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16/33

16:爆買いしたものは処分させて貰うんだけどね

「愛してもいない相手と、そこまでして必死に婚約する理由。それと別荘の売却……もしや侯爵家は──」


 グレン卿はそう言って、金色の瞳で私を見下ろした。


 ダメ。


 それ以上言わないで。

 知られる訳にはいかないの。


 皇子との結婚の理由が、借金の返済のためだなんて知られたら……。

 お父さまは爵位を剥奪されてしまう!


 せっかく自力での借金返済の目処が立って来たのに、今それを帝国皇室に知られたら我が家は──。


「い、いや、悪い。俺の、ただの憶測だ」

「──ねがい」


 皇室に知られたらどうなるか。

 それを考えただけで、恐怖に震えて目頭が熱くなってきた。


「お、お嬢様」

「ルシアナ様っ。も、もうお帰りになられませんと」

「お願い、します……お願い」


 ローラとアッシュ卿の言葉をさえぎって、気づけば私はグレン卿に縋っていた。


「その憶測は、グレン卿、あなたの心の中に留めてください。お願い。お願いします」


 あぁ、涙出そう。こんなところで泣いちゃあ、グレン卿に迷惑かけちゃうのに。


「約束する」


 え……。

 それを望んでいるはずなのに、ふいに掛けられた言葉に驚いて彼を見上げた。

 顔が……ちかっ!


 でも、いつも不愛想なのに、今、凄く……優しい顔。


 あ、戻った。


「お、憶測でものを言って、俺も恥をかきたくない」

「……あ、ありがとう」


 安堵して、体の力が抜けた。


「おいっ」

「だ、大丈夫です。ちょっと、緊張が解けただけで」


 膝カックンされたわけでもないのに、倒れそうになって、それを彼が支えてくれる。

 椅子に座り直して、ふぅっと呼吸を整えた。


 グレン卿も椅子に座り直し、また指パッチンで店員を呼んでいる。

 カッコいい。私もやりたい。

 運ばれて来たジュースには、氷は入っておらず。すると彼が小さな魔法陣を作って、氷を生み出した。

 グラスを私に差し出す。


「ありがとうござます。いいですね、氷の魔法。いつでも冷たいジュースが飲めて」

「北部では暖かい飲み物の方が好まれる」

「あはは。北部は寒いっていいますもんね」


 確かに寒いところで冷たいジュースは飲みたくないわ。

 ストローにそっと口をつけて、一口飲む。

 はぁ、落ち着く。


「その……多い、のか?」

「へ?」


 グレンが明後日の方角を見ながら、そう尋ねて来た。


「金」


 と短く捕捉する。ううん、捕捉になってない。

 だから考えた。彼が何を尋ねて来たのかを。


 金が多い? 金……あぁ、借金は多いのかってことね。


「ビックリするぐらいですよ」


 私の返答に、彼が目を丸くする。信じられない、といった顔だ。


「だが侯爵家では、いくつか大きな事業を」

「えぇ……五年ぐらい前から、急に……。お父さまも有能な執事も、どうしてそうなったのか原因が分からないってぐらいで」

「急に?」


 そう。急にだ。

 それまで侯爵家の事業はうまく言っていた。それは子供の私でも分かるほどに。

 だけど五年前から突然、事故やらなにやらで経営が傾き始めて……それでも規模が大きいから、一つ解決すればまた以前のように。

 そう思ってお父さまも従業員も頑張ってきた。


 今のところ、その努力は報われていない。


 私が考えている間、グレン卿も何か考えている様子だった。

 そしてぽつりと、ある言葉を漏らす。


「呪い……」

「え?」

「あ、いや……急に……というのが気になった。いくつかやっている事業のうち、ひとつか?」

「あ、いえ……父は鉱山、国外貿易、農耕、ワイン工房とやっておりまして、ワイン工房以外の三つが……そういえば、その三つの経営が傾きだしたのって。ねぇ、アッシュ卿?」


 アッシュ卿は突然名前を呼ばれて驚いていたけど、すぐに咳ばらいをして頷いた。


「自分の記憶でも、その三つが、その……なったのは、ほぼ同じ時期です」


 そう話してくれた。

 それがどうしたのだろうか? と思いつつ、同時に三つの事業が? と疑問も抱く。

 するとグレン卿が、自身の剣を鞘ごと取り出した。


「呪いにはいろいろな種類がある。これのように、病をまき散らすものから不幸にするものまでな」

「呪い……もしかしてお父さまの持ち物の中に!?」

「確証はない。だが同時期に複数の事業が……というのは、不自然だろう。お前、家にある物は鑑定したことなかったのか?」

「は、母の持ち物は、いくつかだけ」


 売ろうと思って選んだものだけ鑑定してある。

 ちょっと傷ものだったり、人工物でないかをチェックするために。

 だけどお父さまのものまで売るつもりはなかったから……。


 でももしこれが呪いの仕業だとしたら!


「グレン卿、私──」

「あぁ、帰れ」


 ぶっきらぼうにそう言った彼の瞳は、その言葉に反してとても穏やかに見えた。

 

 全て上手くいくかもしれない。


 そんな希望を、彼が抱かせてくれた。


「ありがとう、グレン」


 嬉しくて、嬉しくて。きっと私、今世紀最大の笑顔のはずよ。


「あぁ。健闘を祈る」


 彼はそう言うと立ち上がって、行ってしまった。

 ふふ、健闘か。


 よぉし、戦うぞ!






「それで見つかったのが、この三つなのか?」

「はい、お父様」


 帰宅した私は、さっそくお父さまの部屋と執務室にあるものを徹底的に鑑定しまくった。

 その結果、見つけたのは三つの呪いの品。


 ひとつはネクタイピン。もう一つはカフスボタンのセット。カフスボタンには、それぞれ別々の呪いが掛かっていた。


「ネクタイピンには『地の穴が塞がる』という呪いが掛かっています」

「鉱山か……この五年間で、落盤事故が頻発していたのはそのせいだったのか」

「カフスボタンには、一つは『沈没』が、もう一つは『小麦不作』と、随分ピンポイントな呪いです」

「はぁ……」


 鑑定結果分かった呪いの種類を聞いて、お父様がふかーいため息を吐く。

 呪いの種類が、まさにここ五年で起こっていること。

 それが原因で、経営が傾いているんだもん。


 ワイン工房はそれほど大きな事業ではなく、黒字額もそう大きくはない。

 だから放っておかれたのかな?


「ま、まさかシェリアンの病も!?」

「いいえ、お父さま。それは有り得ません」


 母シェリアンは十年前から病を患っていた。そう長くは生きられないと、その時に言われたらしい。

 だから呪いとは関係ない。

 お母さまが呪いで殺されたなんて、そんなことは考えたくなかった。


 念のため、お母さまのお気に入りのアクセサリーやドレスを鑑定したけど、呪われたものはひとつもなかった。


「そう、か……」

「病は呪いではないのですが、お母さまの購買意欲はもしかしてと思わなくはないんですよね」


 半分冗談のつもりで言ってみたんだけど、もしかしてと思わなくもない。

 あとでアクセサリー以外のものも鑑定してみようかしら。

 そう思っていると、お父さまが少し困った顔をしてこういった。


「自分が死ぬかもしれないと思って、怖かったんだろう」

「怖かったから、いろいろ買っていたのですか?」

「彼女にとって、買い物をしている時が辛いことを忘れられる時間だったのだろうね」


 うぅ、そんな風に言われると、爆買い癖のお母さまを攻められないじゃない。

 まぁ、爆買いしたものは処分させて貰うんだけどね。


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