17:天井になにが?
呪いのアイテムを持って、さっそく大神殿へと向かった。
直ぐに先日の司祭様が対応してくださって、呪いの内容を伝えると鑑定スキルの出番はないとのこと。
「では簡単に解除できるのですか?」
「まぁ実際には簡単ではありませんが、呪いの糸を解くものではありませんので」
だから司祭ひとりで解除は可能とのこと。ただ半日ほど掛かるかもしれない、と。
「構いません。解除後のこれらは、浄化代として神殿に納めさせてください」
そう言うと、司祭様が笑顔で首を振る。
ぐっ。お金は可能な限り使いたくなかったんだけど。
「寄付も必要ございません。ただ……実は少し、ルシアナ令嬢にお願いがございまして」
「お願い、ですか?」
「はい。神殿には多くの呪いの品が届けられます。全て浄化目的なのですが……」
あ、これなんか分かった気がする。
「中にはなんの呪いなのか分からない品も多いもので」
「呪いの種類が分からないと、どの魔法で解除すればいいか分からないんでしたよね?」
「はい、その通りでございます。ですので、よろしければ鑑定をお願いできないかと」
「そういう事でしたら、お任せください」
これで浄化代チャラにできるなら、お安い御用だわ。
と思ったけど、予想外に時間がかかってしまった。
鑑定結果をメモして、呪いの品と一緒に棚に置く。ただそれだけだったんだけど、どうせなら解呪作業をしやすいようにと欲張ってしまって。
結局、棚に並べたものを全部もう一度総入れ替えして、解呪のための魔法の種類ごとに並べ直してしまった。
「はぁ……お、終わった」
「お疲れ様です、お嬢様」
「みんなも手伝ってくれて、ありがとう」
「我らはルシアナに仕える者。礼を言われることではございません」
「んー、でもありがとう」
だって親切にされたのだから、ちゃんとお礼を言わなきゃね。
いくら従者と言えども、それは同じ。
私が元々日本人だから──という訳じゃないと思う。
私の中のルシアナの記憶にも、彼女がローラたちに「ありがとう」と言って笑う姿があるもの。
まぁそういう意味では、ルシアナって変わった令嬢よね。
こんな子でも、悪役令嬢なんだから不思議で仕方ない。
「みなさま、お疲れ様です」
「神官さんもお疲れ様。あとは呪いを解除するだけね」
「あ、それは我々がいたしますので。ここにある呪いは、見たところ呪いの糸を解くタイプのものはございませんので」
「じゃあ、えいやーって浄化するだけなのね」
そういうと、神官さんが笑いながら頷いた。
「あ、そうだ。先ほどエリーシャ様がいらっしゃいまして」
「エリーシャさんが! 祝福の魔法の練習かしら?」
「そのようです。実はエリーシャ様、魔法陣を発動できるようになってきたのですよ」
「それは見に行かなきゃ!」
神官さんたちの修行場である『修練の間』に向かうと、額に汗を浮かべたエリーシャの姿があった。
祈るようなポーズの彼女の頭上に、うっすら魔法陣のようなものが浮かんでいる。
頑張って。
頑張ってエリーシャ。
ぐっと拳を握って心の中でエールを送っていると、ふいに彼女が私の方に視線を向けた。
ぱぁっと花が咲くような笑みが、彼女の顔に浮かぶ。
昨日、街で見かけたエリーシャとは、まるで別人のように明るい表情だわ。
「ルシアナ様っ」
「エリーシャさん、久しぶり。いつもここで頑張ってるの?」
「二、三日に一度ぐらいです。でもここに来ると……その、気持ちが落ち着いて」
彼女の笑顔が物悲し気に見えるのは、きっと思い違いではないはず。
ここに来れば義母や腹違いの姉に、あれこれ言われずに済むからだろうな。
エリーシャを救ってあげたい。あの家から解放してあげたい。
でも貴族社会でそれが出来るのは、どこかに嫁ぐとき。
ねぇ、エリーシャ。
あなたは原作通り、ベンジャミン皇子に一目惚れするのかな?
もしそうなら……私、応援するんだけど。
でも原作の流れからいろいろ変わってきている。
エリーシャが原作通り、皇子に一目惚れするとは限らない。
その時になってみなきゃ、ね。
「エリーシャさん、さっき魔法陣が浮かんでるの見えたわ」
ぐっと拳を握って、この興奮を伝える。
「なかなかまだ上手くいかなくって」
「ううん、ちゃんと出来てたわよ! ね、もう一度見せて」
「ルシアナ様……はいっ。頑張ります!」
「ファイトー、いっぱーつ!」
「んん?」
ふふ、気にしない気にしない。
エリーシャが目を閉じて、祈りを始まる。
すると、彼女の手がぽぉっと淡い光を放ちだした。
凄い。本当に魔法を使えるようになったんだ、エリーシャ。
羨ましいな。
私の鑑定スキルは確かにレアだけど、でも魔法ではない。
そしてスキルを持つ者は魔法が使えず、魔法を使える者はスキルを使うことが出来ない。
それがこの世界の常識。
つまり私は、どんなに頑張っても魔法が覚醒することはないってこと。
あ、エリーシャの頭上に魔法陣が浮かんだ。
うーん、まだまだぼんやりしてるなぁ。
「っはぁ、はぁ。や、やっぱりまだ、ダメみたいです。頑張ってるんだけど、頑張って……」
エリーシャ……。
薄っすら涙すら浮かべる彼女の手を握り、私が笑ってみせた。
「えぇ、あなたは頑張ってるわ。凄く頑張ってる。ね、力を抜いて。思いつめちゃダメ」
「ルシアナ様」
「あなたはどうしたい? 魔法を授かって、どんなことをしたい?」
「私……私は……」
エリーシャが辺りを見渡す。
「母と暮らした村に行って、お世話になった人たちの怪我を治してあげたいです」
「そう」
「医者や神殿の力が及ばない、そういった所にも行きたいです」
「そう」
「私……ルシアナ様に魔法を見せてあげたいです」
え、私に?
にっこり笑みを浮かべるエリーシャは、再び目を閉じて祈り始めた。
私のために……。
握ったままの彼女の手に、少しだけ力を込める。
頑張ってエリーシャ。
私にあなたの魔法を見せて。
「出来るわエリーシャさん。あなたならきっと。き──」
ん?
周りの神官さんたちがざわついてる。
みんな、天井を見てるみたい。
天井になにが?
ん? んん? んんんー?
「ひょわっ。まま、ま、魔法陣が……」
黄金色に輝く魔法陣が──巨大すぎる魔法陣が、部屋の壁を貫通して展開されていた。




