて私に言った。
「魔獣の群れが、スノウラースの近くに現れたようです」
「群れが!? え、街の近くに出るものなの?」
「普段は街や街道沿いに魔獣は出ないそうです。だから彼らは慌てているのですよ」
魔獣の群れが街の近くに……大丈夫なのかしら。
「おい」
いつもの不愛想な声が聞こえて振り返ると、いつもよりしっかりとした装備を身に着けたグレン卿がいた。
「い、いくの?」
「あぁ。お前は心配せず、部屋で休んでいろ」
「心配するなって言ったって、街から近い所に出たんでしょう?」
「近いといっても、目と鼻の先ではない。まだ雪も積もっていないし、馬を飛ばしても一時間はかかるだろう」
そっか。まだ雪がないから移動も楽なのね。
「って、つまり魔獣も移動しやすいってことじゃない!?」
「行ってくる」
「ちょっとっ、否定しないのね!」
すたすた歩きだすグレン卿を追いかけて、彼の腕を掴む。
「待ってよ。ちょっと……」
「なんだ?」
「うん。その、祝福、してあげるから」
と言ってたら思いだしちゃった。
これ、制限時間制だったわぁぁーっ!
魔獣がいる現場まで馬で一時間ぐらいだって言ってたじゃない。
祝福の魔法の効果時間も、だいたい同じぐらい。
うぅ、意味ないわぁ。
「あ、やっぱりその──」
「頼む」
「へ?」
グレン卿が真剣な顔をじっと私を見てる。
どうしよう。一時間しか効果ないなんて、今さら言えない。
「グレン卿。姉さまの祝福は、一時間しか効き目がないんですよ? 姉さまもそのこと忘れて、思わず言っちゃったんでしょう。もう、おっちょこちょいなんですから」
「そ、そうなの。えっと、グレン卿、ごめんなさい」
クリフ、フォローありがとう。でも最後の一言は余計よ!
「いや、効果時間のことは知っている。だが頼む」
「え、いい、の? 一時間ですよ? 魔獣がいるところに到着する前に、効果消えちゃうんですよ?」
「構わない」
キリっとした顔で、グレン卿は言ってくれる。
「それに、もし奴らの進行が早くて一時間以内に遭遇すれば、その時は十分に効果を発揮してくれるだろう」
「ルシアナ様、あの魔法は心の準備というか、恐怖心や不安を払ってもくれます。現場に到着するまで、冷静さを保てますので十分効果はあると思いますよ」
アッシュ卿まで加勢するもんだから、だったらかけてあげない訳にもいかない。
でも──
「どうせなら、出発直前で。それに他の騎士たちにも、祝福の魔法を付与したほうがいいと思うの」
「他の……そう、か」
ん? なんでそこ、落ち込む訳?
「では祝福の魔法を使います。魔法陣が出たら、どんどん入っちゃってくださいね」
でも魔法陣のサイズは普通だから、付与を受けた人から出て行って貰わなきゃいけない。
前にどのくらいの時間、魔法陣を維持できるかやってみたけど、だいたい一分程度だった。
まぁ魔法陣が消えたからって魔力切れを起こすわけじゃないんだけど、それでも十回も使うと切れてしまう。
「大丈夫か、そんなに使って」
「平気よグレン卿。どうせこのあと休むんだもの。気絶したっていいもの」
「いや、気絶する前に止めておけ」
「気に掛けてくれてありがとう。でもあと四回は大丈夫だから」
その四回が終わると、さすがにくらくらと眩暈がして、立っているのがやっとに。
「部屋まで送ろう」
「ダメッ。せっかく魔法の効果がついたんだもの、早く出発して」
「だが」
「大丈夫。ローラ、お願い」
彼女を呼んで肩を借りる。くらくらしても、歩けない訳じゃないから。
大丈夫。もう一度念を押すと、グレン卿は諦めたように騎乗した。
「気を付けて、グレン卿」
「あぁ。奴らを街まで入れさせない。絶対に」
そうね。街の中まで入ってきたら大変だわ。
出発した騎士団を見送って、それから部屋へと戻った。
「みんな無事に帰って来てくれるといいんだけど」
「そうですね。さ、お嬢様。ゆっくりお休みください。私、隣の部屋のソファーにいますので、何かあったら呼んでくださいね」
「ソファーで休むなんて、大丈夫?」
「はい! すっごくふかふかですから」
あ、うん。そうね。凄く上等なソファーだったもんね。
ベッドに入って目を閉じる。
だけど眠れない。
やっぱり心配だもの。眠れる訳がない。
それでも魔力切れを起こしていたから、次第に意識が遠のいった。
でも完全に眠ってしまった訳じゃなく、うたた寝っていうのかな。
お城の中は今でも慌ただしいせいか、窓の外からも人の声がしていて、それが子守歌のように感じる程度には聞こえていた。
どのくらい経ったのかしら。
雑多な音が凄く大きくなって、それに増えて。
さすがに意識がハッキリして目が覚めてしまった。
窓の外を見ると、松明の灯りがたくさん。
もしかして討伐隊が戻ってきたの!?
部屋を出るとローラが熟睡していて、彼女を起こさないようにそぉっと廊下へと出た。
階段を駆け下りると、治療がどうとかいう声が聞こえる。
グレン卿の声だわ!
「グレン卿、怪我をしたの!?」
「ルシアナ、起きていたのか?」
「ううん、ベッドの中でちゃんと休んでいたわ。それより怪我は」
「いや、俺ではない」
彼の後ろにいた何人かの隊服に、血が滲んでいるのが見える。
大変っ。
「んんー、えいっ」
魔法陣を思い浮かべ、ある魔法を発動させた。
その魔法で私の手が光る。
その手で、怪我をした騎士の腕に触れた。
「傷が、塞がっている? 治癒の魔法か?」
「ううん、違うの。これ、司祭様の『神の手』なのよ」
「神の手に治癒の効果があると?」
「その通り」
聖なる手は、呪われた物や毒に触れても平気、という効果。
神の手はそこに、治癒が加わるの。あと呪いや毒の浄化も出来るって聞いた。
浄化しながら治療も出来るっていう、まさに神の手よ!
今回は治療のためだけに利用しているけれど。
「この魔法も効果時間の間にペタペタ触れば、その分たくさんの人の治療が出来るわ。ただ私の魔力が高くないから、重傷レベルの怪我は治せないけど」
「十分だ。重傷者はもとより、神官の所へ運んでいる」
「そう。じゃあ軽症者の治療をするから、んー、どこかの部屋を借りれるかしら?」
「他の者の治療もするというのか?」
「うん。今度こそ魔力切れで気絶するまでね」
そう言って笑うと、グレン卿がため息を吐いた。
「どうせ寝るんだもの。気絶したっていいじゃない。広めの部屋でやりましょう」
「はぁ……分かった。おい、ナバール。神官の所に運ばれていない、比較的傷の深い奴らをこの上の食堂に集めろ」
「は、はい。分かりました」
さぁて、神の手ペタペタするわよぉ!