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皮肉屋監査官 Fen (フェン)と異能の相棒  作者: Silvertiger
第27話 昇進したら闇の王に慕われました その1

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第27話 昇進したら闇の王に慕われました その1



 ◆ 決算委員会と任命


 北米総本部の朝

 ニューヨーク・Paradox Logistics社 北米総本部。


 ジョーカー事件から数ヶ月。

 荒れ果てていた組織は、いまや活気を取り戻していた。

 フェンは、監査役(Chief Audit Executive)兼総本部長としての鋭い眼差しで、レイエス副本部長が差し出すタブレットを受け取った。


 レイエス

「フェン・ワイルド総本部長。

 年度決算の最終集計が出ました」


 フェン

「“総本部長”は非常勤の肩書きよ。

 数字を見るわ」


 レイエスは苦笑しながら報告を続けた。


 レイエス

「前年比+18%の増収、+22%の営業利益改善です。

 センチネルの信頼回復と、政府系契約の増加が大きいですね」


 フェン

「……22%。

 クロウリー前本部長が聞いたら、椅子から転げ落ちる数字ね」


 レイエス

「現場は“総本部長の改革が正しかった”と口を揃えています」


 フェン

「数字は嘘をつかないわ。

 ……人間はよく嘘をつくけれど」


 レイエス

「本社の決算委員会、まもなく開始です。

 TV会議の準備は整っています」


 フェン

「行きましょう。

 “本社の皆様”が、どんな顔をするか楽しみだわ」



 ◆ パロアルト本社 ― 決算委員会(TV会議)

 巨大な会議室の中央に、

 ニューヨークからの映像が映し出される。


 CEO:アレクサンドラ(Alexandra R. Theronhart ) が決算報告書に目を通す。


「北米総本部。

 今年度の決算は……見事だわ」


 フェン

「光栄です。

 現場が動いてくれただけです」


 CEOは資料を閉じ、静かに告げた。


 CEO

「取締役会の決議により――

(実際は、CEOの独裁です)

 フェン・ワイルド、あなたを 正式に北米総本部長に任命するわ。

 さらに、複数部門を統括する Executive Vice President(EVP) に昇格よ」

 *Executive Vice President(EVP)

 上級副社長

 特定部門や複数事業を統括する役職です。


 会議室がざわめく。

 だが、フェンはすぐに口を開いた。


 フェン

「CEO。

 お言葉ですが、その任命は受けられません」


 CEO

「理由を言って」


 フェン

「以前にも申し上げましたが、私は監査役(CAE)です。

 正式に業務執行部門の長を兼務すれば、

 監査の独立性が完全に失われます。

 国際基準上も、会社法上も認められません」


 CEO

「……予想通り、つまらない答えね」


 CEOはゆっくりと立ち上がり、

 まるで“用意していた答え”を取り出すように言った。


 CEO

「では、こうしましょう。

 あなたの北米総本部長兼EVPとしての任務は――

 “非常任(Non-Executive)”とします」


 フェン

「非常任……?」


 CEO

「あなたは本社監査部のCAEとして常勤を続ける。

 北米総本部長兼EVPは“危機対応のための特別任務”ね。

 日常業務の執行には直接関与しない建前はそのまま。

 ――建前だけど、実質はあなたが指揮を執りなさい」


 フェン

「……監査役の独立性を“形式上”守るための抜け道ですね」


 CEO

「あなたが最も嫌う“抜け道”でしょう」


 CEOは微笑むが、目は笑っていない。


「でも、あなた自身が監査役として

 “最も合理的な選択”だと判断できるでしょう」


 フェンは沈黙した。

 逃げ道が、どこにもない。


 CEO

「フェン・ワイルド監査役(CAE)。

 あなたは数字と事実に忠実です。

 北米総本部を立て直したのは、あなたの手腕だと誰もが認めている。

 非常任扱いなら、あなたの倫理にも反しないでしょ」


 フェン

「……CEOは、私の性格をよく理解しているようですね」


 CEO

「理解していますとも。

 だからこそ――お願いしたいわ」


 フェンは深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。

(……CEOの“お願い”ほど信用できない言葉はない)


 フェン

「……承知しました。

 非常任としての北米総本部長兼EVPをお引き受けします」


 CEO

「よろしい。

 では次に――」

 CEOの視線が別の席へ向く。


 フェンの元上司、高嶋専務を見る。


 CEO

「高嶋 健二郎専務。

 あなたをCOOに任命するわ」

 *COO:Chief Operating Officer

 CEOの直下で日常業務を統括

 全社オペレーションの責任者です

(高嶋は、初めて明かされる“専務”の名前です)


 会議室の空気が変わる。


 高嶋

「光栄です、CEO」


 CEO

「フェン・ワイルドさん。高嶋 健二郎さん。

 あなたたち二人には――

 競い合いながら会社を引っ張ってもらうわ」


 フェン

(……CEOの“野望”のための舞台が整ったわけね)

 だが、彼女の瞳は揺らがない。


 強く、正しく、美しく――

 それがフェンだ。


 その瞬間だった。

 世界中の会議室の扉が、同時に“ガチャッ”と開いた。

 ユーラシア圏本部。

 極東本部。

 欧州本部。

 中南米本部。

 環太平洋統括部。

 アラブ本部。

 アフリカ統括部。

 北極圏研究所。

 南極研究所。

 北米総本部。

 そしてパロアルト本社の役員会議室。

 どの部屋にも、

 同じ人物が、同じ笑顔で、同じトレイを持って立っていた。


 ゴンタ

「お疲れさま〜!

 コーヒーとドーナツをどうぞっ!」

 会議室の空気が凍りつく。


 役員A

「……え? なんで……うちの会議室に……?」

 役員B

「ニューヨークの人間じゃなかったのか……?」

 役員C

「いや、さっき欧州本部に来たぞ……?」

 TV会議の画面には、

 世界中の会議室に現れた“複数のゴンタ” が映し出されていた。


 フェン

「………………」


 レイエス

「本部長……これは……」


 フェン

「聞かないで。

 私も理解したくない」


 各地の役員たちの視線が、

 一斉にニューヨークのフェンへ向けられる。


「あなたの部下、どうなってる?」

「これは……監査役としてどう説明するの?」

「倫理規定に……抵触しないのか……?」

「例の、噂の、その.............」

 そんな無言の圧力が画面越しに突き刺さる。


 フェン

(……ゴンタ。

 あなた、今日という日に限って何をしてくれているの)


 ゴンタ(NY会議室)

「フェン〜!

 みんな疲れてると思って、差し入れだよ!」


 フェン

「……あなたの“思いやり”は、時々凶器になるわ」



 ◆ CEOの一言

 パロアルト本社のCEOは、

 無言でコーヒーを一口飲み、

 ドーナツをひとかじりした。

 会議室全体が固唾を飲む。


 CEO

「――いけるわね」


 その一言で、

 世界中の役員たちの緊張が一瞬で霧散した。


 CEO

「では、決算委員会は以上で終わります。

 フェン、非常任EVPとしての初仕事を期待しているわ」


 まるで何事もなかったかのように、

 会議は淡々と終了した。


 フェン

(……CEOの“いけるわね”で全部片付くの、

 それはそれでどうなのよ)


 ゴンタ

「フェン〜!

 会議、うまくいった?」


 フェン

「あなたのおかげで、忘れられない会議になったわ。

 ……悪い意味で」


 だが、その声には

 どこか呆れと、

 ほんの少しの温かさが混じっていた。



 ◆ TV会議終了後・ニューヨーク北米総本部


 TV会議が終わり、

 フェンはゆっくりと大型ディスプレイの電源を切った。

 レイエス副本部長が、

 静かに、しかしどこか誇らしげな表情で近づいてくる。


 レイエス

「……本部長。

 非常任EVPへのご就任、おめでとうございます」


 フェン

「“おめでとう”と言われるような状況かしら。

 監査役としての独立性を守るために、

 CEOの抜け道を飲まされたようなものよ」


 レイエス

「それでも、あなたが選ばれたことに変わりはありません。

 北米総本部の全員が、心から誇りに思っています」


 フェン

「……私は、ここに常駐できなくなるわ。

 あなたに負担をかけることになる」


 レイエスは首を横に振った。


 レイエス

「本部長。

 あなたがどこにいようと、

 北米総本部はあなたの組織です」


 フェン

「……レイエス」


 レイエス

「あなたが改革してくれたから、

 私たちはここまで立ち直れた。

 あなたが示した“正しさ”が、

 社員全員の支えになっているんです」


 フェン

「……」


 レイエスは一歩前に出て、

 まっすぐにフェンを見つめた。


 レイエス

「だから、非常勤でも構いません。

 あなたが本社にいても、世界のどこにいても。

 私たちは、あなたの背中を見て働きます。

 ――北米総本部の全員が、同じ気持ちです

 あなたの背中を見て働けることが、私たちの誇りです」


 フェンは、ほんの一瞬だけ目を伏せた。

 その表情は、誰にも見せない柔らかさを帯びていた。


 フェン

「……あなたたちがそう言ってくれるなら、

 私は安心して本社の仕事に集中できるわ」


 レイエス

「もちろんです。

 ゴンタ君も、あなたがいなくても……まあ……なんとかします」


 フェン

「“なんとか”の部分が一番不安なのだけれど」


 レイエス

「……それは、私も同じです」


 二人は、わずかに笑った。

 その笑いには、

 信頼と、覚悟と、未来への希望 が宿っていた。


 レイエス

「ところで……ゴンタ君の“同時配達”ですが……」


 フェン

「聞きたくないわ」


 レイエス

「ですが、技術部が調査したところ――

 “物理的に不可能”だそうです」


 フェン

「知ってるわよ。

 あいつの“理不尽さ”は、物理法則より強いもの」


 レイエス

「……本当に、どういう仕組みなんでしょうね」


 フェン

「そのうち本人に聞いてみるわ。

 答えが返ってくるとは思えないけれど」


 レイエス

「“なんとなくできた”と言われる未来が見えます」


 フェン

「ええ。

 そして私は頭を抱えることになる」


 二人はまた、静かに笑った。

 その笑いは、

 嵐の前の、束の間の穏やかさ のようだった。






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