第7話 フェンは恐竜の卵を監査できるか? その1
御用邸の昼食会(前夜〜当日)
◆ 前夜 ― フェンと ゴンタ、エヴァを語る
フェン は、仕事が唐突に終わったその夜、
ようやく自宅の寝室で髪をほどき、
大きく息を吐いていた。
そこへ、気配もなく ゴンタが現れた。
「……ちょっと。人の寝室に忍び込むの、やめてくれない?」
「邪魔したくなかったんだ。君と エヴァの会話をね」
フェンは眉をひそめる。
「エヴァ? あの完璧超人みたいな秘書のこと?」
「彼女には……魔法使いの匂いがする」
フェンは一瞬、冗談だと思って笑いかけたが、
ゴンタの表情が真剣なのを見て、笑いが喉で止まった。
「……魔法? 職場は、監査部門よ?」
「君も感じただろう? 目の奥の光。普通じゃない」
フェンはベッドに腰を下ろし、
天井を見上げながらため息をついた。
「まあ……確かに“普通”ではないわね。
書類の処理速度、人間じゃないし。
前監査役がどこへ行くにも連れてた理由も、なんとなく分かる気がする」
ゴンタは静かに頷いた。
「前監査役は、君に言わなかっただけだ。
彼の担当していた“奇妙な案件”には、全部 エヴァがついていた」
フェンの背筋がぞくりとした。
「……つまり、私が引き継いだってこと?」
「そういうことだろうね。
彼は君を後継者に決めたんだ。
だから エヴァを“譲った”」
フェンは枕に顔を埋めた。
「最悪。
私、ただの監査員だったのに……
なんで魔法使いの秘書まで引き継ぐのよ」
ゴンタは苦笑しながら、フェンの髪を軽く撫でた。
「君ならできる。
それに、エヴァは君に忠実だと言っていた」
「……あの人が“忠実”って言うと、逆に怖いのよ」
甘い空気が流れたが、
その奥に、確かな不穏さが潜んでいた。
フェンは ゴンタの胸に額を預け、
小さく呟いた。
「……明日、何か起きる気がする」
「起きるだろうね。
でも、君は一人じゃない」
その言葉に、フェンはわずかに肩の力を抜いた。
◆ 翌朝 ― 監査役室
翌朝、フェンが出社すると、
受付の女性と警備員が、まるで皇族でも迎えるかのように最敬礼した。
(……やっぱり ゴンタのせいよね、これ)
フェン は自然体を装いながらエレベーターへ逃げ込む。
新しい監査役室の扉を開けると、
エヴァと、新人秘書のエマが待っていた。
「フェン監査役、おはようございます。
こちらが秘書見習いの エマ・トンプソン(Ema Tompson )です」
「は、はじめましてっ……!」
エマは緊張で震えている。
フェンは苦笑しながら手を振った。
「そんなに固くならなくていいわよ。
監査役って言っても、ただの疲れた会社員だから」
エヴァ は淡々と続ける。
「本日のご予定ですが、前オーナーとの面談が御用邸にて開催されます。
ビジネスランチ込みです。
そのほかは、監査報告書はすべて私が確認済みですので、署名のみで結構です」
フェンは思わず額を押さえた。
「……御用邸? あの“骨董品コレクター”の?」
「はい。監査役は既にご存じのはずです」
(知ってるわよ……吸血鬼の館の査定の時に、あの人の“収集癖”の一端は見たもの)
フェンは エヴァを指差した。
「エヴァ、もちろんあなたも同行するわよね?」
「……私も、ですか?」
「当然でしょ!
私と新人だけで、呪われた壺とか、封印された巻物とか、対処できると思う?」
エマが青ざめた。
「ふ、封印……?」
「冗談よ。たぶん」
エヴァは静かに頷いた。
◆ 御用邸 ― まるで宮殿
黒塗りのセダンが御用邸に到着した瞬間、
フェン は思わず声を漏らした。
「……いや、これはもう宮殿じゃない?」
白い大理石、金の装飾、意味不明な噴水。
エマは完全に固まっている。
「こ、これ……本当に個人の家なんですか……?」
「“元”オーナーの家ね。
会社の金じゃないだけマシよ」
黒塗りのセダンが御用邸の門をくぐると、
すでに黒服の執事が玄関前で待ち構えていた。
その姿勢は、背筋が一本の線のように伸び、
微動だにしない。
フェンは思わず息を呑んだ。
(……なんか、空気が違う)
車のドアが開くと、執事が深々と頭を下げた。
執事は静かに言う。
「お待ちしておりました。
監査役 フェン・ワイルド 様、エヴァ・グリーン様、エマ・トンプソン 様。
主人より、客室へご案内するよう仰せつかっております」
「主人は、まもなく客室へ参ります。
どうぞこちらへ」
執事に導かれ、長い廊下を抜け、
重厚な扉の前で執事が立ち止まった。
エマは緊張で固まり、
フェン は自然体を装いながらも、内心はざわついていた。
(名前まで把握されてる……?
いや、エヴァはともかく、エマまで?)
館内へ足を踏み入れると、
空気がひんやりと澄んでいた。
大理石の床は鏡のように磨かれ、
壁には高価そうな絵画や骨董品が整然と並ぶ。
エヴァは無言で歩きながら、
時折、展示品に視線を向けていた。
フェン はその横顔を見て、
(……何か感じてる)
と直感した。
エヴァ は静かに呟いた。
「魔力の残滓が多すぎます。
前オーナーは、相当“集めて”いますね」
フェンは胃が痛くなった。
客室の扉が開くと、
そこにはすでにメイドたちが彫像のように整列していた。
◆ 客室 ― 静止したメイドたち
案内された客室には、
彫像のように動かないメイドたちが並んでいた。
(……絶対普通じゃない)
フェンは エマの袖を軽く引いた。
「エマ、あまり動かないで。
あの人たち、たぶん“プロ”よ」
「ぷ、プロ……?」
「いろんな意味で」
エヴァ は部屋の空気を測るように目を細めていた。
(……この静けさ、絶対普通じゃない)
◆ 前オーナー登場 ― 緊張の頂点
執事が一歩前に出て告げた。
「主人がお越しです」
その言葉と同時に、
和服の美しい女性に手を引かれた初老の男性が姿を現した。
メイドたちが一斉に最敬礼する。
フェンは背筋を伸ばし、
監査役としての最低限の礼だけを返した。
前オーナーは、
どこか飄々とした笑みを浮かべていた。
「座りなさい。
私が君たちを呼んだのだ。
堅苦しい挨拶は無しだ。
昼食を食べながら話そう」
フェンは エヴァと目を合わせ、
小さく頷いた。
(……この人、絶対何か隠してる)
◆ 昼食 ― 豪華すぎる料理と、エマの緊張
メイドたちが一斉に動き出し、
テーブルには豪華な料理が次々と並んだ。
エマは完全に固まり、
フォークを持つ手が震えている。
「た、食べられない……」
フェンは小声で囁いた。
「無理しなくていいわよ。
私も緊張で味が分からないし」
エヴァは淡々と食事を進めている。
前オーナーは楽しそうに料理を食べるフェン達を眺めていた。
◆ 目録 ― “細かいことはエヴァに聞け”
食事が終わると、
前オーナーはふと思い出したように手を叩いた。
「そうだ、君たちに見せたいものがあったんだよ」
執事が分厚い目録を置く。
フェン はページをめくり、眉をひそめた。
(……“用途不明”“出所不明”“危険度:評価不能”って……
評価不能って何よ)
前オーナーは笑った。
「細かいことは エヴァ に聞くといい。
私はね、ただ“面白いもの”を集めていただけなんだ」
エヴァは無表情のまま、
しかしどこか懐かしむような目で前オーナーを見ていた。
◆ エマ、タッパーで持ち帰る
エマが申し訳なさそうに手を挙げた。
「あ、あの……すみません……
食べきれなくて……」
するとメイドが、
慣れた手つきでタッパーウェアを差し出した。
フェンは目を見開いた。
(タッパーあるの!?御用邸に!?)
エマは恐縮しながら受け取る。
エヴァ が静かに言った。
「前監査役もよく持ち帰っていました」
(……前監査役、どんな生活してたのよ)
◆ 前オーナー、退出 ― 不穏な余韻
前オーナーは立ち上がり、軽い口調で言った。
「では私はこれで。後は エヴァと相談してくれたまえ。
危ないものは……まあ、触らない方がいいよ」
フェン は固まった。
(危ないものって何よ……!)
前オーナーは笑顔のまま退出した。
部屋には、
フェン・エヴァ・エマの三人だけが残された。
エヴァが静かに言った。
「……監査役。
帰社後、説明が必要です」
フェン は胃を押さえた。
(……絶対、ろくでもない)
『御用邸の昼食会(前夜〜当日)』主要用語解説
今回のエピソードに登場する重要な概念や設定について、中学生にも直感的にわかる例えを交えて解説します。
1. 監査役
解説: 会社の中で、社長や社員たちが不正や無駄遣いをしていないか、ルールを守って正しく仕事をしているかを厳しくチェックする最高責任者のことです。
中学生でもわかる例え: 「学校の給食費やクラブの部費が正しく使われているか、生徒会長や顧問の先生から帳簿を預かって厳しくチェックする総委員長」のような立場です。
2. 魔力の残滓
解説: 「残滓」とは「残りかす」のことです。強力な魔法や不思議な力を使った後に、その場所に目に見えない空気や気配、匂いのようなものとして残っている魔法の跡痕を指します。
中学生でもわかる例え: 「焼肉を食べた後の部屋に残る強烈な匂い」や「強い香水をつけていた人が去った後に、エレベーターの中に残っている香り」のようなものです。
3. 御用邸
解説: 本来は皇室や王室の避暑・静養用につくられた邸宅のことですが、本作ではけた外れの資産家や権力者が所有する、宮殿のように超豪華で広大な別荘・邸宅を指しています。
中学生でもわかる例え: 「テーマパークが丸ごとひとつ入ってしまうくらい広くて、大理石や金の彫刻で飾られた超大金持ちの城」です。
4. 呪われた壺・封印された巻物(うたがわしい骨董品コレクション)
解説: 前オーナーが個人的な趣味で集めた、一般的な美術品としての価値ではなく「危険な魔法や特殊な効力が秘められた未知の品々」のことです。
中学生でもわかる例え: 「触ると謎の呪いで腹痛を起こす古いお面」や「開けると中に閉じ込められた魔物が飛び出してくるスクロール(巻物)」のような、取り扱い注意な超危険アイテムです。
5. 危険度:評価不能(目録の記載)
解説: あまりに特殊すぎたり、現代の技術や科学、安全基準では計り知れなかったりするため、「安全か危険かさえ判定できない」という最上級の警戒レベルを示す表記です。
中学生でもわかる例え: 「何が入っているか分からない、ボタンを押したら世界が吹き飛ぶか飴玉が出るかもわからない謎の箱」に貼られた注意書きです。




