25:拝謁
軽い浮遊感の後に、広い通路の端に出る。
さっそく鑑定。
【夢幻の迷宮】
おおぅ、そのまんまだ。私はてっきり安土桃山城とか出るのかと思ってたんだけど、違うのね。
既に放った糸からは、しばらく行った左の通路に槍を抱えて座り込む人型の何かがひとつ、その先に何やら得たいの知れない変なモノ。
後は、この通路をまっすぐ行った突き当たりに大きな扉がひとつ、扉の中は特殊な結界が張ってあるらしく糸を通す事ができない。
他の分岐は漏れなく行き止まりで何も無い。とてもシンプルな作りの迷宮。と呼ぶ様なモノでも無いか、ここには魔物が存在していない。
おそらくこの夢幻の迷宮自体には意志というか迷宮としての機能が存在しない。ここで死んでも死体が吸収される事はないだろう。
どうするか。
「………すみませーん!」
「………」
返事がない、ただの迷宮のようだ。
「失礼しまーす!」
取り敢えず人型の何かがいる通路に向かって歩き出す。信じられない事にその人型の首に巻き付けた糸が槍のようなものによって何度も斬られている。つまり森蘭丸と同じくその人物には糸が認識出来ているという事になる。こう何人も私の糸を認識出来る人が出てくるとちょっとだけへこんでしまう。
進む。
この迷宮、広くて綺麗だけど何かただの大きな空洞のような感じもする。寂しいというか悲しいというか、この大きさが過ぎてきた時の長さを物語っているのか。
槍を持った人物との対峙を考える。
とても危険。というか、ダメだよね。取り敢えず倒す事だけに着眼するなら、今この場所で大規模魔法を発動してしまえば相手は何も出来ずに倒れるだろう。
まあけど、そういうわけにはいかないし、会話が出来る距離まで近付かないといけない。それはもう槍の攻撃可能圏内と見ていい。ちょっとなんて言うか、糸が認識されてしまっている時点で勝ち目がないような気がしないでもない。
何か対抗出来る得物を持っておいた方がいいかといえば、ひのきの棒とかひのきの棒とか、まあそんな冗談が通用する相手でもなさそうだし。糸に魔力を通して本気で戦わないと対抗出来ないのだろうなあ、と思ったり思わなかったり。
まるで綱渡りをしているような感覚。
槍を片手に持ちこちらを睨みつけている人物を、もうなんて言うか見るからに関わりあいたくない雰囲気を醸し出している人物を鑑定する。
【森長可】
蘭丸さんのお兄さんだったか、手に持っている槍は、
【人間無骨】
確かその名前の由来は人間を骨が無いかのようにサクサクと切り刻むと言う意味だったか。
うーん、言ってはなんだけどこんな狂人系の人に私の糸を見破られたというのが非常になんていうか、残念です。
やはり見破った要因は野生のカンとかかな? そういうなんでもアリ系ならなんとなく納得できるんだけども、、
無言で睨まれる。
…………
……
こっちから挨拶したほうがいいのかな?
…………
……
微かなな気配に、普通なら見逃してしまうような、懐かしい気配に気付く。
クロの気配が、長可さんの後ろの得たいの知れない変なモノからする。あそこにクロとフジワラくんが捕われているということか。
…………
……
斬ってみようかな、、
「オイ、余計な事をしたらコロスゾ」
「あ、はい。どうもこんにちは」
言葉が通じるみたいです。
無言で睨まれる。
…………
……
スッと槍が私が歩いてきた通路の奥の大きな扉を指す。
「お館様がお待ちだ」
お館様という事は、信長さんということかな? どうやら平和的に会ってくれるらしい。やはりこの行動は相手に興味を持たれたという事だ。
「えっと、はい。わかりました。失礼します」
フジワラくんに関してはクロに任せよう。多分ちゃんと対応してくれるはず……よね? わざわざ一緒に行ったんだから。
「わははは、我は小僧を確実に殺すために一緒に行ったのだ、つまり必殺!」
とか言いそうだけど。今回はそんなにふざけている余裕は無い。
本当に余裕がないんだからね。クロ解ってるよね?
扉の前に立つと同時に音も無くその大きな扉が開く。
開いていく扉の先には部屋というには大きすぎる空間が広がっている。
その空間の奥、一段高くなった場に座す人物。見ただけで分かるその威圧感、織田信長。その存在自体が威圧のスキルを自動で発してるかのような、この距離でさえ身震いするその異様なまでの存在感。
その後ろ、壁際に座すのが森蘭丸。静かにこちらを見つめている。
そして、信長さんの横にも一人、地に槍をつき仁王立ちの人物。当然鑑定する。
【森可成】
うーん、この人は蘭丸さんのお父さんだっけ?
こちらも息子の長可さんと同じく槍の使い手、確か字名が攻めの三左とか何とか、何で三左何だろうかと疑問に思ってみたりみなかったり。しかし、何て言うか森家の人しか登場しないのね。
などと思いつつ蘭丸を見る。当人はただ静かにこちらを見ているだけだ。なんだかなあ。
「来よ」
信長さんが来いという。普通に見てるだけなんだろうけど目が怖い。
歩き出すと、背後で音も無く扉が閉まる。
観察されているのがわかる。
「巫女か」
魔王のローブから覗く陰陽浄衣を見ての判断だろう。
そういえば、魔王のローブからは思いっきり死の波動が出ているんだけど、全く気にした様子もないというか効いてないんだろうなあ。
部屋の中央で立ち止まる。
「娘、我に何用か」
クロみたいな口調だよね。と、思ってみたり。
「お館様、お待ちを」
と、可成さんが割って入る。
「うむ」
素直に聞くんだ、信長さん。
「森可成である」
「はあ、どーも。冒険者のリンと申します」
「冒険者リンよ、御前である。膝をつき、首を垂れよ」
「お断りします」
下につくつもりはない。
ドンっと槍で地面を鳴らし、睨みつけてくる可成さん。
「娘、膝をつき、首を垂れよ!」
「はあ、お断りします」
気の無い断りの返事と共に糸を放つ。
憤怒の形相で目を見開き、言い放つ。
「無礼者め!!」
その声が届くよりも先に、槍の穂先が私の胸へと到達する。
速い。言い放った声よりも先にその攻撃が到達するなんて、両の手で槍を握り締め憤怒の形相のまま槍を私の胸へと突き刺す森可成。攻めの三左とはよく言ったものだ、まさに避ける暇もない。
槍先が私の胸を貫き、私が死んで紙の人型が二つに裂ける。
「ヌウッ!」
声を上げつつその攻撃と同じ速さで元の場所へと戻っていく攻めの三左。まさかここでまで糸の存在を看破されるとは、それ程までに実力差が存在するのか、それとも他に理由があるのか、、、
十文字槍とは、
その名の通り漢字の十を連想させる、槍先が十の形をした槍である。
その形状から突きの動作で相手の首を刈ることもでき、横に薙げば相手を斬ることも刺す事さえも可能な汎用性に富んだ槍だ。
その槍の縦の穂先が諸刃であるように、横の穂先も当然の如く諸刃である。
突きの動作で横の穂先が相手を刈る事が出来るという事は、当然の如く、引く動作でも相手を刈ることが可能なのだ。
森可成が引き際。クンッ、と片手で持った槍を動かしたかと思った瞬間。
ドンっと背中の右の肩の辺りに衝撃を感じ、次の瞬間、ブチッという音が身体の中から聞こえる。
ダメな音と言うものがある。
聴いた瞬間、これはもうダメだと感じてしまう音というものが存在する。身体の内側から聞こえる致命的な音。
背後から引っ張られるような感じが消失した瞬間、右肩に冷気を感じ、視線の端に映る右肩で終わっている、私の消失した右腕を認識した瞬間、意識を失いそうな痛みが全身に走る。
「―――――ッ!!」
歯を食いしばり声を殺す。背後でトサっと、何か軽い物が落ちる音がする。




