第4話 昇進したら吸血鬼城に飛ばされました その2
帳簿のズレの裏には、魔族の争い。監査官 フェンは、今日も胃が痛い
◆ 吸血鬼城への到着
トランシルバニアの古城は、
フェンの想像以上に“ホラー映画そのもの”だった。
高い尖塔、黒い石壁、霧。
そして門の前には──
執事マーティンが立っていた。
黒い燕尾服に白手袋。
完璧な姿勢。
だが、どこか“人間ではない”気配が漂っている。
「ようこそお越しくださいました、フェン監査官殿。ケンジ殿、エミ殿。
そして……ゴンタ様」
フェンは二度見した。
(ちょっと待って。
なんで ゴンタに“様”つけてるの?
私より丁寧じゃない?)
ゴンタは軽く手を挙げて笑った。
「どうも」
マーティンは深く頭を下げた。
「お会いできて光栄でございます」
フェンの頭痛は、すでに始まっていた。
◆ 帳簿不一致の“大元”
マーティンは長い廊下を歩きながら説明した。
「今回の帳簿の不一致は……
バンパイア側と人狼側の“資源配分の対立”が原因でして」
フェンは眉をひそめた。
「対立?」
「はい。
人狼側は“警備の負担が大きい”と主張し、
バンパイア側は“物資の横流しがある”と反論し……」
(あー……もう嫌な予感しかしない)
「その結果、物資の記録が二重計上され、
労働力の割り当ても混乱し……
帳簿が、こう……」
マーティンは言葉を濁した。
(つまり、魔族の喧嘩のせいで帳簿がぐちゃぐちゃってことね)
フェンの胃が痛くなった。
◆ 前任者の“治療室”
マーティンに案内され、
フェンたちは城の奥の部屋へ通された。
そこには──
佐藤と田中がベッドに横たわっていた。
顔色は悪いが、呼吸は安定している。
部屋の隅には、
なぜか近代的な医療設備が整っていた。
点滴スタンド、輸血バッグ、
血液型ラベルのついた大量の血液パック。
フェンは思わず声を失った。
(……なんで吸血鬼の城に医療設備があるのよ)
マーティンは説明した。
「お二人は、先日の“対立の小競り合い”に巻き込まれまして。
脱水と貧血状態で倒れておりました。
医官が輸血と点滴を施しました」
フェンは震えた。
(よかった……吸血鬼の血じゃない……
でもなんでこんなに血液があるのよ……)
ケンジは青ざめ、
エミは記録用タブレットを握りしめていた。
ゴンタは二人の前任者を見て、静かに言った。
「大丈夫。帰りは僕が送るよ」
フェンは少しだけ安心した。
◆ Gonta、単独で“対立を収めに行く”
治療室を出たところで、
マーティンが ゴンタに向き直った。
「ゴンタ様。
人狼側の“ボス”がまだ興奮状態でして……
お力をお借りできればと」
ゴンタは軽く頷いた。
「わかった。ちょっと行ってくる」
フェンは慌てた。
「ちょっと!? 危ないでしょ!」
「大丈夫。すぐ戻るよ」
そう言って、ゴンタは馬場の方へ歩いていった。
フェンは不安でいっぱいだった。
(……ほんとに大丈夫なの?
あの人、時々スケールがわからないのよね)
◆ 馬場へ──そして“異様な光景”
監査のため、フェンたちは馬場へ向かった。
そして──馬場に足を踏み入れた瞬間。
フェンは固まった。
ケンジは荷物を落とし、
エミは口を押さえ、
マーティンは息を呑み、
女性バンパイアたちは目を輝かせた。
そこには──
巨大な黒い狼が、きちんと“お座り”していた。
その前に、
リードを片手に静かに立つゴンタ。
まるで散歩中の犬を待たせているだけのような、
自然で、しかし常識外れの光景。
フェンの脳が停止した。
(……いやいやいやいや。
何がどうなってるのよ)
◆ ゴンタの“さらりとした支配”
ゴンタは フェンたちに気づき、
いつもの軽い調子でにこりと手を振った。
「おーい、フェン。来たんだね」
その瞬間──
● 人狼たち
周囲の人狼たちは一斉に背筋を伸ばし、
尻尾を股に挟んで震えた。
(……犬か。いや、狼だけど)
フェンの心の声が止まらない。
● 女性バンパイアたち
一方、メイド姿の女性バンパイアたちは、
息を呑んで ゴンタを見つめていた。
「……なんてお美しい支配力……」
「人狼の王を、あんなにも静かに……」
「領主様以外で、ここまで従わせる方が……」
「まさか……“上位の御方”……?」
フェンは頭を抱えた。
(なんであんた、吸血鬼のメイドさんにモテてるのよ……)
● マーティン
執事マーティンは、
まるで王族に跪くかのように深く頭を下げた。
「ゴンタ様……お見事でございます……」
フェンは三度見した。
(いや、なんでそんなに敬ってるのよ……
私より丁寧じゃない?)
◆ ケンジ
ケンジは震えながら荷物リストを確認していたが、
緊張のあまり 一行ずらして記録してしまった。
「……フェン監査官……すみません……
リストが……ずれて……」
フェンは優しく肩を叩いた。
「大丈夫よ。命に関わるミスじゃないから」
(この状況でミスしない方が異常よ)
ゴンタもケンジの肩を軽く叩いた。
「気にするな。よく頑張ってるよ」
ケンジは尊敬と恐怖で震えた。
◆ エミ
エミは、
巨大な黒い狼が“お座り”している姿と、
ゴンタの静かな支配の構図を見て、
こっそりスマホを構えた。
シャッター音は消してある。
(……すご……これ絶対あとで見返すやつ……)
ケンジも画面を覗き込み、
小声で盛り上がった。
「……ゴンタさん、すご……」
ゴンタはちらりと二人を見て笑った。
フェンは頭を抱えた。
(お願いだから、記録に残さないでぇぇぇ……)
◆ 監査の開始
こうして──
吸血鬼城での監査は、
フェンにとっては 地獄のような緊張、
周囲にとっては 奇妙な尊敬と混乱 の中で始まった。
フェンは深呼吸し、
書類を開いた。
(……よし。仕事するわよ。
このカオスを、なんとか“監査”にしてみせる)
ゴンタは静かに笑った。
「頼りにしてるよ、フェン」
フェンはため息をついた。
(……ほんと、あなたがいなかったら即帰国よ)
◆ 監査役室
フェンは監査役室の前で深呼吸した。
(……よし。報告するわよ)
ノックすると、
監査役は淡々と顔を上げた。
「予定より早かったな。入れ」
フェンは少し驚いた。
(……驚かないのね、この人)
フェンは書類を差し出した。
「帳簿の不一致は、
バンパイアと人狼の対立が原因でした。
物資の横流し、二重計上、労働力の混乱……
すべて魔族同士の感情的対立によるものです」
監査役は静かに頷いた。
「そうか」
「前任者の佐藤・田中は輸血治療で回復。
ゴンタの協力で、対立は収束しました」
「そうか」
フェンは眉をひそめた。
(……ほんとに驚かないのね)
◆ “あの物件”の真相
監査役は報告書を閉じ、
少しだけ遠い目をした。
「……あの城はな。
前オーナーが勝手に購入した“問題物件”だ」
フェンは固まった。
「問題物件……?」
「そうだ。
買ったはいいが、魔族の縄張り争いが激しくてな。
処理に困っている」
(……そんなもの買わないでよ)
監査役は続けた。
「改装するか、売却するか……
いずれ判断が必要だろう」
フェンは頭を抱えた。
(……絶対また面倒なことになるじゃない)
◆ ゴンタの“テーマパーク案”
監査役は淡々と尋ねた。
「フェン監査官。
お前はどう思う?」
フェンは答えに詰まった。
(……どう思うって言われても……
魔族の城なんて、どう処理すれば……)
その時、
後ろで控えていた ゴンタが、
いつもの軽い調子で口を開いた。
「テーマパークにしたらどうです?
“吸血鬼ワールド”とか。
魔族も人間も楽しめるし、
収益化すれば不良債権にもならない」
監査役は一瞬だけ固まったが、
すぐに淡々と頷いた。
「……検討しよう」
フェンは凍りついた。
(……ちょっと待って。
なんで今の案、普通に採用されかけてるの?
絶対、私が巻き込まれるやつじゃない……)
◆ 監査役の“労い”
監査役は静かに言った。
「フェン監査官。
よくやった。
……今後も期待しているぞ」
フェンは一瞬、背筋が冷えた。
(……やだ、この“期待している”って言葉……
絶対、次も面倒な案件が来るやつじゃない)
監査役は淡々と続けた。
「次の案件は、また追って連絡する」
フェンの笑顔は引きつり、
内心は震えていた。
(……嫌な予感しかしない)
監査報告書
【内部機密】海外支店
監査報告書作成者: 監査官 フェン・ワイルド 同行者: 監査助手 ケンジ、エミ / 外部協力者
監査対象および期間対象: トランシルバニア支店(通称:吸血鬼城)
期間: 202X年
X月X日〜X月X日
指摘事項および原因分析本支店における帳簿の不一致(数字が合わないこと)について、以下の通り報告する。
項目1 棚卸資産
現状と問題点
食料および消耗品の在庫が帳簿上の数値より20%不足。
原因(真相)
警備担当(人狼)による**「不可抗力」**という名のつまみ食い。
項目2 労務管理
現状と問題点
前任監査官2名が業務不能状態に陥っていた。
原因(真相)
魔族間の対立に巻き込まれたことによる重度の貧血。
項目3 現預金管理
現状と問題点
現地通貨と物資の突合が不可能。
原因(真相)
帳簿が狼の牙によって物理的に破砕されていたため。
◆ フェンの独白:監査官の矜持と、隠しきれない頭痛について
「……はぁ。出したわよ、出した。
誰が読むのよ、あんなファンタジー小説みたいな報告書。
『人狼が大人しくお座りしていたため、警備状況は良好』?
『吸血鬼のメイドたちによる熱烈な歓迎(※主にゴンタへ)により、現地の士気は極めて高い』?
書いてる途中で、自分の正気を疑ったわ。
だいたい、私は『数字』を信じる仕事を選んだはずなの。
一足す一は二。
貸方と借方は一致する。
そういう、裏切らない世界で生きていたかったのに。
今の私の世界はどう?
一足す一が『魔族の気分次第』で三にもゼロにもなる。
帳簿のズレの原因が『横領』じゃなくて『空腹』なんですって。
笑えないわ。
おまけに、ゴンタ。
彼、帰り際に何て言ったと思う?
『フェン、次はもっと広い場所に行きたいね』……ですって。
……やめて。
これ以上『広い場所』に行かされたら、私の常識が宇宙の果てまで飛んでいっちゃう。
エミはエミで、隠し撮りした動画を『癒やし用です』とか言って、仕事中ずっとニヤニヤしながら眺めてるし。
ケンジは今回のトラウマで、ホッチキスの針の並べ替えがさらに細かくなってるし。
……もういいわ。
とりあえず、今日だけは数字のことは忘れる。
監査役が『テーマパーク案』を本気にする前に、高いカプチーノでも飲んで、この現実を全部カフェインで流し込んでやるんだから。
あとがき
最後までお読み頂きありがとうございます。
懲りずに、この続き「 昇進したらカエサルの天幕に飛ばされました」も、
よろしくお願いします。




