↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
皮肉屋監査官 Fen (フェン)と異能の相棒  作者: Silvertiger
第3話 昇進したら吸血鬼城に飛ばされました その1

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/29

第3話 昇進したら吸血鬼城に飛ばされました その1

◆ 事務所にて


 フェンの事務能力は、ここ数週間で社内の誰もが驚くほど伸びていた。


 単なるデータ入力だけではない。


 数字の矛盾を見抜き、重大なトラブルを未然に防ぎ、

 時には壊れかけた業務フローそのものを修復してしまう。


 最初は侮っていた上司や同僚の視線が、

 驚きへ、そして賞賛と……少しの恐怖へと変わっていった。


 だが当の本人は、いつも通り淡々としていた。


「自分には強い味方がいる」

 その確信が、彼女を落ち着かせていた。


 もちろん、その“味方”とは──ゴンタ である。


 ◆ 昇進しました


 フェンを評価する声はすぐに重役会へ届き、

 彼女は監査部門の“監査助手”に抜擢された。


 ……のだが。


 数日後、さらに異例の辞令が下る。


「監査官として、一室を与える」


 係の一担当者から、複数部署を監査する立場へ。


 責任は重いが、やりがいも大きい。


 サラリーは数倍、勤務時間も自由裁量。


 まさに大出世だった。



 ◆ 厄介な相棒


 その日、ゴンタ は久しぶりに フェンの新オフィスを訪れた。


 扉には「監査官 フェン・ワイルド」と書かれたプレートが光っている。


 以前のくたびれたブラウス姿ではなく、

 ウォール街のキャリアウーマンのような、黒のパンツスーツに身を包んだ フェンがそこにいる?あら、いない。不在のようだ。


 ……だが、中身は相変わらず、ちょっと抜けている フェンだろう。

 そこが可愛いところでもある。



 ◆ お久しぶりです


 フェンがいないオフィスで ゴンタ が待っていると、

 廊下の向こうから足音が近づき──


 ガチャッ。


「……あれ? なんでいるの」


 驚きと喜びが混ざった フェンの声。


 ゴンタ は軽く手を振った。


「フェン様専用デリバリーサービスでやんす。

 本日のメニューは、カプチーノとシンプルハニードーナツ」


 フェンは眉を上げ、半ば呆れながらも笑う。


「デリバリーね……。

 仕事中に現れるなって常識は、あなたには通用しないの?」


 そう言いながら、コーヒーを受け取る手は素直だった。


「で、どう? 管理職になった ご気分は?」


 ゴンタ が尋ねると、フェンは椅子に深く座り直し、

 コーヒーをひと口飲んでから、ため息をついた。


「満足……ってほどじゃないけど。

 “管理職ごっこ”にしては、まあ、悪くないかな」


「部下はどうだい? フェン・ジュニアとフェンもどき?」


「やめて。

 一人はケンジ。三年くらい寝てない顔してる。

 もう一人はエミ。笑顔が怖い。

 あの子、ホッチキスの針を色ごとに並べてたのよ。

 あれはもう才能じゃなくて、執念よ」


 ゴンタ は吹き出した。


「いいじゃないか。優秀そうだ」


「優秀すぎて怖いのよ。

 私の机の上まで勝手に整理されてたらどうするの。

 “フェンさん、書類は色別に並べました”とか言われたら泣くわ」



 しばらく軽口を交わしたあと、

 ゴンタ がふと真顔になった。


「で、フェン。今の仕事に満足してるのかい?」


 フェンはコーヒーを見つめ、少し考えた。


「……満足っていうより、“混沌を管理してる”って感じ。

 でも、前よりはマシ。

 あなたに連れ回されたおかげで、

 ちょっとだけ世界が広く見えるようになったのかもね」


 ゴンタ は満足げに頷いた。


「それは良かった。

 満足してるって言われたら、コーヒーに唐辛子入れようと思ってた」


「やめて。殺意の味しかしないでしょ、それ」



 ◆ 不吉な予感


 そんなやり取りをしていると、

 オフィスの電話が鳴った。


 フェンが受話器を取ると、

 相手は監査役の秘書だった。


「フェン監査官、至急、監査役室へお越しください。

 重要な案件です」


 フェンは一瞬だけ ゴンタ を見た。


 その目には、

“嫌な予感しかしない”

 と書いてあった。


 ゴンタ は肩をすくめる。


「行っておいで。

 何かあったら、呼べばいい」


 フェンは深呼吸し、スーツの裾を整えた。


「……行ってくる。

 戻ってきて、あなたが勝手にコーヒー淹れてたら怒るからね」


「はいはい。フェン様のオフィスは触りませんよ」


 フェンは小さく笑い、

 監査役室へ向かって歩き出した。


 その背中には、

 昇進したばかりの不安と、

 少しだけ芽生えた自信が混ざっていた。



◆ 監査役室にて


監査役室の前に立った瞬間、フェンの背筋に冷たいものが走った。

ドアの向こうから、

“重い空気”が漏れている。


──嫌な予感しかしない。


ノックすると、すぐに秘書がドアを開けた。


「フェン監査官、どうぞ。監査役がお待ちです」


部屋に入ると、監査役は机に肘をつき、

深刻な顔で書類を見つめていた。


「来たか、フェン・ワイルド。座りたまえ」


フェンは緊張しながら椅子に腰を下ろす。


監査役は、しばらく沈黙した後、

重い口を開いた。



◆ 出張命令を受けました


「……海外支店の監査だ」


フェンは瞬きした。


「海外、ですか?」


「そうだ。場所は──」


監査役は書類をめくり、

言いにくそうに続けた。


「……トランシルバニアだ」


フェンは固まった。


「……え、あの、ホラー映画の?」


「ホラー映画ではない。実在する地域だ」


「いや、そうですけど……なんで私が?」


監査役は深いため息をついた。


「現地支店の帳簿に、重大な不正の疑いがある。

 だが、派遣した監査官が……戻ってこない」


フェンの心臓が跳ねた。


「戻ってこないって……どういう意味ですか?」


監査役は視線をそらした。


「……体調を崩したらしい。

 現地の“治療”を受けていると連絡があった」


“治療”という言葉に、妙な含みがあった。


フェンの背中に、冷たい汗が流れる。


「フェン・ワイルド監査官。君の判断力と処理能力は、

 この数週間で誰よりも頭角を現した。

 だからこそ、任せたい」


監査役は真剣な目で言った。


「……行ってくれるか?」


フェンは喉が乾くのを感じた。


海外出張は初めてだ。


ましてや、トランシルバニア。


ましてや、前任者が“治療中”。


だが──

フェンの脳裏に、

ゴンタの顔が浮かんだ。


(……まあ、最悪、あいつがなんとかするか)


フェンは深呼吸し、頷いた。


「……わかりました。行きます」


監査役は安堵の息をついた。


「ありがとう。出発は早い方がいい。

 詳細は秘書から受け取ってくれ」


フェンは書類を受け取り、部屋を出た。


オフィスに戻ると、

ゴンタがコーヒーを飲みながら待っていた。


「おかえり。で、何だった?」


フェンは書類を机に叩きつけた。


「海外出張よ。トランシルバニア」


ゴンタは一瞬だけ目を丸くし──

次の瞬間、にやりと笑った。


「いいねぇ。久しぶりに面白そうな場所だ」


「面白くない! 前任者が“治療中”なんだって!

 絶対ろくなことになってない!」


「大丈夫だよ。フェンが行けばなんとかなる」


「なんとかするのはあなたでしょ!」


フェンは頭を抱えた。


「……はぁ。どうせ行くしかないんでしょ」


「うん。行くしかないね」


ゴンタは立ち上がり、フェンの肩に手を置いた。


「準備は僕が手伝う。

 それと──移動は任せて」


フェンは眉をひそめた。


「飛行機じゃないの?」


「飛行機より早い方法がある」


「……嫌な予感しかしない」


ゴンタは笑った。


「フェン、君はもう“普通の出張”とは無縁だよ」


フェンは深いため息をついた。


「……わかってるわよ。

 でもせめて、命だけは守ってよね」


「もちろん。フェンは僕の相棒だから」


その言葉に、

フェンは少しだけ肩の力を抜いた。


こうして──

皮肉屋監査官 フェンの

“人生初の海外監査”は、

よりによって

吸血鬼城のあるトランシルバニアから始まることになった。


彼女はまだ知らない。

この出張が、

彼女の人生を大きく変える旅になることを。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。